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3-2

「ちょっと、静橋! あんた何様のつもり⁉ 人と話す時は、こっち見なよっ!」

 昼休みが終わる間近の教室でいきなり怒声が響いた。ちょうど図書室から戻ってきたまなかは咄嗟に静橋の席へと目を向ける。

 何が起きているのかは簡単に見当がついた。

 声の主は、静橋の隣の席の片倉恵弥。おそらく彼女が静橋に話しかけたのだろう。しかし他人の視線を怖れる静橋はいつものようにスケッチブックから顔をあげようとせず応じたに違いない。その態度は恵弥にとって「失礼な振る舞い」として映り、逆鱗にふれた……といった流れだ。

 まなかの目に映ったのは、静橋の顔に自分の顔を近づけ、思い切り睨みつけている恵弥の姿だった。

 静橋はいきなり怒鳴りつけられたことと、強い視線を浴びせられていることにショックを受け、顔面が蒼白になっている。

 まなかやこはくとの交流によって以前よりは視線に対する耐性がついている静橋だったが、いまのようにあからさまに、しかも攻撃的に視線を投げかけられると相当苦しいはずだ。いや、静橋に限らず誰もがそうだろう。

 まなかはすぐに行動を起こした。野次馬と化したクラスメイトたちを掻き分け、恵弥と静橋の間に割り込む。

「な、なによ」

 予想外の相手が出てきたことに恵弥はたじろいだ。しかしまなかは恵弥に構うことなく静橋の様子を確かめる。呼吸が苦しそうだったが、まなかの顔を見て安心したように自分の頬を示した。ショック療法のビンタをしてくれと言っている。

 まなかは代わりに静橋の頭を抱え、胸元に引き寄せる。

 背後で「おお」「ウソ⁉」というどよめきが起きる。

「大丈夫。静橋クン、呼吸に集中して」

 耳元でささやくうちに静橋は落ち着きを取り戻した。顔にも血の気が戻っている。まなかは「大丈夫ね」と確認したあと、恵弥に向き直って腕をつかんだ。

「ちょっと来て」

「な、なに? だって悪いのは静橋の」

「怒ってるわけじゃないから」

 恵弥の言葉を遮り、まなかは階段下へと連れて行った。次の授業が始まるまであまり時間がない。恵弥が理解のはやい頭の持ち主であることを願いながら、静橋の事情を説明した。幸いなことに、恵弥はすぐに理解してくれた。

「ほーん。そういうことか。まあ、じろじろ見られるのは気分のいいもんじゃないけど、息ができなくなるってのは初めて聞いたよ。そういうのってあるんだね」

「そうなの。だから、そのつもりで接してほしい」

「ん、分かった。そりゃ私も悪かったな」

「片倉さんは悪くない。知らなかったんだから」

 予鈴が鳴った。伝えるべきことは伝えたし、恵弥も受け入れてくれた。まなかが安心して教室へ戻ろうとすると「一つ聞いていい?」と背中に声がかけられる。

「なに?」

「辻ヶ花さんさあ、静橋とつきあってるん?」

「つきあってはいない。彼とはそういう関係じゃないの」

「それにしては仲がいいように見えたけど?」

「仲はいい。とてもいいと思う。でも、まわりが思うような関係じゃない」

 言い繕っているわけではない自然な口調に納得したのか、恵弥は肩をすくめた。

「ま、私には関係ないことだから、どっちでもいいんだけどね」

 手をひらひらと動かしながら、恵弥は教室へ戻っていく。「関係ない」という言葉通り、もう静橋には構わないでほしいと思ったが、さすがに口にはできなかった。


 ◇


 翌日の昼休み。

 自分の席でお弁当を食べながらまなかは後方へ向けて耳を澄ませていた。時々さりげなく振り返っては目の隅で後ろの席の二人の様子をチェックする。

 気にしているのは静橋と恵弥だった。

 これまでにはなかったことだが、昼休みが始まってから恵弥が静橋にあれこれと話しかけている。もしかすると興味を持ったのかも知れない。

 恵弥にはつきあっている相手がいると聞いていた。勉強もスポーツもできるイケメン彼氏らしい。確か、名前は幹島といった。校内の事情に詳しくないまなかでも知っているくらいは有名なカップルだった。

 そういう相手がいるのだから静橋に対して特別な感情を抱いていることは考えにくい。そもそも二人がまともに会話を交わしたのは昨日が初めてのようなものだ。心配する必要はないと思うものの、かすかな不安が胸に広がっていた。

 本当はまなかは静橋やこはくと昼休みを過ごしたかった。弁当を広げながらイラストや小説、映画などの話をするのはきっと楽しいだろう。

 しかし以前そうしようとした時に静橋は過呼吸で倒れてしまった。以来、改めて切り出しにくくなって現在に至っている。

 そう言えば、あの時は静橋を巡ってまなかとこはくが争っているというウワサがたっていたが、いつの間にか消えてしまったようだ。

 昨日、静橋が過呼吸に陥りかけた時、彼の頭を胸に抱いたことはクラスメイトたちに衝撃を与えたようだった。しかし、今日のまなかは静橋と言葉を交わしていない。放課後は別として、学校では接触を持たないようにしているのだ。

 静橋に対して、この前はビンタで頬を張り飛ばしたかと思ったら、昨日は優しく抱擁する。事情を知らないクラスメイトたちからすれば、まなかの行動は意味不明なものとしか映らないだろう。別の意味で近寄りがたい存在になっている可能性もある。だからかも知れないが、誰もまなかの行動について理由を聞いてくる者はいなかった。

 関心があるのに本人に確かめることはせず、根拠のない憶測でウワサを広げる……。そんな風潮がこの学校にはあるようだ。

 ともあれ、いまは静橋と恵弥のことだ。

 だが、いくら耳を澄ましてみても断片的な言葉しか届かない。「イラスト」「成人」「ウケる」というキーワードをかろうじて捉えたが、いったい何の話をしているのだろう。

 会話の内容もそうだが、恵弥がうっかりと静橋のことを凝視しないかも気がかりだった。いつもはお弁当を食べたあとはさっさと図書室へと行くのだが、今日はそういうこともあってずっと教室に残っていた。

 もうすぐ昼休みが終わるという時、まなかは手洗いに行くために立ち上がった。その拍子に、唖然とする光景を目にする。

 静橋が恵弥に顔を向けて話していたのだ。スケッチブックから顔をあげ、まともに向き合っている。しかも穏やかな笑顔を浮かべながら。

(どうして……?)

 自分でも戸惑うほどに動揺しながら教室を出た。廊下を進みながらいま目撃した光景を脳裏によみがえらせて無力感に包まれる。

 まなかとこはくは毎日のように静橋と放課後の時間を過ごしている。その積み重ねた時間のぶん、互いの距離感も縮まっているとまかな自身は思っていた。「気心が知れた仲」とまではまだ言えないかも知れないが、いずれはそうなってもおかしくはない関係に向かっている、と。

 こはくが同じように考えているのかどうかは分からないが、彼女もいまの光景を目にしたら平気ではいられないはずだ。

「静橋先輩、どういうことですかっ! 私たちにも滅多に見せない笑顔を、よりによって知り合ったばかりの女子に見せるなんて! この薄情者っ!」

 胸の前でこぶしを握って叫ぶ情景がまざまざと思い浮かぶ。

 とは言え、静橋を責めるのは筋違いだろう。恵弥はまなかやこはくよりもずっとコミュニケーションスキルに秀でていただけのことだ。

 人の目を見て話せない静橋をあんな風にあっさりと「攻略」したのだから、その能力の高さは素直に称えるべきだろう。そして、それは静橋にとってプラスになることなのだ。

 まなかは自分にそう言い聞かせた。


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