1章2話 特別駅員
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「初めまして! 私、本日よりこちらでお世話になります木野由莉と申します。二二歳のA型。趣味は映画鑑賞。特技は、学生時代演劇部に入っていたのもあって、演技力には自信があります。よろしくお願いします!」
入室するや否や、由莉はピシッと敬礼した。それで、室内で慌ただしく動いていた職員達の動きがピタッと止まり、「よろしくお願いします!!」と一度だけ深く頭を下げると、またすぐにそそくさと業務に戻っていった。
「あの、先輩」
由莉が振り返り、数歩後ろでダルそうに欠伸をしながらダルそうに壁にもたれかかっている鬼槌に声を掛けた。
「私のデスクはどこになるんでしょうか?」
「ん? ああ、案内するよ」
鬼槌が壁から背を離し、両手をポケットに突っ込んで猫背気味に歩いていく。その後を由莉は追った。
「ここだ」
鬼槌の足が止まる。二人の眼前にあったのは、簡単なパーテーションで囲われた正方形の部屋だった。その部屋は、まるで追いやられたかのように、この広い室内の隅に構えられていた。
「ここが特別駅員室だ」
そう言って、鬼槌は部屋のドアを開けた。
「え?」
由莉が目をパチクリさせる。顎を上げると、確かに『特別駅員室』と書かれた簡単なプレートがドアの上に貼ってあった。
「じゃあ、私達が今立っているここは……」
「《《準》》特別駅員室だよ。俺達と違って準特は人数が多いからな。大部屋が与えられてんだ」
説明しながら、鬼槌が部屋の中に入っていく。由莉も続けて中に入った。
「や、おかえり真守。由莉ちゃんはようこそ」
すると、待ち構えていたのか、入り口のすぐそばに橋渡が立っていた。
「面接の時に一回会ったから初めましてではないね。でも一応自己紹介しておこうかな。改めまして渋谷特別駅員の駅長をやってる橋渡です。どうぞよろしく」
「木野由莉です。こ、こちらこそよろしくお願いします」
由莉がたどたどしく頭を下げると、橋渡は快活に笑った。
「初々しくていいね。というか、名前伝え忘れてたのに、真守はよく由莉ちゃんを見つけたね」
「……まぁ、色々あってな。……それより、他の奴らはまだ帰ってきてないのか」
鬼槌が訊いた。確かに、室内には三人の他誰もいなかった。
「ああ、招集かけたから、そろそろ戻ってくるんじゃないかな。――って噂をすればだ」
橋渡が言うと、
――突然、ズシンズシンと、地響きのような音が駅員室に轟いた。
「な、何!?」
驚く由莉を他所に、ガチャリと出入り口のドアが開いた。
「さ、サイモン=フリーガー只今帰りましただ」
居酒屋ののれんをくぐるように頭を下げて入室してきたのは、真っ白なピチピチの半袖のTシャツと青い短パンを穿いた一人のオークだった。さっき由莉と揉めたオークも大きかったが、サイモンはさらにもう頭ひとつ分大きい。もしかしなくても、三メートルは超えている。
「なんだ、サイモンが一番乗りか」
「おかえりサイモン。こちら、今日からウチで働く木野由莉さん」
橋渡が片手で由莉を示すと、サイモンのその鋭く尖った眼が由莉を射抜いた。
「よ、よろしくお願いします」
警戒から、視線だけは決してサイモンの顔から離さず、由莉は頭を下げた。
何も言わず、サイモンが由莉に一歩近づく。それに応じて緊張で由莉の心臓の鼓動が大きくなった。
「よ……」
サイモンがゆっくり口を開く。それはまるで獲物を前にした肉食獣のようだ。
「よろし……。――ダメだぁ、やっぱ出来ねぇだ!」
大きく悲鳴を上げると、サイモンは部屋の隅で丸くなった。
「……あれ?」
予想だにしない反応に、由莉は目を点にしてしまった。
「あー、やっぱこうなったか」
分かっていたと言わんばかりに、鬼槌は頭をさすりながら、ゼリーのようにプルプル震えるサイモンのそばに寄って、子供でもあやすかのようにポンポンと背中を叩いた。
「ほら、落ち着けよ。挨拶するだけだろ」
「で、でもオラ緊張するだぁ。……それにあの人、オラを怖がってただ。やっぱりオラはダメな奴なんだぁ」
その大きな背中が暗い影を落として小さくなっていく。それを見て、「こりゃ無理だな」と鬼槌は諦めの声を出した。
「悪いな新人。コイツ、大きいのは図体だけなんだよ。……ま、すぐに慣れると思うぜ」
「いえ……」
なんだか裏切られた気分になりながら、由莉は静かにサイモンを観た。
他人を恐れ、萎縮し、己の殻に閉じこもる。
その姿はまるで、両親に守られてばかりだった幼き日の自分自身と重なって、勝手なのは分かりつつも、由莉は憤りを覚えた。
しかしそれを表には出さないようにしつつ、由莉は慎重にサイモンの側に寄った。
「あの……、良いですか?」
「ヒェッ!?」
案の定とでも言えばいいのか、突然声を掛けられて驚いたサイモンは激しく起立して、壁に張り付くように背を付けた。
「あの」
「すいませんだ、すいませんだ! オラ、あなたを怖がらせるつもりは無かっただ。ただ、オラ昔からオークの中でも体だけは大きくて、意図せず他人を怖がらせちゃう事があって、誓ってわざとでは――」
「あの!!」
たらたらと言い訳を述べるサイモンを黙らせる。驚いたサイモンが、壁から背中を僅かに離したのを確認すると、
「すいませんでした!」
大きく頭を下げた。
「へ?」
突然の謝罪に、サイモンが面食らう。
「初対面の方を見た目だけで恐れるなんて非礼の極みです。私、色々あってオークに対して苦手意識があったんです」
ただ、と言って由莉は顔を上げた。
「だからと言って、あんなにビビられたらこちらとしてもショックです。謝ってください」
「え、あ、すいませんだ」
ペコリとサイモンが謝罪した。それを見て由莉は満足げな笑みを作った。
「じゃ、そいう事で、改めてよろしくお願いします」
由莉が手を差し出した。サイモンも恐る恐る手を出し、二人はがっしりと握手した。
「へぇ、初対面でサイモンの警戒を解いちまうとはな」
始終をはたから見ていた鬼槌が、感心して呟く。
「やるでしょ彼女。僕の目に狂いは無かったね」
橋渡が自慢げに言うと、鬼槌は「ああ」と頷いた。
見た目に反して、中々度胸があるらしい。
だが、
「……まぁ、問題はこっからだけどな」
これからくる面子の事を考えて、鬼槌は試すように薄く笑った。
※ ※
「やぁ、皆の衆。ボクが帰ったよ」
ドアの開く音と共に、やけに煌びやかな男性の声が入ってきた。
由莉がドアの方向に意識を向けると、カジュアルな服装に身を包んだ色黒の肌をした銀髪の男が立っていた。身長はパッと見る一七〇センチより少し高めで、若手俳優のように整のった顔立ちをしている。
「遅ぇぞヒュース。どこほっつき歩いてた」
鬼槌が問うと、ヒュースと呼ばれた男は、何故か自信満々に答えた。
「フ、ボクとしてもすぐに戻ってきたかったのだけどね。子猫ちゃん達が返してくれなかったのさ」
ヒュースはそのサラサラヘアーを見せつけるように払った。
「つまりサボりか」
「万年サボリ魔の君にだけは言われたくないセリフだね真守。――いや、それより」
ヒュースの碧眼が鬼槌の隣にいた由莉を捉えたと思ったら、早足で駆け寄ってその手を掴むんだ。
「お嬢さん、お名前は?」
「き、木野由莉です」
「ユリ……、か。君にピッタリな美しい名前だ。ああ、申し遅れたね。ボクはヒュース=シュタイン。よろしくユリちゃん」
「……は、はぁ、よろしくお願いします」
自己紹介も挨拶も済んだというのに、ヒュースは中々手を放してくれなかった。むしろ、より強く、舐めるように触られて、由莉の背中に悪寒が走った。
「ところで、今晩の予定は決まってるかな? もし空いてるならボクとディナーはどうだろう? そして、その後はホテルで別の食事を――」
「やめろバカ」
「くぎゃ」
ヒュースの腹に鬼槌の回し蹴りが決まり、体がくの字になって壁に激突した。
イタタ、とヒュースは蹴られた腹をさすりながら起き上がり、鬼槌を睨みつけた。
「何をするんだ!? この暴力バカ!」
「うるせぇ、この変態ドワーフ! いい加減その女を見る度無駄に生々しいセクハラする癖やめろ! お前のせいでウチは女性職員が定着しないんだよ」
「違うね! ウチに女性社員が定着しないのは君がすぐ暴力沙汰を起こすからだ!」
「あァン? やんのかコラ」
「こっちのセリフだ」
ヒュースと真守がデコをくっ付けて、グルルルと獣のように唸り声を上げながら威嚇しあう。
新人が来た日とは思えない程の殺伐とした空気に驚きを隠せなかったが、それ以上にビックリしたことがあった。
「えっ!? というか、ヒュースさんってドワーフなんですか」
「そうだよ。意外でしょ」
橋渡に言われ、由莉は「……はい」と静かに頷いた。
彼女の知っているドワーフは低身長で、特に男は年齢に関係なく、皆サンタクロースかくやの立派な髭を蓄えている。だが、目の前のヒュースにはどの特徴もないので、てっきり自分や鬼槌と同じく、ただの人間だと思っていた。
「ハッ、あんなダサい連中と一緒にされたくないね。ボクは特別なのさ」
聞こえていたのか、ヒュースは真守から離れ、やれやれと肩を竦めた。
「おいおい、髭が生えない特異体質のせいでドワーフ界《向こう》じゃ全くモテなかったからって、ひがむのはよせよ。みっともないぜ」
ニヤニヤ顔で鬼槌が言うと、ヒュースのこめかみがピキピキと鳴った。
「……君こそ、ボクの美しさに妬むのはダサいからよせよ」
「あァ!? 誰がテメェなんぞに! 顔削いでから出直して来いや!」
「何だと!? ……どうやら、本気でボクとやり合いたいみたいだね。……いいだろう、君じゃボクに何に於いても勝てない事を証明してあげよう」
「上等だ! テメェのその自慢の顔面へこましてやるよ」
そうして、バカ二人の取っ組み合いの喧嘩が始まった。慌てて由莉が先輩達の暴力沙汰を止めに入ろうとするも、「いつも通りだから、そっとしておけば大丈夫だぁ」と、サイモンに逆に宥められた。
ここでやっていけるか少し不安になった。
※ ※
少しの間二人の喧嘩を眺めていたら、唐突にふくらはぎから衝撃が走った。
由莉が振り向いて視線を下げると、そこには、由莉の膝上ぐらいの背の少年とも少女とも取れる抽象的な顔立ちの子供がこちらを見上げていた。
「邪魔だデカ女」
その子は、腕を組み、苛立ちを一切隠さず、足の裏を小刻みに動かして、タンタンと音を鳴らしていた。
「えーと、ボク……、でいいんだよね? どうしたの? 迷子になっちゃったの?」
目線を合わせる為、由莉は膝を曲げてしゃがみ込んで訊いた。怖がらせないように、かなり優しく訊いた筈なのに、何故か少年は顔を真っ赤にした。
「子供扱いするんじゃねぇ!! オレッチはお前より年上だぞ!」
「ハイ?」
由莉が大きく首を傾げた。この子が年上? まさか、そんな訳ない。一体どうしてこんなバレバレの嘘をつくのだろうか。
「あっ、分かった。そうやって私をからかってるんでしょ」
もう、大人を困らせちゃダメだよ、と由莉は優しく叱って少年の頭をなでなでした。すると、少年は歯を食いしばり、両手に握り拳を作ってわなわな身を震わせ始めた。しかし、それに気付かない由莉は、少年から橋渡達の方に顔を向ける。
「あの、この子どうしましょう」
「プッ、うん、そうだね、どうしようか、ククッ」
「あ、あああああ!?」
橋渡は頬を膨らませ笑いを堪えており、サイモンはダラダラと冷や汗を流して慄いていた。
「? どうしたんですか?」
由莉が尋ねると、橋渡が「いや、あのね」とやっぱり笑いを堪えながら教えてくれた。
「彼はバックス=フィンガーと言ってね、ウチの職員なんだ。ちなみに年齢は三一歳」
「さ、三一!?」
イッ、と由莉が大きく口を開いて、バックスの方に目を泳がせた。
「いや、だって、どう見ても子供……」
「俺はコロルなんだよ! 分かれや!!」
バックスが頭に置かれた由莉の手を強く弾いた。
「す、すいません! ……ただ、年齢にしてはお顔が……」
「若いってか?」
由莉はコクリと頷いた。
コロルは身長こそ人間の子供程度までしか成長しないが、それ以外は年相応に老けていく。なのに、バックスの見た目は年齢とかけ離れ過ぎていた。
「そうだよ、童顔だよ! 悪いか!?」
涙目になりながら、バックスが叫んだ。どうやら声変わりもまだらしい。とても高くて可愛らしい声だった。
「いや、悪いとは一言も……」
由莉がおずおずと訂正するが、バックスは「クソ、どいつもこいつもナメやがって」とブツブツ呟いていて、聞く耳持ってくれなった。どうもコンプレックスらしい。
「なんだ、またバックスが見た目でイジられてんのか?」
部屋の隅でヒュースと喧嘩していた筈の鬼槌が戻ってきた。鬼槌の背後には、血塗れのヒュースみたいなものが倒れていた。
「ま、気にするなよ新人。俺も最初はガキと間違えた。誰もが通る道だ」
「通ってるんじゃねぇよ!? ――クソ、いいか新人!」
バックスが机の上に飛び乗る。それで、ようやっと彼の背が由莉を追い抜いた。
顎をこれでもかと上げ、由莉にビシッと指を指す。
「この渋谷駅の治安はオレッチのお陰で守られていると言っても過言じゃねぇ。そんなオレッチをナメる事は絶対許さねぇ! いいな!」
「……」
「返事は!?」
「は、はい!」
ピンと背筋を伸ばして由莉は返事をする。それを見て、バックスは「分かれば良いんだ」と誇らしげにうんうんと頷いた。
ちなみに、自分を大きく見せる為にわざわざ机の上に乗るのは、とても子供っぽいなぁ、と思ったのは内緒だ。
※ ※
「おお、おお! 貴殿が今日より我らと同じ釜の飯を食う事になった木野由莉殿か!」
次に特別駅員室に入ってきたのは一人のズメウの男性だった。
やけに古い日本語を使うズメウは、由莉を見つけると、人間の骨格に西洋のドラゴンのイメージをそのまま貼り付けたような肉体を揺らして、快活に笑った。
また、何故か服装は和服で、腰には修学旅行でテンションが上がった学生が勢いで買うような木刀を佩いている。
「拙者、ラング=ドラゴークと申す者でござる。何卒よしなに願いますぞ由莉殿」
そう自己紹介して、ラングはその尖った爪が付いた手を差し出した。由莉も返事をして己の手を傷つけないようにゆっくりとラングの手を握った。
「ハッハッハ、そう怖がらなくても取って食いわせぬから大丈夫でござるよ。こう見えて拙者、ベジタリアン故な!」
豪快に笑いながら、ラングは背中から生えた大きな翼をバサバサと動かした。笑って良いのか分からず、由莉が顔を引き攣らせていると、
「おい、ラング!? 室内で羽ばたくなって何度も言ってるだろうが! 物が飛ぶ!」
「おお、これは失敬」
鬼槌に叱責され、ラングが翼の動きを止めて、器用に折りたたんだ。
「たくよ、……ああ、コイツは生粋の歴史オタクでな。特に侍が大好きなんだ」
落ちた置物を拾い上げながら鬼槌が言うと、ラングも「うむ」と頷いた。
「武士道とは死ぬ事と見つけたり。――素晴らしい言葉でござる。拙者もかくように生きたいものだ」
「だからって形から入るなよ。言葉遣いも変だしよ。今時ござるはねぇだろ」
「なんと!? この良さを分からんとは、鬼槌殿は本当に日本人でござるか?」
「生憎、生粋の日本人だよ。……つか、今の日本人は俺みたいな奴の方が多いぞ」
「ああ、何と嘆かわしい。今の日本人の有様を先人達が見たら、きっと涙するでござるよ」
左腕を眉のあたりに当て、涙を流しながら天を仰ぐラング。何やら自分の世界に入り込んでいるご様子だ。
「いや、それをズメウに言われても……、いや、めんどくせ、ほっとこ」
鬼槌があからさまなため息を吐いて、ラングから背を向ける。由莉もそれに習う事にした。
※ ※
「あら、今日はいつにも増して騒がしいわね」
ガヤガヤとした室内に女性の声が流れ込んできた。その声は、春風のように爽やかで、室内が穏やかな空気が流れ込む。
扉の奥から出てきたのは、一人のエルフの女性だった。その姿を見て、由莉は自然と息を呑んでいた。
田舎で観る星景色のような、穏やかと厳かさを両立させた美しさとでも言えばいいのだろうか。絹のように滑らかな金髪、サファイヤのような瞳、同性の由莉ですらつい目が行ってしまう艶やかな肢体。そしてエルフの一番の特徴である尖った耳。エルフは美男美女が多いとはいえ、それでも目の前の女性は圧倒的だった。エルフの民族衣装であるドレスも、その高貴さをよく表現している。
「随分遅かったな。どこで油売ってたんだ?」
鬼槌が訊くと、女性は涼しげに、
「何? 私がいなくて寂しかったの?」
と、返した。「アホか」と鬼槌が息を漏らす。
「それより、新人が来てるぞ」
んっ、と鬼槌は親指で由莉を指し示した。それで、女性は由莉の存在に気付いた。
「あら……、あらあらあら」
あら、を連呼しながら女性は由莉の前に近づいてくる。そして、顎に手を添え、品定めをするように由莉を観察し始めた。
「あの……、私、今日からお世話になる木野由莉と申します。よ、よろしくお願いします!」
体をカチコチに硬直させながら、由莉は今日何度目かの自己紹介をした。
女性は聞こえているのかいないのか、ふむふむ、と目を瞑りながら、何やらずっと小刻みに頷いていた。
「うん……」
と、最後に大きく頷き、少し間を置くと、
「可愛い!!」
ガハッと由莉に抱きついた。
「……へ?」
あまりに突然の事態に由莉が呆けた声を出した。そんな彼女を無視して、エルフの女性は、
「可愛い、かわいい、カワイイー♡」
見た目とは裏腹の力強さで、女性は由莉の体を持ち上げ、グルグル回転する。
「あ、あの……! ちょ、やめ」
「このむさ苦しい職場についに私以外の女性職員が……! ああ、もう夢見たい!」
由莉の訴えも虚しく、女性は回り続ける。
「バカ、止まれ。新人が困ってるだろ」
「あぐ」
背後から鬼槌にチョップされ、女性はやっと由莉を解放した。
「はっ! ごめんさない。嬉しすぎてつい」
テヘッと舌を出して女性が頭を下げる。それを見て、鬼槌は深いため息を吐いた。
「一応紹介しておくと、コイツはエルミア=リ=ヴァルタ。ハイエルフだ」
「ハイエルフ……って、王族って事ですか!?」
「ええ、リート王国第十三王女よ。すごいでしょ」
「なっ!?」
リート王国と言えば、現エルフ界を統べる大国であり、何を隠そう、現在人間界に来ているエルフの殆どが、リート王国の住人だ。
「ど、どうしてそんな方が駅員に?」
由莉が尋ねると、エルミアは肩を竦めながら答えた。
「伝統やら格式やら色々うるさくてね。出て行ってやったのよ」
「嘘こけ。追い出されたの間違いだろ」
横から鬼槌が悪態を吐く。
「あっ!? ホントこの子は……。お姉ちゃん、そんな子に育てた覚えないわよ!」
「育てられた覚えもねぇよ!?」
まるで漫才コンビかのように二人は掛け合ったが、すぐにエルミアは由莉に意識を戻した。
「ともかく、よろしくね由莉ちゃん。女同士仲良くしましょう」
屈託のない笑顔を浮かべてエルミアが言った。それは、クールで近寄りがたい人が多いエルフらしからぬものであったが、不思議と由莉はこちらの方が好感を持てた。
※ ※
「さて、これで全員との顔合わせが終わったね」
エルミアとの挨拶もほどほどに済ますと、橋渡がそう締めくくった。
「え……、こ、これだけなんですか?」
「うん。特別駅員は原則、異世界人は各種族一名までで、人間は現時点で僕達しかいないからね」
「そう……なんですね……。知らなかったです」
「ははは、この辺りは安全面から公表されてないんだよ。……まぁ、少数精鋭と聞けば聞こえがいいけど。ぶっちゃけただの人手不足なんだ」
橋渡が苦笑する。
「ホントだぜ。もっと増やせよ」
鬼槌を筆頭に、エルミアとバックスがそうだそうだー、と抗議する。それに、橋渡が一言、
「そうだね。君達がもっと物を壊したり問題行動を起こさなければ、そっちに予算を回せるんだけどね」
と言ったら、全員そっぽ向いて推し黙った。
特別駅員が採用されている駅は、渋谷、新宿、六本木、池袋の四つ。取り分け渋谷は『ゲート』がある分重要度は他と比べて高い筈なのだが、大丈夫なのだろうか。
そんな由莉の不安を感じ取ったのか、
「ハハハ、心配はいらないよ。なんだかんだで何とかなってるからね」
笑顔で言う橋渡。急にその笑みが胡散臭く感じてしまう。
「そんな事情で由莉ちゃんには期待しているよ。頑張ってね」
橋渡が、由莉の肩を叩いた。
「はい! 頑張ります」
一抹の気がかりはあれど、それ以上の気合を胸に由莉が元気よく返事をした。