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モエナ岬に立って

 次の日の昼過ぎ、道がふたつに分かれるところにやってきた。

「サッサリへ行く道と、南のマラドに下がる道だ」

 ノニはそう言って、御者の手を借り馬車を下りた。アラカは背中に荷物をしょった。

「また戻って来るわ」

 ノニは返事をせずアラカの手を取り、手のひらを見つめた。

「どうだか」

 ノニは笑みを浮かべて言った。

「行ってきます」

 ノニが馬車に乗り込んだ。アラカは馬車を見送ってから歩き出すつもりで立っていた。

 少し進んだ馬車が急に止まった。ノニが身を乗り出して、アラカを呼んだ。

「忘れるとこだった。これを持っておいき」

 ノニが首飾りを取り出し、手渡した。占いをする時いつも身に着けているものだった。

「ノニの大事な首飾りでしょ」 

「私はもういらない。お前の方が似合うよ」

 礼を言うのも聞かず、ノニは前を向いて御者に合図を送った。

 馬車が消えていくまでその場に立っていた。色の違う石がつながれている美しい首飾りは、思った以上に重い感じがする。まだ首にかけるべきではない。そう思えて、メイが入っている袋にていねいに入れ、アラカは歩き出した。

 マラドまでは五日程かかる。


 アラカは道すがら、多くのひとの手相を観た。観てほしいひとの話に耳を傾けた。向き合うひとの手のひらから言葉が立ち上がってくる。それでもまだまだ修行が足りないと思う。お金はいらないといつも言ったが、何人かは小銭を握らせてくれた。夜は野宿をし、寝袋にもぐりこんでメイと話をした。 

「初めて会った時、あんたはあたしを食い入るように見ていたね。それからあんたの乾いた心があたしにどんどん言葉をくれた。あんたの心を覆っていた暗い陰の言葉だったけど」

「メイが意地悪だったんじゃないの?」

 わざと軽口をたたいた。

「あたしはあんたに巣くっていた闇のかたまりでできているのよ」

アラカは口を曲げて笑って見せた。

「メイのおかげで、私は自分を振り返ることができた」

 メイが鼻をならす。

「私って、愛してもくれない父母の血が、自分に流れていることが嫌でたまらなかった。父と母がけんかするたびに腹が立って、ふたりとも大嫌いだった。だから父と母が私に託す夢や願いを、ことごとく壊していった」

「あの頃のあんたはとげとげしていて、突っかかってばかり。大好きだったよ。あんたは自分が混血ということにこだわりすぎていた。だから他人が思っている以上に、むきになってた。嫌だと思いながら、自分はほかの人と違うっていう、へんな自尊心もあってさ」 

 メイは久しぶりに饒舌だった。

「反論しないわ。でもね、前みたいに父や母、それにまわりの人や自分自身にも怒りを感じなくなったの。自尊心はまだ少ししまってあるな。他人の好奇な目は気にならなくなった。どこのだれと思われようがちっとも構わない。私は私だもの。素直にそう思えるようになった」

 アラカは目を閉じた。眠気がやさしく体を包んでいく。

「お休み、アラカ」  

 メイが初めて自分の名前を呼んでくれた。

 

 それから六日後、アラカはマラドの街にたどり着いた。やはり歩くのはつらかった。何度も休んだおかげで思ったより時間がかかってしまった。

 街は王子の婚礼の話で持ち切りだった。王の使いがピサドの街々に知らせを送っているらしい。

 ラドムでの出来事も、華々しく語られていた。見世物小屋では王子と農夫の娘との恋が演じられていた。街角では弦の張られた楽器を持った詩人が歌声を響かせている。街の人々が口ぐちにどこまでが本当かわからないうわさ話をしている。

「王子と婚約者はラドムに着き、恐ろしいグルアナと対峙したんだって」 

「グルアナはふたりを祝福し、沼の底に眠っていた古代の王がグルアナに捧げた王冠と王笏(おうしゃく)を贈ったそうだ」

「それらは宝石がちりばめられ、目も眩むほど辺りを金色に輝かせたってさ。ふたりは手を取り合い、グルアナの前で永遠の愛を誓った。この国も安泰だね」 

 アラカは語られることのない出来事、自分だけが知っている真実をいとおしむように、胸に手を当てて少しの間、街角にたたずんだ。


 次の日、お祭り騒ぎの街を後にして、モエナ岬に向かった。ごつごつした岩を歩いて行き、岬の先端に立った。風が強い。切り立った岬の前方には紺碧の海が荒波を寄せていた。波が岩にぶつかり、白いしぶきが繰り返し上がる。遠くを眺めると、水平線が空の色と重なり、きらきら輝いている。船は一艘も浮かんでいなかった。鳥の姿も見えない。ただ風のうねりが、耳に聞こえるだけだ。長衣をはためかせてじっと岬に立っていた。あのかすんでいる海の向こうにサマリンドがある。

 袋からメイを取り出した。

「お別れよ。さあ、投げ入れて」

 メイがやさしく言った。 

「そんなつもりはないわ」

 メイの返事はなかった。何度も名前を呼んだ。けれども、メイの声が聞こえることはもうなかった。アラカは理解した。とうとうメイはただの人形になってしまったのだと。なんとなくこうなるとどこかで分かっていた。アラカはメイを抱きしめ、じっと愛おしく見つめてから、そのまま袋に戻した。

「いつも一緒よ。だってメイは私でもあるのだから」

 そして海の彼方に目をやった。


 どのくらい時間がたっただろう。太陽が海に飲み込まれそうになっている。アラカは両手を広げ、ハルファに習ったように深呼吸しながら動かしていく。

 それから手のひらを見つめた。ノニが別れの時、笑みを浮かべたわけがわかる。

 親指と人指指の間から下へと流れる曲線が、小指の下の手首近くを指す月の丘へと向かっている。それは故郷を離れるしるし。縁のなかった人々の中で暮らし、縁を頂くしるし。

 手のひらの中央あたりを上がっていく運命の線はくねくねと曲り、それでも中指までつづいている。困難は待ち受けている。

 生まれ育ったミルナスも、新たにふるさととなったここピサドも捨て、見知らぬ土地を求め、旅することが、自分の生きる道となる。異郷の人々の想いに耳を傾け、語り合い、だれとも知られず静かに生きていく。それこそが自分を解き放つすべになる。

 父や母に手紙を書こう。アラカは袋からノニの首飾りを取り出し、首にかけた。それから暮れ行く海を後にして歩き出した。風に抗いながら、背を伸ばし、強く岩を踏んでいく。その瞳には燃えるような闘志はみじんもみえなかった。ただありのままの自分を受け入れそしてこの世界の在り様を素直に見つめる眼差しがあるだけだった。陽が沈んで行く。アラカは遠くに見える街の灯りに向かってまっすぐに歩いて行った。明日、乗るであろう船に思いを馳せながら。


最後まで読んで下さってありがとうございました。感謝で一杯です。

次作は地球滅亡の危機に宇宙人によって助けられた人々のお話「ドーム」を投稿します。

読んでいただけたらとてもうれしいです。

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