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ハルファと共に

 翌朝、アラカはハルファ、ノニ、クハンを伴って沼へ再び向かった。

<わが声を聴けし者……王家の者……>   

 グルアナは沼のほとりに待ち構えていたように立っていた。アラカがひざまずくと、他の三人も見習った。ハルファが驚いたようすもなく、うやうやしく頭を下げて言った。

「あなた様とクルアーン様は、この島の守り神でいらっしゃった。過去のあやまちを正さねばと心に決めております」

 アラカはグルアナの発する声無き声を正確に伝えようと話し出す。

<この島はクルアーンとわしの住処……何百年も>

 ハルファは驚きを隠せないようすでアラカを見やった。ノニもクハンも呆然としている。ハルファが再びグルアナに目を向けて言った。

「われら王族がこの島を治めて以来、あなたは何度も王族の軍隊を滅ぼされた。あなたの存在はこの島の脅威になると私たちはおしえられた。だがあなたは私たちの敵ではなかったのです」 

 グルアナにはハルファの声が聞こえているのだろう。アラカはひざまずいているハルファに目をやる。恐ろしい姿のグルアナに怖気づくことなくハルファは真っ直ぐ顔を上げていた。  

<われらは民と共に静かに暮らしていた。いつのことか、どこからか他の民がやってきた。侵入者どもの王はクルアーンを捕え、閉じ込めた。クルアーンの叫びを聞いたとき、われは沼からあがり、共に声をあげた。戦いを挑んだのではない>

 グルアナの吠えるようなうめき声が辺りに響き渡る。

<クルアーンの叫びを聞くたびに心は痛んだ。沼から現れたわれを退治しようと、行く度も、何人もの王が軍勢を率いてやってきた。われは忌むべき怪物となった。人間を滅ぼすなど簡単なこと。だが……>

 ハルファがグルアナの言葉を継いで言う。

「すべての民を滅ぼすお力があるあなた様が、なぜそうなさらなかったのか。そのことに私たちはもっと早くに気づくべきでした。あなたはこの地の守り神であらせられる。血でこの地を汚すことを望んではいらっしゃらない。しかし愚か者が戦いを挑んできた時、刃を向けざるを得なかった」 

<愚かな人間どもは次から次へとやってくる。愚かな戦いをしつづけることはわれの望むところではない。われは地の守り神、クルアーンは民の守り神。だからこそ、クルアーンもわれも耐えつづけた。必ずわれらの為に力を注ぐ者が現れると信じて>


 ハルファが頭を下げ、厳かに言う。

「剣を抜く力が私にあるかどうか試しとう存じます。どうかその機会をお与えください」

<魔術にかかった剣は簡単には抜けぬ。犠牲を払わねばならぬがその覚悟はあるか?>

 虚を突かれたハルファは一瞬、眉をひそめた。アラカの心もざわついた。

<双方の内、どちらかの命が奪われるやもしれぬ>

 ハルファは膝に置いた両手を強く握りしめた。苦悶の表情で俯いている。アラカの鼓動は高鳴り、グルアナも辺りの様子も色を失い暗く沈んでいくように思えた。ノニとクハンの嘆く声が静けさを破り陰鬱な沼地に広がっていった。袋の中からメイの悲痛な声がする。

「あんたが死ぬことなんてないわよ! まだこんなに若いのに。それにいつかはミルナスへ帰るつもりだったんでしょ? ピサドにやってきたのも、ノニに会ったのもただの偶然。何の意味もないこと。ハルファへの想いだって叶いやしないのよ。ハルファに死んでもらいなさい!」 

 ひとがいる時にはけっしてしゃべらなかったメイの声が耳に響く。地面に手をつき、爪を立てた。揺れる心を抱きながらも、為すべきことはすでに示されていると自分に言い聞かす。


ハルファは王家を継ぐ者。この島の繁栄を願い、民のために正しきことを成そうとしている。愛するアドラルもハルファの帰りを待っているのだ。ここで死ぬわけにはいかないと思っているに違いない。そして私もハルファに生きていて欲しい。私の命がハルファの生に繋がるならば……。

 アラカは心を決めた。

 口を開こうとした途端、ハルファが先にしゃべり出した。

「王の許しも頂けないまま、ここにやってまいりました。命を差しださねばならないのは私です」

 固い決意に満ちた揺らぎのない言葉だった。すかさずアラカは声を大にして言う。

「いえ、ハルファにはこの国を司る使命があるのです。ハルファの後ろにはたくさんの民の命が続いている。私には何もありません。クルアーン様とグルアナ様に会い、ハルファを助け人とし、剣を抜くこと。それが私の使命なのです。先のことなど……」

 ハルファが言い出す前にグルアナが遮った。

<もうよい。双方の決意、しかと聞き届けた。命の危うきに見舞われるのはどちらか、われにも感知せぬところ。再び尋ねる。それでも剣を抜く覚悟はあるか?>

 アラカもハルファも黙って頷いた。

「なんとむごい……」 

 ノニが泣き声で囁く。クハンの声は聞こえなかった。


 アラカは立ち上がり、グルアナを見上げた。ハルファの視線を感じたアラカは、笑みを浮かべながら高貴な皇子の眼を見返す。グルアナは頭をゆっくりと下げた。二人は頷き合い、手を重ねて刺さった剣を握った。両足を少し広げ、しっかりと立つ。ハルファの手のぬくもりを愛おしく思いながらアラカは力を込める。ハルファも強くアラカの手を握る。重ねられた四つの手が、錆びた剣の魔法を解こうと必死に前に引っ張る。ズズッと剣が動く。グルアナがうめき声をあげる。だが剣は抗うように二人の力をはねのけ、また深くグルアナの体に刺さってしまう。何度も繰り返すうちに、アラカもハルファも汗にまみれ、体がしびれていった。心臓の音がガンガンと頭で鳴り、めまいがしそうになる。それでもあきらめずに二人は剣から手を離さない。そうやってどのくらいの時間が経ったろうか。

手の力が萎えそうになった時、ようやくゆっくりとその長い刃が見え始めた。剣を抜ききろうと、最後の力を振り絞る。そして、とうとう剣の先がグルアナの体から抜け出て、アラカとハルファの手に落ちた。二人は力尽きたようにその場に倒れ込んだ。ノニとクハンがそれぞれ二人を抱える。グルアナの傷口がみるみるうちに塞がっていく。 

<クルアーンを……解放せよ> 

 そう言うと、アラカの意識はノニの腕の中で遠のいていく。グルアナのゆっくりと沼に帰っていく姿が薄ぼんやりと見えた。そして傍らのハルファの顔も次第に朧になる。

「アラカ!」

 ハルファの声が聞こえる。ノニの悲痛な叫びも。アラカの差し出した手をハルファがしっかりと握った。

「よかった」

 アラカがつぶやく。

「死んではいけない! アラカ、死ぬな!」

 ハルファの声は次第に小さくなり、最後の言葉はもうアラカの耳には届いていなかった。


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