二章 サッサリの街
(2) サッサリの街
「さあさあ、起きておくれ。ゆっくり寝ていられるほどいい身分ではないんだよ」
ノニが部屋の外から大声で言った。
アラカはまだ閉じていたい目をこすり、大きく伸びをした。海の上で揺られている感覚から開放され、久しぶりによく眠れた。できればこのままじっとしていたかった。
「言うことなんか聞く必要ないわ。ほっときなさいよ」
メイの言葉に微笑む。そうしたいのは山々だったが、朝からノニと一戦交える気はなかった。
窓からは遠慮なしに南国の光が降り注いている。体は汗ばんでいたが、この暑さでは仕方ないことだ。時折吹く風がアラカの髪を撫でていく。ドアを開け、ベッドを直し、メイをそっと枕の上に置いた。
「井戸から水を汲んできておくれ!」
ノニがまた叫ぶ。
部屋から出ようとするアラカにメイが声をかけた。
「いい子ぶって! いつまで続くかしら」
ベッドに戻り、あやすようにメイの頬を指先で優しく叩いた。
家は長方形の箱のようで、表の扉を背中にして左側に部屋が二つある。反対側は居間兼台所になっていた。
アラカの部屋の向かいは台所で、かまどが裏口の横にあり、そこにノニは水差しを持って立っていた。傍には小さなテーブルと椅子が二脚置かれている。
「お茶とパン、魚の酢漬けが少し残っているからね」
汲んできた水が沸いてきたところに、ノニは茶葉をひとつまみ入れた。パンは固く、しっかり噛まねばならなかったが味は悪くなかった。お茶も味わったことのないほのかな甘味があり、いい香りがした。だが魚はあまり好きになれそうもない。
「昨日は食事もせずに寝てしまっただろ。しっかり食べておかないと、一日もたないよ」
ノニが皿から顔も上げずに言った。
仕方なく、飲み込むように魚を食べた。お茶で魚の匂いを消す。
ノニはアラカに何も聞こうとしなかった。母は父に何を言い、父はどんな書状をノニに送ったのだろう。仲の悪かった両親が、自分を追い出すために協力しあったというわけだ。 笑うほかはない。アラカの心には両親への恨みが膨れ上がっていた。
「ここで私は何をしたらいいの?」
まっすぐにノニを見つめて尋ねる。
ノニはフォークを持つ手を休め、顔を上げた。
「まず家事をお前にやってもらおう。もう私は年だからね。それから毎日仕事に出かけるから、ついておいで。邪魔をせず、傍にいてくれればいいよ」
「家事なんてやったことないわ」
「そうかい。でもここはミルナスじゃないからね」
アラカの前にノニは食べ終わった皿を置いた。アラカは黙って自分の皿と重ね、立ち上がった。ノニが指差す方に小さな桶がある。汚れた皿を入れ、裏庭に行った。井戸水で自分の顔を洗い、それからガチャガチャと乱暴に皿を洗う。家の中からノニの大声が聞こえた。
「掃除は毎朝やっておくれ。それが終わったら出かけるよ」
家具も少ない小さな家の掃除に、たいした時間はかからない。ノニの部屋もアラカの部屋と同じ作りで、飾り物など一つもなかった。
掃除を終え、青の長衣に着替えてノニを待つ。ノニは薄茶の長衣を着け、長いネックレスをしていた。赤、黄、緑に紫と色の違う石が鎖に繋がれている。
見惚れているアラカに、
「仕事の時には必ず着けていくのさ。お守りだよ」
と自慢げに言った。