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21章 それぞれの旅立ち

 翌朝、アラカは久しぶりに長衣に着替えた。そしてゆっくり部屋を出ると、手すりにつかまりながら階段を下りていく。気づいたノニが腕を取って、食堂に連れて行ってくれた。

「ミリアたちはハルファとアドラルの泊まっている館に出かけたよ。クハンと一緒に食べよう」

「ぜいたくできるのは今だけだ。ゆっくり味わっておかないとな」

 クハンが穏やかな笑顔を浮かべて言った。ノニがクハンに静かな眼差しを向けている。

 アラカは湯気の立ったスープを飲み、パンを黙って食べた。

スプーンを置いてノニにたずねる。 

「村のひとはもう知っているの? クルアーン様が自由になることを」

「これから聖堂で村の集まりがある。ハルファが話すことになってるよ。アドラルとの結婚も話されるだろうね。私たちにはもう関係のない話だ。思い残すことはないよ。そうだろ?」 

ノニがアラカをじっと見つめ、念を押すように言った。 

「まだこの島を一巡りしてないわ。行かなくていいの?」

「もう役目は終わった。ずいぶんと疲れたよ。南にマラドという街がある。その街のモエナ岬から海を見たかったけどね。そりゃー美しい海なんだよ」

「魂が憩うというサマリンドに向かっている海ね」

 旅に出る前にノニが話してくれたのを覚えていた。

「そうだよ。行ってみるといい。きっと癒してくれるはずだ」 

「……考えておくわ」

ノニはそれ以上しつこくは言わなかった。


 その日の午後、サモラがそっと部屋へやってきた。

「起きてた?」

 遠慮気味にサモラは小さな声でたずねた。

「ええ、あれからどうなったか聞かせて」

「ハルファ王子がクルアーン様のおっしゃったことを話して下さったの。みんなの思いはそれぞれ違うのね。大喜びするひともいたし、心配そうなひとも。私たち、とても複雑な気持ちなの。今まで通りに暮らせるか不安ですもの」

 アラカはサモラを抱きしめた。

「大丈夫。クルアーン様の糸がなくたって、この村の立派な織物の技術は消えないわ。村が解放されて、外から新しい模様とか色あいが運ばれてくるでしょうし、珍しい材料だって見つかるかもしれない。ちゃんとやっていけるわよ。ハルファ……皇子も助けて下さるはずよ」

「ええ、そうね。ほんとはね、私はうれしいの。だって外に行かれるのだもの。メリダやサッサリを訪ねたいわ。アラカさんにも会えるでしょ?」  

 サモラは顔をほころばせている。

「アドラル様も素敵な方ね。貴族じゃないのに、皇子様とご結婚なさるなんてうらやましいわ」

 うっとりした表情のサモラに、アラカは笑顔を作るのがやっとだった。

  

 夕方にはラジャムやミリアも帰ってきていた。ミリアは村長の仕事で忙しいはずだが、その疲れも見せず、文句ひとつ言わない。

 しばらくして夕食の席に皆がそろった。

「明日から人夫たちが少しずつ屋根を取り壊していきます。屋根の内と外からね。大変な作業でしょうね。でも七日もあれば、クルアーン様は自由になられます。ハルファ様はそれを見届け、アドラル様をラドムへお連れするはずです」

「わしもご一緒させていただこう」

 クハンが言った。ノニがクハンに目をやった。「やはり」と言うような顔をしている。だが何も言わない。

「わたしはサッサリへ帰るよ。待っているひともいるだろうからね」

 ノニが皿に目を落として言った。クハンは小さくうなずいた。

 アラカはノニが勧めてくれたマラドへ行くかどうか決めかねていた。

 その時だった。召使いが食堂に入って来て、ミリアに耳打ちをした。

「ノニさん、メリダのオルギンという方がいらしていますが、ご存じですか?」

 ミリアの言葉にノニは呆れたようすでため息をついた。

「確かにわたしの知り合いですよ。よくここまでやって来たものだ」

 ミリアは召使いに案内するように言った。

「オルギンに会うのは何年ぶりだろう。楽しみだ」

 クハンがうれしそうにつぶやく。

「相変わらずの商魂たくましい男だよ。ハルファに取り入ろうって魂胆だね。うんと説教してやらなくちゃ」

 ノニはクハンにしかめ面をして言った。

 アラカはオルギンに会うのはきまり悪かった。メリダでの言い争いが思い出される。 しばらくして、召使いが食堂の扉を開けた。それと同時にオルギンが大声を発した。

「ミリア様ですな。お会いできて光栄に存じます。少々ですが、土産の品を持ってまいりました」

 オルギンは真っ先にミリアの前に立った。深々とお辞儀をしてから、連れて来た召使いに合図を送った。ふたりの男がうやうやしく大きな箱をミリアの前に差し出した。

「わたしの果樹園で実りましたビティスの酒と、遠きクルクス国より手に入れました紅玉 

の置物でございます。お気に召していただければ幸いです」

 オルギンは満面の笑みでミリアを見つめている。ミリアは戸惑ったようすで、ノニに目をやった。

「受け取ってやってください。ただし特別扱いは無用に」

 ノニがオルギンをにらんで言った。

「ありがたくちょうだいいたします。どうぞおすわりになって。ちょうど夕食の時間ですわ。お食事はいかがですか」

 ミリアは軽く微笑んで、空いている席を指し示した。オルギンは礼をしてから、ノニのそばに寄った。ノニを抱きしめ、クハンの手を強く握る。

「あなた方のことが心配で、やむにやまれずまいったのです。ご無事でなりよりです」

オルギンが感に堪えないといった面持ちで言った。

「よしとくれ。気味が悪い。クハンを覚えているかい」

 ノニは迷惑そうに顔をしかめたが、声はどこかうれしそうだった。

「もちろんです。ラドムでお別れしてからずいぶんになりますね」

「また会えるとは。元気そうだな。最後に会った時はりりしい若者だったが、ずいぶんと立派になったものだ」

 クハンはオルギンのお腹を叩きながら言った。

 大声で笑いながらオルギンはアラカを見つめた。

「うわさは聞いているぞ。大活躍だったそうじゃないか」

「うわさは本当にあったことより大げさになるものよ」

 アラカはそっぽを向いて返事した。オルギンがさらに大声で笑う。

「積もるお話がおありでしょう。どうぞ、ごゆっくり。わたくしはアドラル様の準備をいたしますね」

 ミリアがサモラやラジャムを伴い食堂から出て行った。


「まずおまえのやることは、用心棒たちの供養だ。わしらで埋葬しておいたからな」

 クハンが強い口調で言った。ノニが大きくうなずく。

「ありがとうございます。できるだけのことはするつもりですよ」

「おまえもあそこにいれば、どんなに罪なことをしたか分かったろうに」

 ノニは食べ始めたオルギンに向かってため息まじりに言った。

「ハルファ皇子にも謝罪をしたいのですがね」

「ほら、始まった」

 ノニがオルギンをにらんだ。

「何も企んでなどいませんよ。本当に心を痛めているんです。織物はどうなるのです?」

「いずれわかるよ。おまえがしゃしゃり出たら、皇子はお怒りになるだろうね」

 オルギンはノニの言葉に顔を曇らせた。

 アラカは席を立ち

「部屋に戻るわ」

と小さな声で言って食堂を出た。

 部屋のベッドに腰かけると、まだ半日しか過ぎていないのにひどく疲れを感じた。

「マラドへ行こうか迷ってるの」

「ノニはあんたを放り出すかもね。旅は終わったんだから、あんたは用無しになる」

 メイがこともなげにいつもの調子で意地の悪いことを言う。

「そんなこと……」

「ずいぶん自信たっぷりね。呑気すぎるわよ。ずいぶんつまらない女の子になっちゃって。もうあんたとは付きあえないわね」

 メイをじっと見つめる。心がしぼんでいくようだった。


 その夜、ハルファとアドラルがアラカを訪ねてやってきた。アドラルがひとり、部屋に入って来る。

「クルアーン様に会ったわ。祝福してくださっているとハルファが言うの。残念だけど、私には何も……。以前はハルファもまったく聞こえなかったそうね。あなたが最初に聞いたひとだとハルファがおしえてくれたわ」

 アドラルが悲しげな表情で言った。 

「ええ、不思議だけど……」

「あなたには自分でも気づかなかった特別な力が備わっていたのね。尊敬するわ。ハルファはあなたをとても大事に思っていてね、とても私は二人の間には入り込めそうもないわ」 

「………」 

 切なそうな笑顔を一瞬浮かべたアドラルだったが、振り払うように背筋を伸ばす。

「覚悟はできたの。ハルファとこの国のために、立派な王妃になるとあなたに誓うわ」

 マサナ村で祭りのように大騒ぎした夜を思い出す。たき火の揺れる炎に照らされたアドラルの顔が浮かぶ。悩み疲れたようすでアラカをじっと見つめていた。今のアドラルの瞳は淡いろうそくの光の中で輝いている。

「おふたりの幸せを心から願っています」

 アラカは微笑みながら手を差し出し、アドラルもその手を握り返した。

 扉を叩く音がして、ハルファがやってきた。

「二人で秘密の話しかい? アラカはクルアーン様に会わなくていいのかな? グルアナ様の所へ行くけれど、一緒にどうだい?」

 大仕事をひとまず終えたハルファの口調は、初めて会った時のようにきさくだった。

「私の使命は終わったわ。だからクルアーン様にもグルアナ様にも会う必要はないと思ってるの」

 寂し気ではあるが、納得したようにハルファは頷いた。 

 二人が帰った後、去って行く後ろ姿を窓から見つめる。ささやかな達成感を感じつつ、一生会えないであろう切なさがアラカの心を震わせていた。



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