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2-5

 三日目の朝、熱が引いたまなかは学校に行くことにした。母親もOKを出した。

 朝風呂に入って気持ちを新しくし、鏡の前で笑顔の練習をする。静橋に暗い顔を見せたくはなかった。

 校門を通り抜け、昇降口に向かう途中で校舎の窓からこはくが手を振っているのが見えた。軽く手をあげて応え、靴を履き替えたあと教室に向かう。教室に入ると近くの席の生徒たちから身体を気遣う声をかけられたので笑顔で応じた。クラスメイトたちと深く話すことはないが、その程度のコミュニケーションは成立する関係だった。

 静橋はすでに登校していた。普段と変わらずスケッチブックに絵を描いている。まなかは安心した。

 自分の席に着いて鞄から教科書を取り出していると、教室内がしんと静かになった。

「?」

 異変を感じたまなかは顔をあげる。

「え、どうしたの?」

 すぐ近くに静橋が立っていた。見上げながら一瞬唖然としたまなかだったが、すぐに目をそらす。静橋の目を見てはいけないと思ったからだが、もしかするとそっぽを向いたと思われたかも知れない。

「つ、辻ヶ花。お、お、おれが」

 静橋の息は浅くなっていた。

「静橋クン?」

「お、おれが、全面的に、わ、悪かった」

 静橋は謝ろうとしているようだった。

 そんな必要はないことに加え、いまの静橋はかなり無理をしている。

 クラス中の注目を浴びている。やめさせなければ。

 腰を浮かしかけたまなかを静橋は制する。

「き、聞いてくれ」

「だけど」

「い、いいから」

 息を喘がせながら鬼気迫る表情でまなかを見る。

 そこにこはくがスキップを踏んでやって来た。「まなか先輩と一言話したくて」ということだったらしい。こはくも静橋のただならぬ様子を目にして驚いている。スキップ姿のまま固まっていた。

「お、おれは、お前の思いを、り、理解もできず、傷つけて、しまった。本当に……すまない」

「………静橋クン」

「……静橋先輩」

「お、お前にイヤな思いを……本当に、ごめん」

 その時、誰かが引きつったような笑い声をあげた。静橋の息が止まり、顔がさらに白くなる。過呼吸が始まろうとしていた。

 まなかは咄嗟に立ち上がり、静橋との距離を縮めた。そして——。

「ほえ?」

 こはくが声をあげるのと「バチ〜ン!」という音が教室に響くのが同時だった。

 まなかの手が痺れた。

 静橋の左頬が見る見るうちに赤くなる。

 クラスメイトたちが息を呑むのがわかった。

 まなかは静橋の腕を取って教室の外へ連れ出した。こはくもついて来る。

 階段下のひとけのないスペースへ行き、まなかは静橋に言った。

「静橋クン、大丈夫? 呼吸に集中して。ゆっくりでいいから」

「辻ヶ花、すまない。本当に悪かった」

 静橋は謝りながらへたへたとしゃがみ込む。涙目になっているのは、ビンタをくらったからだけではないようだ。

「それはもういいから。呼吸を意識して」

 まなかはしゃがみ込んだ静橋の頭を胸に抱えて背中を優しく叩く。

「大丈夫よ。大丈夫だから安心して」

 こはくが背後で「まなか先輩……」とつぶやく声が聞こえたが、応えるゆとりはなかった。

 まなかは自覚していなかったが、この時、慈愛に満ちた顔をしていたとのことだ。

 しばらくして静橋は落ち着きを取り戻した。息を深くついてゆっくりと立ち上がった。

「すまなかった。もう大丈夫だ」

「良かった」

 まなかはニッコリと笑った。

「今日は植物園の日ね。話したいことがあるから、私、行っていいかな?」

「分かった」

「こはくちゃんもね」

 振り向いて後輩を見る。

「あ、はい!」

 こはくはうれしそうに返事をした。


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