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四章 出発


 

 ノニは明日が出発という日もいつも通り仕事をし、帰り道にいくつか店によって買い物を済ませた。保存食や水筒、寝袋などが用意されていく。

 背中に背負う大きさの違う袋を二つ、ノニは何処からか引っ張り出してきた。近所に出かけることを告げ、鍵を預けた。花の世話も頼んだ。店には張り紙をして、しばらく休むと記した。  


「遠くから来る人もいるのにどうするの?」


 アラカはノニに尋ねた。


「縁がなかったと、諦めてもらうしかないよ」


 ノニは簡単に、そう言ってのけた。

 占い師というのは案外冷たいのかもしれない。小銭を数えているノニをじっと見つめながら思う。 他人の想いに距離を置く。それでなければ務まらないのだろう。


「そんな日だったのだよ。そう思って忘れなさい」


 ノニによれば、縁のあるなしは大いなる力のもたらすもので、自らの力ではどうしようもないこと。期待通りのことも起これば、予期せぬことだって起こる。だが、それを誰のせいにもせず巡り合わせなのだと思えば、静かに受け入れる気持ちも生まれてくるのかもしれない。ノニが最後によく言う言葉だった。けれども、アラカはそんなふうに受け止めることはできない。


 考え込んでいると、ノニがしゃべりだした。


「まずは、ブリア村に行くよ。チルメズ山の麓にあって、ちょうどこの島の真ん中に位置している村でね。クルアーンという大切な神様が祀られている。ブリア村の話は誰にも言ってはいけない。村には厳しい掟があるんだ。先々代の王が作った愚かしい掟だと私は思うがね」


「どんな神様? 厳しい掟って?」


 アラカの問いが聞こえなかったかのように、ノニは黙って宙を見つめているだけだった。


「その村までどのくらい歩くのかしら」


「私が若い頃には、三日もあれば行かれたけれどねえ」


 ノニは昔を思い出すように目を細める。


「人間を襲う動物はいる?」 


 何日か前、メイが心配していたのを思い出して尋ねてみた。


「街道には人の行き来があるから心配はないよ。ただ、ブリア村への道は街道から外れて伸びている。そこは動物たちの住処だ。何が襲ってくるか分からないよ」


 アラカの不安なようすをノニは楽しんでいるみたいだった。


「沢山いるの?」


 都会育ちのアラカには、野生の動物は恐ろしい存在だ。見たこともない大きな野獣が襲って来たら……。そう想像するだけで、体が強張ってしまう。

 ノニはカラカラと笑いながら、首を振った。


「深い山に入ったり、森の中に行けば、そりゃいるだろうさ。出くわさないと言い切ることはできないよ。鈴を持っていけば、あっちで逃げてくれるかもしれないね。それでも会ってしまったら、その時はその時、巡り合わせだから、観念するしかないよ」


 アラカには出くわさないようにと、祈るしかできそうにない。


「それからどこへ行くの?」


「北を目指す。マサナ村で一休みして、メリダに向かう。マサナ村は珍しい野菜や果物を作っている村だ。変わっていないといいけどね。メリダは北で一番大きな街、サッサリほどではないが。そして次はラドムへ行くよ。夢をよく見るのさ。近くにしか行ったことはないのにね」


 ノニはしばらく考え込んでから、話し出す。 


「ラドムにはグルアナという生き物が住んでいる。私ら先住民にとっては、島の守り神だった。クルアーンと双子なんだよ。ブリア村に伝わる歴史書にはそう書いてある。ピサドの建国の書よりよっぽど真実が語られているんだ。知る人は少ないがね。王の先祖がこの島を征服した時、私達の神は怪物と呼ばれ、魔術を操る占い師によって力を奪われてしまった。それが災いの元なのさ」


 ノニはこの国を司る王族に反感を持っているようだった。


「さて、しゃべりすぎたようだ。明日慌てないように、最後にもう一度荷物を調べるよ」


 ノニは立ち上がった。これ以上質問はできそうになかった。アラカはカップを片づける。洗い物をすませ、開いているノニの部屋に入って行った。

 ふたつの袋にぎっしり物が詰まっている。袋には背負うための二本の太い布がついていた。アラカは大きな方に腕を通してみる。ノニが背負うのを手伝ってくれた。溜息が出る。これを背負ってずっと歩いて行けるだろうか。


「がんばっておくれ。お前なら大丈夫さ。そうだろ?」

 アラカは小さく頷いた。

 

「朝は早い。そろそろ寝るとするかね」


 アラカはノニの部屋を出て、メイを抱き裏庭に行く。しばらくこの大好きな裏庭ともお別れだ。夜風に髪を撫でられながら、メイにノニから聞いた話をした。クルアーンとグルアナはどんな姿をしているのだろう。見たいと思った。ブリア村やラドムも興味を引かれる。厳しい掟の中で暮らしている村人はどんな生活を強いられているのか。次々と想像が膨らむ。

 ぼんやりしていると、メイがきつい口調で言った。


「ノニはへこたれるあんたを置いていくかもよ。せいぜい頑張るといいわ」

 

 次の日、しっかり朝食を食べ、二人は家を後にした。鍵を預けた隣人だけが見送ってくれた。朝日に照らされた街並みを後にする。


 石畳の道がでこぼこ道に変わっていく。道の両側にある家は、だんだん少なくなっていった。しばらく行くと、すっかり家は見えなくなり、草の生い茂る野原が続くばかりになる。時々旅人とすれちがう。そのたびにノニは立ち止まり、話しかけた。

 話している間、アラカは深く息を吐き、背中の荷物を下ろす。夏も過ぎ、涼しくなったとはいえ、まだ汗が吹き出てくる。ノニは気づかうように、歩みの鈍くなったアラカに歩調を合わせてくれた。


 背中に荷物を背負った若い頃のノニを想像してみる。もっと速く歩けたにちがいない。木の陰で何度か休み、やっと昼食をとる時間になった。街道から少し離れた木の下で、二人は腰を下ろした。干し肉と固いパンをかじる。


「食べ物は大事にしないとね。何が起こるか分からないだろう。湧き水の場所は覚えているよ。記憶が正しければだけどね。心配しなさんな」


 ノニの言葉は、それほど安心させてくれるものではなかった。


「これ以上速く歩けない。それでも大丈夫なの?」


「私の若い頃に比べりゃ、ちっと物足りないが……まあ、きっとそのうち、足も鍛えられるだろうさ。急がせて、具合が悪くなる方が困るからね」


 時には優しさを感じるが、本当のところは分からない。自分の為にも、此処でへたばるわけにはいかない。アラカは干し肉を小さく噛み砕き、ゆっくり味わった。


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