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2-3

 美術館を出たあと、三人はファミリーレストランに入った。まなかが「話しておきたいことがある」と静橋を誘ったのだ。こはくも「お邪魔でなければ」とついて来た。

 案内されたのは四人掛けのテーブルだった。まなかは少しためらったが、静橋の隣に座ることにした。

「正面に二人いるよりはマシでしょ?」

「そうだな。気を遣ってくれてすまない」

「良かったですね、静橋先輩。校内一の美少女が隣ですよ」

 こはくがクスクスと笑ってメニューを広げる。

「なんにしよっかな〜」

「あー、気を悪くしないでもらいたいのだが、辻ヶ花と橘は席を交代してくれないだろうか」

「別にいいけど、理由を聞いても?」

「いや、何と言えばいいのか」

 静橋の困っている顔を見て、まなかはそれ以上は聞かずに立ち上がる。

「こはくちゃん、交代」

「あ。はーい」

 メニューを持ったまま立ち上がったこはくは静橋の隣にすとんと腰をおろす。

「タヌキ顔より、まなか先輩の顔のほうがいいですもんね」

「いや、そういうことでは」

「大丈夫大丈夫。私、気にしてませんよ〜」

 メニューに目を落としたまま、ピースサインで応える。

 静橋にとって、こはくは気をゆるめると凝視してしまうほどの好みの顔立ちだ。そんな少女が真正面に座ると、どうしても視線が吸い寄せられてしまう。必然的に視線が合う可能性も高くなる。だから席を交代してもらった……ということをまなかは知るのは後のことだ。この時は、特に気にならなかった。

 静橋は弁解をあきらめたのか、メニューを手にした。そしてすぐにオーダーを決めた。

「おれはハンバーグライスにしよう」

「え、食べて行くんですか? 家の人に怒られませんか?」

「夕食はいつも一人なんだ。親は仕事で遅いからな」

「あらま。孤食というやつですか、先輩」

「そうだな。孤食というやつだ」

「よしっ! だったら私も食べますよ」

「無理につきあわなくていいと思うが」

「そんなわけにはいきませんよ」

 胸に手を当てて首を左右に振ったこはくの腹が「ぐう」と鳴った。こはくが「ぎゃあ」と叫び、まなかは思わず笑い声をあげる。

 まなかも食事をとっていくことにして、三人は各自オーダーをした。やがて料理が運ばれてきて、それぞれに食べ始める。ファミレスで食事をするのは久しぶりだが、一際美味しく感じられた。

 まなかは話を切り出すタイミングをはかっていた。これから話そうとすることは、それなりに勇気のいることだったのだ。

「ところで辻ヶ花。話というのは何だ?」

 切り出す前に静橋がうながしてきた。ちょうどいいと思い、まなかは手にしていたフォークをテーブルに置く。

「私が静橋クンに興味を持った理由を知っておいてもらおうと思って」

「でも、恋愛感情はないんですよね?」

「そうね。恋愛感情とかいうのではなくて」

「ドンマイですっ、静橋先輩!」

「いや、別に落ち込んだりはしていないが」

 静橋は苦笑し、まなかも肩をすくめる。そのあと、姿勢を正し、呼吸を整えてから告げた。

「私ね、作家になりたいと思っているの」

「なれますよっ! だってまなか先輩ですから!」

 脊髄反射で叫ぶこはくを静橋がたしなめる。

「橘。お前は少し口を閉じておこうか」

「ぶー。分かりましたよ」

 こはくは唇を尖らせる。

「話を続けてくれ」

「私が静橋クンに興味を持ったのは、始業式の日なの。だから声をかけた」

「そうだったな」

 高梨に放った「雇われることを前提に進学先を選ぶ」という言葉が自身に向けられたように思えた。まさに、自分はそうしようとしていたからだ。

 しかし、それは自身が望む選択ではないのもまた事実だった。まなかは作家になりたかった。

 小さい頃から本を読むことが好きで、高じて文章を綴ることにも楽しみを見いだすようになっていた。誰にも見せていないし、ネットに公開もしていないが、作品もいくつか書いている。

 人に見せないのは酷評されるのが怖いからだ。自分には小説を書くだけのちゃんとした知識も技術もない。身につけたいとは思っている。だから本当は大学も文芸学部か文芸学科に進んで、きちんと基礎から学びたいと思っている。

 しかし、そのことにリスクがあることも承知している。文芸学部(科)に進んだとして作家になれるとは限らない。むしろ、なれる可能性のほうが低いと考えるべきだろう。そうなると将来の就職に不利になる。意に沿わない仕事に就く可能性も高くなる。

 そもそも親が許してくれないとまなかは考えている。

「作家なんて、一部の才能ある人がなるものじゃないの?」

「それに読書人口は減る一方だしな」

「本屋さんも次々に閉店してるしね」

「衰退産業だからな。出版不況が解消されることはないと思ったほうがいい」

「聞くところによると、専業作家の人ってほとんどいないんでしょ?」

「だったらきちんと就職して、時間が空いた時に書けばいいんじゃないか」

「そのためにはやっぱり就職に有利な学部を優先すべきよね」

 両親のそんな声がリアルに思い描けるほどだ。

 三年生に進級したことで、大学の選択はより現実的なものになった。そんな折り、静橋の言葉を耳にした。高梨との一連のやりとりを聞くなかで「この人は強い」と思うようになった。自分のやりたいことにまっすぐ突き進んでいる。まなかにはない意志の強さを持っている。

 静橋の言葉を聞くことで自分自身も少しは前向きになれるのではないか。真剣に夢に取り組めるようになるのではないか……。

「そう考えて、私は静橋クンに話しかけたの」

 まなかは静橋の手元を見ながら話を終えた。ナイフとフォークをつかんだ手は少し前から動きを止めていた。

「すごいですね、静橋先輩。めっちゃ認められてるじゃないですかっ!」

 こはくが弾んだ声を出すが、静橋自身はたんたんとしたものだった。照れていることもなければ、うれしそうでもなかった。

 まなかの胸に不安がよぎる。もしかすると静橋にとっては歓迎できない話だったのかも知れない。

「……迷惑だった?」

 ついか細い声が出てしまった。

「いや。迷惑というわけではないんだが……」

 珍しく静橋が言葉を濁す。何か言いたいことがあるが、口に出すのはためらわれるといったニュアンスだった。

「意見があったらハッキリ言ってくれたほうがうれしい」

 まなかはつい静橋の顔を直視してしまった。一瞬、目が合ったのち静橋が顔を伏せる。

「あ、ごめんなさい」

「いや、いいんだ」

 小さく息をついたあと、静橋は自分の手を見ながら口を開いた。

「正直な感想を言わせてもらうと、おれは辻ヶ花には覚悟ができていないと思う」

「覚悟」

「もし本当に作家になりたいという気持ちがあるなら、おれの言葉なんかに左右されるまでもなく行動を始めているのではないだろうか」

「……そうね」

 静橋の言葉には責めている感じはなかった。呆れているわけでもない。むしろ戸惑いを感じているようだった。

「辻ヶ花はきれいだし、頭の回転もはやいと思う。おれからすれば欠陥がない人間だ。作家以外の選択肢はたくさんあると思うし、自分の可能性を広げることを考えたほうがいいのではないか」

「……そう」

 まなかが小さくうなずくと、こはくが素早く隣に移動してきた。そしてまなかの身体に腕をまわす。

「いいじゃないですか、作家を目指しても。まなか先輩、作文のコンクールで入選したことがあるんですよ。中学時代に、それも二回もっ!」

「それは凄いことだとは思うが、だったらなぜ本気にならないのかとおれは思うし、その理由が分からない」

「本気になっても、それが叶わなかったらと思うと怖いじゃないですか!」

「その怖さを含めての夢なんじゃないか?」

「うぐ。で、でもですね」

「こはくちゃん、ありがとう。もういいよ」

「だって、まなか先輩! え? ウソ」

 顔をのぞきこんだこはくが目を丸くする。急いでハンカチを取り出して目元を拭ってくれた。

「ありがとう。でも、静橋クンの言う通りだから」

「そんなの、」

「静橋クンを責めないで。お願いだから。私が勝手に巻き込んでいるんだから。分かって。ね?」

「……はい」

 いまの自分はきっとみっともない顔をしているだろう、とまなかは思った。洗面所に行って顔を洗いたかったが、静橋とこはくを二人きりにするのはマズイとも思った。

「辻ヶ花。イヤな気持ちにさせてしまったようで悪かった。えー、うまく言えないんだが」

「いいの。大丈夫」

 まなかは首を振り、無理に笑顔を作る。

「食べちゃおっか」

 そして食事を再開する。味は感じられなかった。不思議なものだ、と思う。さっきまではあんなに美味しく感じられたのに……。


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