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次の日から二日間、まなかは学校を休んだ。
自分でも驚いたことに熱が出てしまったのだった。身体が重く、起き上がるのは億劫だった。頭もぼんやりとしている。
母親からは学校を休むように言われ、素直にしたがった。登校しなければ静橋が気にするかも知れないと思い、念のためにメッセージだけは送っておいた。「昨日のせいじゃないから気にしないで」。こはくにも「静橋クンには関係のないことだから何も言わないで」と送っておくのも忘れなかった。
ちょうど送信のタイミングで母親が様子を見に来て「スマホはダメでしょ」と取り上げられてしまった。静橋やこはくからの返信を確かめることはできず、以降はずっとベッドのなかで過ごした。
これは昨日受けたショックのせいなのだろうか、とまなかはまとまらない頭で考えようとする。「覚悟ができていない」という言葉がぐるぐると駈け巡り、そのたびに自己嫌悪がふくらんでいく気がした。
(せっかく仲直りできたのに、たった一日で……)
自己嫌悪は後悔によって加速する。静橋には自分の未熟な思いなど告げず、適度な距離を保ちながら関係を続けていけば良かったのだ。そのほうが静橋にとっても負担が少なかっただろう。
まなかが作家を目指そうがそうでなかろうが、そもそも静橋には関係のないことだ。それなのに、一方的に自分語りをしてしまった。あげくの果てには泣き出す始末。きっと「重い」とか「面倒」とか思われたことだろう。
悪いのはすべてまなか自身なので、静橋が気にしていなければいいのだが……と思ったが、当然のことながら静橋はひどく気に病んでいた。
◇
まなかが学校を休んでいる間、静橋は自身を責め続けていたという。「覚悟ができていない」という自分の口にした言葉の不遜さに身悶えをし、何を偉そうなことを言っているのか、と自身を罵倒し続けた。
人生を左右することに関して覚悟など簡単にできるはずもなく、辻ヶ花はすぐに結論を出さない点において、現実との折り合いを図りながら自分の夢を真剣に検討していると言えるではないか。
静橋自身は覚悟ができているつもりだったが、辻ヶ花のことをきっかけに思い直してみれば、イラストレーターになるというのは、それ以外の選択肢がないからで、言い方を変えれば消去法でしかない。覚悟ができているも何も、それ以外の手立てはなかったとも言える。であるならば、他人に対して偉そうに「覚悟ができていない」と口にする資格はないはずだ。
他人の視線に恐怖を感じる静橋は自分がまともな就職はできないと考えていた。集団生活は昔から苦手でもある。そんな静橋が将来を考えた時、進むべき方向は組織に属すことなく、フリーランスとして生きていくことだった。絵を描くことは好きだったので、イラストレーターを目標に掲げることは自然なことでもあった。
その意味ではイラストレーターを目指すのは覚悟ではなく、ただ単に選択したと言わざるを得ない。
辻ヶ花はその点で静橋とは異なる。容姿が優れていることもそうだが、基本的なコミュニケーション能力があり、勉強もできるようだ。彼女にとって作家は「これしかない」というものではないのだろう。
だからこそ、迷いが生じる。
その迷いには不安が混じっている。
迷いや不安を断ち切るには覚悟が必要で、それは静橋が指摘した通りだと思う。
そして辻ヶ花はその覚悟に向けて踏み出そうとしていたのだ。
だから、静橋に興味を持った。
静橋が辻ヶ花まなかに対しておこなったことは、一歩を踏み出そうとしている時に「まだ一歩も進んでないないじゃないか。本当にやる気があるのか?」と責めるようなものだ。
高梨がいい例だが、自分たちのまわりには夢を口にする者を嘲笑する風土がある。「現実を見ろよ」「世の中は甘くないんだから」に代表される、夢を否定する文化。
辻ヶ花が作家志望であることをこれまで誰にも話さなかったのは、そんな風に頭から否定されることを怖れていたからではなかったか。
辻ヶ花は静橋なら自分のことを理解してくれると思い、心情を打ち明けてくれたのだ。
「それをおれは拒絶した」
静橋は頭を掻きむしった。
なぜ、辻ヶ花が夢を教えてくれた時に「そうだったのか。だったら一緒に頑張ろう」と言えなかったのか。「覚悟ができていない」などと上からの物言いをしたのか。それによって何を得ることができたのか……。
と、そんなことをくり返しくり返し考え、反省し、自己嫌悪に陥っていたらしい。
だから三日目、まなかが登校した時に、クラス中が驚く行動に出たのだった。