囚われの身となって
まだ昼食には早い。アラカは背中をかがめ前に行くと、御者台にのぼった。
「道に倒木が転がっている」
ヤナムが面倒くさそうに言った。
「ここから入るなってわけか? 余計なことをしやがる!」
灰色の上着の用心棒が吐き捨てるように言った。用心棒たちは文句を言いつつ、倒木を難なくどけた。
いよいよグルアナの住むラドムへの道が始まるのだ。ノニが険しい顔であたりを見回している。淀んだ生暖かい空気がアラカの肌をなで、その気味悪さに身がすくむ。
「おまえの知り合いがどのへんにいるのかわからんか?」
赤い上着の用心棒がノニに尋ねた。
「こっちが知りたいよ」
ノニはそっけない返事をして、顔を引っ込めてしまった。
用心棒たちは馬にまたがり、泥道を進んだ。アラカはしばらくヤナムの隣にすわることにした。道は木々の間をぬうように左右に曲がっていく。どんよりした空も木立の葉の向こうにかすかに見えるだけだ。あたりは薄暗く、何かが腐った嫌な臭いもする。馬のひづめの音と馬車の車輪の音が、木々にこだまするように大きく聞こえた。
とうとう道は馬車が進めないほどの狭さになってしまった。
赤い服の用心棒がアラカに向かって言った。
「お前とじじいはここで荷物の番をしてろ。婆さんは連れて行く。昼飯を食ってから出発だ。日が暮れる前に戻ってくる」
「私も行くわ」
「婆さんだけで結構だ」
用心棒はニヤリと笑い、馬からおりた。他の用心棒たちもそれぞれに馬の手綱を木にひっかけている。ヤナムがアラカに目で合図をする。アラカは渋々ヤナムの後につづき、馬車からおりた。ノニは出てこなかった。
道の真ん中で火をおこす。なかなか火はつかなかった。ヤナムはしゃがれた声で悪態をつき、用心棒たちはあたりのようすをうかがっていた。アラカは落ち着かず、食事はのどを通りそうもなかった。
食事が終わると、用心棒たちはノニを連れて出かけていった。アラカは文句を言ったが、ノニは抗わずに用心棒たちに従った。
ヤナムは馬車の中で横になってしまった。アラカはメイの入った袋を肩にかけ、御者台にすわった。やがて馬車の中からいびきが聞こえてきた。袋からメイを取り出す。
「閉じ込められるって、どんな気持ちかわかってるの! ずっとイライラしてたのよ。あんたってあたしの気持ちなんかどうでもいいのね!」
「ごめん。でもひとりになる時がなくて……」
最近メイにあやまってばかりいる。たとえ理不尽なことを言われても、かわいそうに思えてしまう。それはアラカが心変わりしたせいなのか、はっきりとはわからない。
メイの髪の毛を撫でて、頬ずりした。
「あんたって、ずいぶんおしゃべりになったのね」
袋の中で何もかもメイは聞いていたのだ。
「ノニに心を許したってわけね。でもね、あんたのことはあたししかわからない。それを忘れないことよ」
本当にそうだろうか。アラカはノニたちが歩いていった方に目をやり、静かに言った。
「大好きなメイ。今までもそうだったし、これからもずっと、ずっとよ」
小さなメイを抱きしめ、自分にも言い聞かせた。
その時だった。
びちゃびちゃと泥道を歩く足音がしてきた。顔を上げたとたん、汚らしい恰好をした男たちの姿が目の前にあった。ヤナムを呼ぼうとしたが、声は出なかった。固まったまま、男たちが近づいてくるのを見ていた。五人もいる。年老いた者や若そうな男もいた。
「お前ひとりか?」
背の高い男がたずねた。アラカは首を横に振った。
「降りろ!」
言われるままに馬車を降りた。急いでメイを袋にしまう。ひげづらの男が後ろから馬車に乗り込んでいく。
「な、なにをする!」
ヤナムは引き摺り下ろされ、アラカの横に立った。その男がヤナムの目の前に立ち、胸倉をつかんで言った。
「何しに来た」
「わ、わしはただの料理番だ。何も知らねえ」
声は震えていた。男がアラカを見やった。
「……クハンに……会いに来たの」
体中の力を振り絞って言った。男たちが驚いたようにぎょろりとにらんだ。
「ノニが……」
喉がからからになって次の言葉が出てこなかった。杖をついた老人が背中を起こした。
「今、何と言った?」
老人とは思えない太い声だった。白髪をたらし、髭も白くなって長く伸びている。
アラカはごくりとのどを鳴らし、返事をした。
「ノニが……会いに来たの」
老人は杖に体を寄せ、笑い声をあげた。男たちは不思議そうに老人を見つめる。
「ノニが会いにきた…… 何か魂胆がありそうだな」
老人はいかにも楽しそうに言った。男たちはヤナムの両手をしばった。アラカの腕を男がつかんだ時、老人がそれを制した。
アラカは足に力を入れて立っていた。
「あなたが……クハンね。わたし、ノニと一緒に旅をしてるの」
老人が鋭い視線を向けて尋ねる。
「あの派手な服の男どもと一緒に旅をしているのかね?」
「馬車に乗せてもらっただけ。あのひとたちは勝手についてきたの」
男たちが笑い声をあげた。老人も肩を震わせ、笑っている。
「今頃、あいつらもわしの仲間に捕まっとる。ノニがいるなら早く帰らんと」
男たちは馬車に乗って、荷物をおろし始めた。ヤナムが慌てて止めようとする。ひげづらの男がヤナムの顔をはたいて倒した。老人は知らん顔でアラカに近寄って来る。
「おまえの名は?」
「アラカ」
「ではアラカ、わしらの住処へ案内するとしよう」
男たちが馬車につながれた馬を放し、その背に荷物を乗せる。用心棒たちが乗っていた馬も引っ張っていく。老人はアラカの腕をつかんで歩き出した。ヤナムがその後につづく。老人は何事もなかったように、アラカに親し気に話しかけてくる。ノニが無事なのか不安でいっぱいになった。




