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1章5話 ようこそ

 

 夢を見ていた。

父と母と自分、家族三人でピクニックに行く夢。優しく暖かい、まだ由莉が少女だった時代の懐かしい思い出。

 もう取り戻す事のない大切な記憶。



 ゆっくりと瞼を開くと、ぼやけた世界の中に、金色の人影が映った。


「あ、目覚めた?」


 そこから、澄んだ川のように穏やかな声が聞こえる。少しずつ視界が安定していって、その正体がエルミアである事を理解した。

 どうやら、気絶してしまっていたようだった。場所も移動しているらしく、医務室と思わしき場所の簡易ベッドの上に寝かされていた。

 由莉がのそりとした動きで上体を起こすと、頭の奥から鈍い痛みが走った。


「ああ、まだ動いちゃダメよ。怪我は私の回復魔法であらかた治したけど、痛みが取れるまではもう少しかかる筈だから」

「怪我……ですか?」

「ええ、真守と激突したのよ。……覚えてない?」


 エルミアに言われて、少しずつ記憶が戻ってきた。もっとも、すぐに気絶してしまったので、そう大した事は覚えていないのだが。


「先輩は?」

「ピンピンしてるわ。あの子は頑丈だから……。全く、由莉ちゃんに怪我させるなんて……、困っな子よね」


 エルミアは皿にした右手の上に頬を乗せると、眉を曇らせた。


「今、ボスにこっぴどく叱られてる筈だから、安心して」

「い、いや、あの……、先輩は悪くなくて、どちらかと言えば、この件に関しては私の方に非があると言いますか……」


 自信なさげに、由莉が訂正する。だが、


「うん、事情は聞いてるわ。その上で由莉ちゃんに怪我をさせるべきでは無かったって話なの。最近は力の制御も上手く出来るようになったと思ってたのに……。残念だわ」


 エルミアが深々とため息を溢した。それが何を意味するか由莉にはいまいち掴み損ねるが、自分のせいで鬼槌が怒られているのは間違いないので、申し訳なく思った。


「ウルセェな。そんなに言わなくたってちゃんと反省してるよ」


 噂をすればなんとやら。奥から声と共に、イラついた様子の鬼槌が入ってきた。


「あら、ボスからのお説教は終わったの?」

「ああ、やっとな」


 鬼槌の表情に疲弊の色が見える。壁時計の時間から察するに、由莉が気絶してからざっと二時間は経過していた。その間ずっと怒られていたという事なのだろうか。そう思うと、一気に罪悪感が押し寄せてきた。


「すいません先輩、私のせいで……」

「別に気にすんな。……俺の方こそ悪かったな」

「そんな……、先輩が謝る事ありませんよ。……あの時の私の行動は正しくありませんでした」


 いくら事態が事態だったとはいえ、由莉がやった事は褒められた行為ではない。もし鬼槌に助けられなければ、被害が一人から二人に増えるだけだった。


「……そうだな。確かにお前の行動は正しくなかったかもしれねぇな。でも言ったろ、こういうのは正しいかどうかじゃねぇんだ。……それに、俺は嫌いじゃねぇぜ。ああいうの」

「え?」


 由莉が顔を上げる。すると、鬼槌は複雑そうな顔をしながら、頬を掻いていた。当然、目線は逸れている。それを由莉が不思議そうに眺めていると、

「それより」と鬼槌は分かりやすく話を変えた。


「お前にお客さんだ」


 部屋の奥に向かって、鬼槌がチョイチョイと手招きした。すると、そこから三人の人影が現れた。それは少年一人とその両親と思わしきエルフの家族だった。そして、連行されるみたいに真ん中を歩かされる少年は、まごう事なきあの少年エルフだった。

 由莉の前に姿勢正しく立つと、両親は恭しく頭を下げた。


「「この度は、私共の息子がご迷惑をお掛けしました!!」」


 声を揃えて謝罪する。少年エルフもその後に続いた。


「すみませんでした」


 ヘリポートの時とは打って変わった謙虚な態度だった。目の下が赤くなっている事から、鬼槌同様こっ酷く叱られたのがよく分かる。


「それと……、助けてくれてありがとう」


 少年エルフがその目尻には涙が浮かんでいる。


「わ……、私は特に何も……。あなたを助けたのは先輩で……」


由莉は否定するが、少年エルフは大きく首を横に振った。


「あの時、死んじゃうかと思ったんだ。怖かったんだ。……でも、お姉さんが抱きかかえてくれたから、俺、耐えられたんだ。本当にありがとう」


 涙を拭い、嗚咽を漏らしながら、少年は感謝の言葉を綴る。

 過程がどうあれ、自分の行いが誰かを助けていたという事実が何よりも嬉しくて、由莉まで泣いてしまいそうだった。

 しかし、流石に泣く訳にもいかないので、グッと堪えて、


「いい、もうあんな事やっちゃダメよ。お父さんとお母さんに心配かけちゃ絶対に」


 約束よ、と自分の持ちうる限りの優しい語調で伝えた。手は無意識の内に少年の頭に乗っていた。

由莉の気持ちが伝わったのか、少年エルフは頬を赤らめて素直に頷いてくれた。

 


 その後、少年ドワーフと少年ズメウの家族が順に謝罪に来て、それが終わると、また医務室は鬼槌、エルミア、由莉の三人だけとなった。


「んぁ〜、やっと終わった。初日から災難だったな新人」

 大きく伸びをしながら鬼槌が言った。

「そうね、疲れたでしょ?」

 エルミアが由莉に尋ねる。

「……はい、少しだけ」


 照れ臭そうに笑いながら、由莉は親指と人差し指を僅かに離して、ジェスチャーした。


「……俺が言うのもなんだが、ウチで働く以上、こういう事はしょっちゅう起きる。……辞めるなら今だぞ」

「あっ!? この子はもう! すぐそういう事言うんだから!」

「でも事実だろ」


 鬼槌が冷淡に告げると、「そうだけれど……」とエルミアは拗ねた子供みたいに口を尖らせた。


「どうする?」


 鬼槌に問われた。特別駅員を続ければ、今日みたいな事――つまり死ぬかもしれない目に合う可能性がある。いや、今日のは事故みたいなものなのでまだマシな方だ。過去の特別駅員の退職理由には、異世界人との諍いの末、再起不能の重傷を負ったとか、死亡したなんて例もざらにある。由莉も一歩間違えればその仲間入りしていただろう。

 特別駅員とはそれぐらい危険が付き纏う仕事だ。後戻りするなら今しかない。

 けど、


「もう少し、頑張ってみたいです」


 由莉は静かに、しかし確かな覚悟を持ってそう言った。


「……そうか」


 鬼槌の頬が微かに緩んだ。そして、「だったら」と言って、由莉に手を差し出した。


「改めて歓迎するよ木野由莉。――ようこそ、何でもござれの世界へ」


 男の意図が分からず一瞬キョトンとしてしまったが、すぐに自分の事を認めてくれたのだと理解し、その手を取った。


「こちらこそ、改めてよろしくお願いします」


 こうして、木野由莉の特別駅員としての日々が始まった。


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