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1-5

 翌朝。

 教室に入ったまなかが自分の席に着き、すでに登校していた静橋に朝の挨拶をしようとしたした時、

「まなか先輩っ!」

 という呼び声がした。振り返ると、ただならない表情のこはくが駈け寄ってくるのが見えた。

 普通は上級生の教室に入る際には臆してしまうものだが、こはくには関係ないようだ。そんなことを気にしていられない事態なのかも知れない。

 まなかのもとに一直線にやって来たこはくは握りしめたこぶしを胸元で振りながら叫ぶ。

「先輩、私信じられません、もう!」

 興奮のあまり早口になってしまったことが後に災いする。

 この時のこはくの言葉は「先輩は渡さないもん!」と誤認されてしまった。この場合の「先輩」というのは静橋のことで、こはくがまなかに対して恋の宣戦布告をしたとまわりの生徒たちに受け止められたのだった。

 そんな風に誤解されるには下地があった。その下地こそ、こはくがまなかの教室に駆け込んできた理由だったことを考えると、結果的にこはくの行為は火に油を注ぐことを意味するのだが、この時点でまなかはまだ何も知らない。こはくの剣幕に驚くしかなかった。

「どうしたの、いったい?」

「先輩と私が静橋先輩を……って、ぎゃぎゃぎゃ!」

 すぐ目の前に静橋がいることに気づき、息を呑んだ。

「こ、こんなに近かったんですか……」

 口もとに手をあてて目を見開く。その時、予鈴が鳴った。

「げ、やば! あとでLINEします!」

 そしてまた駈け出して行った。まことに騒がしいが、まなかは何がどうなっているのかさっぱり分からずきょとんとするだけだ。

 静橋に声をかける前に担任が教室に入ってきたので、そのまま席に着いた。当の静橋はこはくの騒動には我関せずとばかりにスケッチブックに鉛筆を走らせていた。

 こはくが血相を変えて教室に駆け込んできた理由は、彼女からのLINEによって判明した。それによると、静橋を巡ってまなかとこはくが熾烈な戦いを繰り広げているというウワサが流れているらしい。

「なぜ?」

 というのがまなかの素の反応だ。

 昨日まではまなかと静橋がつきあっているというウワサが流れていたはずだ。それが今日はこはくをまじえた三角関係に発展している。この調子では近日中に静橋はハーレムを築き上げているに違いない。

 ウワサの出所は、昨日の下校時だろう。三人が一緒にいるところを何人かの生徒に見られた。きっと、そのうちの誰かが故意かどうかは分からないが、誤った情報を広めたのだ。

「そんなことをして何が面白いんだろう?」

 まなかには理解できないことだったが、これも自分が目立つ存在というやつだからなのだろう……とは思った。それによってこはくを巻き込んでしまったとも言える。

 まなかとしては根も葉もないウワサなどスルーしておけばいいという考えだが、こはくはそうでもないようだ。


 >お昼休みは三人でお弁当を食べましょう! 

 >仲のいいところを見せて、ドロドロとした三角関係ではないことを示すのです!


 そんなメッセージを寄越してきた。

 効果があるのかどうかが疑問である以前に、たんに一緒にお弁当を食べたいだけではないか、との思いもあったが、まなかは承諾の返事を送った。まなか自身も静橋と話がしたかった。

 いわれのないウワサに対して、こはくは表面上は怒っているようだが、じつは楽しんでいるようにも見える。それも一つの対応だろう。無視するにせよ逆手にとって楽しむにせよ、ウワサを気に病んで振り回されるよりはずっといい。

 静橋にしても目立つことは避けているものの、ウワサそのものにうろたえたりはしないはずだ。性格的にそんな感じがする。

 ただ、少しだけ気になるのは、昨日の過呼吸だ。まなかとの関係についてこはくから念押しされた時、静橋は額に汗を浮かべて目をそらしていた。そして過呼吸に陥った。あれはもしかするとまなかに対して普通以上の感情を抱いていることを意味しているのかも知れない。

 でも、まさか。

 静橋の普段の様子から、自分に特別な感情を持っているとはどうしても思えなかった。

 あれは単に体調が悪かっただけのことだろう。まなかは自分にそう言い聞かせた。


 ◇


 昼休みを告げるチャイムが鳴り、教室が賑やかになった。

 まなかは前の席に座っている静橋の背中をつついた。学校ではシカトしてくれと言われていたので、これまで控えていたが、こはくの誘いを伝えなければならない。

「ねえ、静橋クン」

「なんだ?」

「こはくちゃんがね、三人でお弁当を食べようって言ってるの」

「……おれは遠慮しておく」

「そんなこと言わないで。大切な話もあるようだし」

「それは朝騒いでいたことと関係あるのか?」

「ある」

「うーむ」

「いいでしょ? 一緒に行こ。中庭のベンチだって」

 まなかは立ち上がり、静橋の肩に手をかける。背後でひそひそと話す声が聞こえたが、無視をする。ウワサに燃料を投下していることも認識していた。しかしどうでもいいことだった。

「分かった。先に行っててくれ。後で合流するから」

「どうして? 一緒に行こうよ」

「いや、それは……」

 その時、誰かが舌打ちをした。さすがに無視できずに振り返ると、男子の一人が薄ら笑いを浮かべていた。

「見せつけてくれるわ、まったく」

 それに同意するかのように忍び笑いが起きた。

 直後、静橋の肩が電流でも通ったようにビクンと跳ねた。

「静橋クン……?」

 静橋の顔から血の気が失せていた。「ひゅーひゅー」と細い息をし、胸を押さえている。

 静橋の大きな身体が力を失い、まなかに寄りかかってくる。

「静橋クン!」


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