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グルアナの住む地へ

 しばらくして馬車が止まった。ヤナムが大声で言う。

「昼飯の時間だ。あいつらが腹を空かしている。手伝ってくれ」

 ヤナムは馬車から料理道具をごそごそ取り出した。眠っているノニなどおかまいなしだ。

「火をおこせるか?」

「もちろん」

 アラカが返事した。

 

 用心棒たちは馬の手綱を木にあずけ、丸くなって座り込んだ。海はもう見えなかった。荒れ地が何処までも続いている。旅人は他にはいなかった。火をおこしながら、アラカは自分が追い出されたわけをノニに語る姿を想像してみた。誰も近寄らない、地の果てのような場所で話すのはぴったりかもしれない。悲しみをまとった皮肉な笑みがひとりでに浮かんでいた。

  

 用心棒たちは自己紹介する気などないらしく、誰も話しかけてこなかった。ラドムに着くまで用はないと思っているのだろう。どの男も髯をたくわえ大柄でたくましく、自信に満ちあふれていた。年恰好も同じくらいにみえる。食事の間、それぞれの武勇伝を声高に話しているだけの彼らに、アラカは興味もなく、退屈な人間たちだと思った。ノニも用心棒たちを無視し一緒に座りもしなかった。


 辛いのはメイと中々話しができないことだった。食事の後や、休憩中にそっとみなから離れ、木立に隠れてメイを取り出す。メイの第一声はいつも同じだ。

「いつになったら着くのよ。もううんざり。ラドムに着いたってうんざりだけどね」

 アラカはメイの髪をなで、頬ずりする。

「わかってる。でも我慢するしかないわ」

「ふん、ノニと親しくなれてよかったね。あたしなんかもういらないんじゃない? ノニが過去を話してくれたからって、あんたは言うつもりはないでしょ? 止めた方がいいわよ。嫌われちゃうに決まってるんだからね」

 胸がズキリと痛んだが、アラカはメイを強く抱き締めた。

 

 三日目も陰鬱な景色の中をアラカたちは進んでいた。右手は切り立った山々が連なり、むき出しの岩が今にも落ちてきそうだった。左手からは緑濃い木々が枝を伸ばし、行く手を阻んでいるようだ。あたりには湿った空気が満ち、一本道はぬかるんでいる。空はいつもどんよりと曇っており、時折雨が激しく降ってきた。にぎやかなサッサリやメリダは、はるか彼方に行ってしまった。


「ピサド島で一番高い山がつづいているせいで、このあたりは雨が降りやすいんだ。いつもじめじめして住みにくい。山の反対側は険しい崖になって、海が岩肌を削っているよ。入り江や桟橋を作る浜もないから漁もできない。大きな街ができなかったわけさ」 

 ノニが馬車に揺られながら言った。後ろの幌をあげて外を眺めていると、泥道に轍が二筋、後を追うようについている。

「人も家も見えないけど、道があるのはどうして?」 

「街はないが、人はあちこちに隠れるように住んでいる。不便でも住まざるを得ない人間がいるんだ。ラドムに潜んでいる輩を相手に商売してる者もいる。薬草が取れるらしいよ。さすがにオルギンは手を出していないようだけどね」

「ここはまだラドムではないの?」

「ここらは名もない場所さ。ラドムはもっと山深い、道もない所と聞いている。いくつもある小さな沼に囲まれた陰気な場所のようだ。沼があるからまっすぐ進めない。馬車でどこまで行けるかねえ。そろそろクハンと別れた所だと思うんだが……大きな木が道をふさいでいたっけ」

 ノニは頬に片手をあて、過去の自分に思いを巡らしているようだった。


「グルアナのこと、聞かせてほしいわ」

「今の王家が伝えるピサドの歴史書には、初めてこの地にやってきたグルジャ王がグルアナを退治したと記されている。この土地を荒らす怪物だったとね。とんでもないよ。クルアーン様と同様、ピサド島の守り神なんだ。グルアナ様は魔術師の剣が刺さったまま沼に住んでおられる。だから力が弱ってしまわれた。この島に陰がさしているわけさ」 

「追われる者たちがラドムに潜んでいるんでしょ? 守り神だとしても危険はないのかしら? すごく大きいのよね」 

 ノニは首を大きく振り、言い返す。

「人間が悪さをしなけりゃ大丈夫さ。静かにしておられるはずだ。ただ、王族には許しがたい気持ちがあるかもしれない」

 アラカが声を落として聞いた。

「ハルファは王様を説得できたかしら?」

 ノニも声を低くして返事する。

「できるわけないよ。あんなに頑固で王の座に執着してるんだからね。たとえ、正しいことでも、自分たちに都合の悪い話は聞きたくないのさ。そんな王の治世は永続きしないでほしいもんだね」

「じゃ、ノニはハルファに王様になってほしいの?」

 ノニはじろっとアラカを見つめてからしばらく考え込んだ。

「どうだろう? 私はまだハルファを信じ切っているわけじゃない。王の承諾を得られない時の覚悟はしてると言ったが、どうするつもりかね? 謀反を起こして、王を幽閉なんて、ハルファには無理だね。だから王がこのまま王位に居続けたらハルファは何もできやしない」

 

 ずいぶんと辛口の評価だった。アラカも穏やかなハルファがそんな恐ろしいことをするとは思えない。ラドムで会おうと言っていたけれど、本当にやって来られるのだろうか?

 できたら、来てほしいと思う。ノニには言えないが、アラカの本心だった。 

「ハルファが来ても来なくても、私たちのすべきことは変わらないさ。お前と私とで、グルアナ様に刺さった剣を抜かなくてはね。たとえ罪人になったとしても」


 自身に満ちたノニの表情に、複雑な思いがふつふつと湧き上がる。このまま突き進んでいっていいのか、アラカにはノニのように断言できなかった。王の言葉が気にかかる。

 クルアーンも言っていた「助けとなる正しき者を見極めよ」とは? その答えはアラカ自身が見つけなくてはならない。フッと溜息がもれた。


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