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1章4話 迷子

 

 渋谷Sタワーは渋谷随一の高層ホテルである。異世界人の登場により、渋谷に人がいなくなった結果、経営難に陥り、一時期は潰れるのではとまで囁かれたが、すぐに異世界人専用のサービスなどを開始し、あちら側のセレブ御用達のホテルとして持ち直した。今も異世界人が選ぶ人気ホテル不動のナンバーワンを誇示し続けている。


 鬼槌と由莉は、そのヘリポートに行く為の階段を登っていた。


 バックスより報告を受けたのは、異世界人の子供の迷子である。ただの迷子ならば、特別駅員が出張るような事ではないのだが、見つかった場所がCタワーの屋上なのだからタチが悪い。


「これはどちらかと言えば、迷子ってより侵入なんだけどな……。最近、異世界人のガキの間で流行ってんだよ。この類の遊び」


 鬼槌が呆れ気味に言った。


「というか、どうやって入ったんでしょうか? さっき確認した限り、屋上の鍵は掛かっていましたし、警備も厳重な筈なんですが……」

「子供ってつっても、異世界人だ。どうとでもなる」


 由莉が顎に手を添えて首を傾げると、鬼槌がそう答えた。

 階段を登り終え、二人はヘリポートの上に立った。今日は風が強く、油断すると足を持っていかれそうになる。

 その中心に、三人の異世界人の子供が暖をとるように三角形を作ってしゃがみ込んでいた。右からズメウ、エルフ、ドワーフの少年達だった。


「……バックスの野郎。エルフが紛れてるなら先に言えよ。難易度が跳ね上がるじゃねぇか」 


 チッ、と鬼槌が舌打ちをして呟いた。それで、少年達は二人の存在に気が付いたのか、


「ゲッ!? どうして人間がここに」


 少年ズメウがあからさまにたじろいだ。それにつられるように他の少年達にも動揺が伝播する。

 そんな少年達に、鬼槌が怒声に近い声で警告する。


「おい、悪ガキども! よくもまぁ、面倒くせぇとこに忍び込んでくれたな。お灸据えてやっから覚悟しろよ!」

「あ、先輩。そんな言い方したら……」

「や、ヤバい。お前ら逃げるぞ!」


 当然こうなる。少年達は言葉通り逃げ出そうとしたが、


「バカ野郎、逃すかよ」


 それをニヒルに笑いながら、鬼槌がジリジリと距離を詰めた。もはや、どっちが悪者か分からなかった。


「お、俺が足止めする……。お前らはその間に逃げろ」

 子供らしくカッコつけて少年エルフが一歩前に出ると、右手を前方へと突き出した。


「○×+#☆〒〆^×――」


そして、何やらブツブツと呟き始める。


「これは、異世界語!?」


 由莉が冷や汗を垂らしながらその正体を看破した。

 異世界語は、文字通り異世界人達の独自言語である。それが由莉達の耳に入る。しかし、何を言っているのかちっとも聞き取れない。

 それは、全く知らない外国語を理解出来ないのともまた違う。どちらかと言えば、犬や猫などの他動物の言語を理解出来ない感覚に近い。


(そうだ。異世界人は、異なる世界の異なる土地で、たまたま私達人間と似た形に進化しただけの別生物なんだ)


 収斂進化の果て。たぬきとアライグマが姿形が似ていながら、生物としては全く違うのと同じ。

 その程度、頭では理解していた。しかし、それをこんな形で実感させられるとは露にも思っていなかった。


「@£%*:=\」


 少年エルフの呪文が止まった。それが呪文を唱え終わったからなのか、それとも途中で止めたからなのか、由莉には判断がつかない。

 その場の全員が動けずにいると、少年エルフが突き出していた右手を、叩きつけるような勢いで床に付けた。


「☆♪>$&_〆!!」


 そして再度異世界語で大きく叫ぶ。すると、少年エルフの右掌と床の隙間から、黒煙が吹き出した。

 

 魔法。魔力を媒介にして様々な超常現象を起こす、異世界人の中では特にエルフが得意とする人間界には存在しない能力。それが今、セルリアンタワーの屋上で発動された。


 ヘリポートが魔法の煙に飲み込まれ、視界が黒に染まる。由莉は咄嗟に身を屈め、口を塞いだが、コンマ数秒遅かった。


(ヤバイ、吸っちゃった! 体に有害じゃないよねこれ!?)


 焦りからか、自然と呼吸が荒くなる。そのせいで余計煙を吸ってしまい、さらにパニックに陥る。


「おい」


 にゅっ、と煙の中から現れた腕が、由莉の肩に置かれた。 

「ッツ!?」

 恐怖に支配された由莉は、必要以上の力を込めてその手を払った。


「バカ、落ち着け」


 声が、煙の向こうから聞こえた。


「この声……、先輩?」

「そうだよ。……たく、焦りすぎだ。これはただの煙幕だから気にするな」


 呆れ口調で言われる。そして、鬼槌が手でパタパタと煙を払うと、やっと彼の姿が見えた。


「すいません……」

「いや、別に良いんだけどよ。……にしても、あのガキ共やってくれたな。こりゃ、キツーイお仕置きが必要だな」


 鬼槌が首をコキコキ鳴らして、


「そのまま伏せてろ」


 そう告げ、左手を握り締めた。何をするつもりですか、と由莉が訊くより速く、鬼槌は動き出した。

 上半身を左側に半回転させ、力を溜めているのか、その体勢をキープし、


「おっりぁら!!」


 咆哮を挙げるのと同時に、一気に溜めた力を解放し、大きく横に一回転した。

 すると、鬼槌を中心に突風が巻き起こった。それはまさしく小さな台風で、たかが黒煙如き、容易く吹き飛ばしてしまった。

 煙が晴れ、世界に青空が戻る。鬼槌と由莉の眼前には、姑息にも両手を幽霊のように垂らし、忍び足でここから立ち去ろうとしている少年達のお間抜けな姿があった。



 姿さえ見えてしまえば異世界人と言えど、生意気な子供でしかない。


「よっしゃ、捕まえた」

「ギャー!? 放せー!」


 鬼槌に首根っこを掴まれた少年ズメウが、ジタバタと暴れる。また、鬼槌のもう片方の手では、少年ドワーフがグッタリ(暴れすぎて鬼槌にゲンコツされた)としていた。


「手間かけさせやがって……。――おい、新人! そっちはどうだ!?」


 鬼槌が屋上の角に視線をやると、由莉が少年エルフを落ちる一歩手前ぐらいの位置まで追い詰めていた。


「ちょっと待ってください!!」


 視線を少年エルフから逸らさず、由莉が返事をする。


「お願い、こっちへ来て。そこは危ないよ」


 少年エルフを安心させる為、由莉は優しく語りかけた。しかし、少年エルフは警戒心を解いてはくれなかった。


「うるさい! それ以上近づくな!! 今度はもっと強力な魔法使うぞ!?」


 明らかに気が動転している。周りがまるで見えていない。このままでは、ここから飛び降りると言いかねない雰囲気だ。

 そんな少年エルフに、由莉は根気強く説得を続けていた。


「ねぇ、待って。話を聞いて。別に怒ってる訳じゃないの。……ただ、心配してるだけなの」

「心配……だと? ――なんでお前が俺の心配をするんだ!?」

「君が子供で、危ない事をしてるからよ。……それに、心配してるのは私だけじゃないわ。貴方のご両親もよ」

「か、母様と父様が……」


「両親」という単語を聞いた途端、少年の様子が明らかに和らいた。由莉はそれを見逃さず、


「ええ、そうよ。……いなくなったあなた達を探して欲しいって、あなた達のご両親に頼まれたのよ」


 少年の身に染み込むように伝える。内容自体は真実だ。少年達がここにいる可能性を示唆してくれたのも、他ならぬ両親だ。


「だから、帰りましょ。……せっかく待ってくれてる人がいるんだから。……ね?」


 右手をそっと伸ばす。すると、少年エルフはコクリと頷いて、手を差し出した。

 ホッ、と由莉が安心したように胸を撫で下ろした。


 その瞬間だった。


 一陣の風が少年エルフの体を掻っ攫った。風はすぐに少年エルフを解放したが、そこに踏み留まる為の足場は存在しなかった。



 視界から少年エルフの体がフレームアウトしていくのが、スローモーションでくっきり見えた。

 少年エルフの口が動く。音は聞こえない。読唇術だって使えない。なのに、何故かその内容が分かった。


『たすけて』


 気が付けば飛んでいた。


 由莉は落ちていく少年エルフの体をしっかりと抱き寄せ、そのまま屋上の縁を掴もうとしたが間に合わず、仲良くタワーの屋上から落ちていった。


(ああ、やってしまった)


 これはもうダメだ。死ぬ。セルリアンタワーの高さは一八四メートル。助かる見込みはない。

 最悪だ。助けようとして一緒に落ちていたら世話がない。犠牲者を一人増やしただけ。


(これで終わりか……。あっけなかったな)


 やっと目的だった特別駅員になれたというのに、これからだったという時に。それが初日でパーだ。最低以外に言いようがない。


(こうなった以上、私はどうなっても良い。――だけど)


 由莉は、腕の中で震えながらしがみつく少年エルフを見た。


(せめて、この子だけは)


 より強く少年を抱き寄せる。自分の体をクッションにすれば少年の生存率は雀の涙程度ではあるが上がる。藁にもすがる気持ちでそう考えた。

 下を見る。もう地面まで半分ぐらいのところに差し掛かっていた。

 途端、死の恐怖が洪水のように押し寄せてきて、ギュッと目を瞑ったところで、

 

突然、落下が止まった。


 死んだのかと思った。しかし、すぐにそうじゃないと確信する。ゆっくりと目を開けると、タワーの壁がまだそこにあった。


「ギリギリセーフだな」


 頭上。――否、足の上から声が降ってきた。そこでようやく、自分の足首が誰かに掴まれている感覚に気付き、上を見た。

 由莉の片足を掴んでいたのは鬼槌だった。

驚いた事に、彼は右手足をタワーの壁にめり込ませる事で体を壁に固定していた。


「せ、先輩……!」

「よう新人、無茶してくれるじゃねぇか」


 文句を言う鬼槌。しかし、その表情はどこか愉しげだ。


「いいか、そのガキを絶対に離すな。――いくぞ」

「え?」


 鬼槌の手にグンと力が入るのが足首から伝わってくる。それだけで、彼が何をしようしているのか理解した。   


「ちょっ、ちょっと待ってくだ――!」

「飛べやァ!」

「ギャー!!」


 由莉の制止も無視して、鬼槌は思いっきり少年エルフと由莉を上に向けて放り投げた。

悲鳴を上げながら、二人はまるでロケットのように重力に逆らって、一直線に空へ向かって飛んでいく。狙ったのか偶然なのか、その速度は緩やかに減速していき、屋上を少し抜けた辺りで完全に推進力を失い、ヘリポートの上に転がり落ちた。


「ッツ……、だ、大丈夫?」 


 打ちつけた箇所を摩りながら、由莉が胸の中にいる少年エルフに問いかけると、「うん」と小さく返事があった。


「良かった」


 ホッ、と胸を撫で下ろす。しかし、すぐに大変な事を思い出した。


「って、先輩!?」


 自分達を助けてくれたのは良いものの、当の鬼槌はどうなってしまったのか。由莉は慌てて屋上の縁から顔を出して、下を覗き込んだ。


 すると、目の前に鬼槌の顔があった。


「「は?」」


 声が重なる。

 少し考えれば分かる話だった。壁に手足をめり込ませ、あの不安定な体勢から二人の人間を一〇〇メートル近く放り投げれる膂力。それが有れば、ここまで自力で跳び上がって来るぐらい訳ないのだ。


 ゴン、と鈍い音がして、由莉の世界が暗転した。


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