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十五章 幌馬車の中で

 翌朝、階下から聞こえる男たちの声でアラカは目覚めた。

 突然部屋の扉が開き、ノニが言う。


「さあさ、出かけるよ。早く食事を済ませておくれ。何、のんびりしてるんだい」


 アラカはベッドから飛び起き、着替えてからメイを袋にいれ、階下へ下りて行った。

 使用人たちは忙しく玄関を出たり入ったりしている。応接間には三人の男たちがオルギンを囲んで、酒を酌み交わしていた。

一体彼らは誰なんだろう? 

アラカは挨拶もせず、食堂に向かった。ノニは食べ始めている。どうやら腹を立てているらしい。ちっとも話しかけてこなかった。

 食事を終えると、ノニはアラカを置いて外へ出て行ってしまった。アラカは急いで食事を終え、応接間にいる男たちを部屋の外から眺めた。それぞれ腰に刀を差し、長衣ではなく動きやすい上着とズボンという身なりで、近くには槍や斧などが置いてある。

 オルギンはアラカに気づくと、そばによってきた。


「護衛だよ。他の国で戦った経歴のある逞しい男たちだ。ノニは気に入らないみたいだがね。ラドムは危険だから、用心に越したことはない」 


 それだけの理由で三人を雇ったのだろうか? アラカにはオルギンの考えていることが全く分からない。


「料理人も雇ったからその馬車に乗ってくれ。幌がついているし、暖かい服も毛布も用意した。ノニはどこだね」

 

「外へもう出て行ったわ」

 

 二人はノニが立っている噴水のそばへ行った。

 

「あんな奴らを雇うなんて!」


 ノニがやってきたオルギンに鋭い目つきで言う。 

 オルギンは返事もせず、ノニとアラカを屋敷の横手に案内する。そこには二頭の馬に引かれた荷馬車が一台、鞍を乗せた馬が三頭用意されていた。使用人たちが荷を積んでいる。そこからは馬車が通れるように広い道が裏門までつづいていた。


「ノニらしい言いぐさだな。だが歩かないで行けるのを、ありがたく思ってほしいものだ。商人の勘が働いてね。ちっとも話してくれないから想像でしかないが、ラドムで何か大事なことが起こるんだろ? あの男たちはノニやアラカを守ってくれる。それに金になる何かいい情報も得られる気がするんだ。ノニの知り合いにも会わせてやってくれ。それくらいしてくれるだろう? きっとラドムに詳しいはずだ。怪物にもな」 


 オルギンは当然だと言いたげなようすだ。ノニが頭を横に振った。


「恩着せがましいったら。用心棒などいらないよ。戦いにいくわけじゃないんだから。ことを荒立てなきゃいいけどね」


「大丈夫。心配無用だよ。そうそう、行方不明の皇子が帰って来たと噂が流れている。ラドム行きはその皇子とも関係があるのかな? これも勘でしかないが、皇子もラドムに行くんじゃないか? なんだかそんな気もしてね」


 オルギンが大声で笑う。その声にアラカは苛立った。ノニは知らん振りだ。 

 屋敷から出てきた用心棒たちが意気揚々と馬にまたがった。

 オルギンが優しくノニを抱きかかえ、荷馬車の後ろから乗せた。アラカは御者台に座る。料理人は老人だった。

 ひづめの音が重なり始め、アラカの乗った馬車もゆっくり動き始めた。先頭は用心棒たちだ。アラカは振り返った。オルギンが両手を振って見送っていた。

門から出ると、にぎやかな街に出る。珍しそうに人々が用心棒たちを眺めている。料理人は馬に時々鞭を当てながら、街を進んで行く。


「わしはヤナム。おまえさんと婆さんの名は?」


「アラカ。中にいるのはノニ」


 おしゃべり好きでないことをアラカは願った。その思いが伝わったのか、ヤナムはそれきり話しかけてこなかった。


 やがて一行は街を出て、西に向かった。右手に海を眺めながらの道のりだった。

 アラカは遠くに青く光る海を見つめていた。すると、苛立ちや不安が少し静まっていくような気がしてくる。海風が少し冷たい。ヤナムの顔は日に焼け真っ白い髯が長く伸び、節くれだった指が太い。料理人にはとても見えなかった。


「寒くなってきたから中に入るわ」


ヤナムは黙って頷く。ノニは荷物を背に座っていた。


「どのくらいラドムまでかかるの?」


「馬車なら五日程で着くだろうね。歩いたら大変だった」


ふと浮かんだことを口にしてみる。


「ラドムにいる知り合いって誰? クハンとかオルギンが言ってたわね」


「お前はずいぶんと変わったね」


 優しい眼差しでアラカを見つめるノニがいた。


「どこが? 私には分からないわ。話したくなければいいのよ。別にすごく聞きたいわけじゃないから」

 ノニが小さく声をあげて笑った。


「私がいっとき、心を許した男さ。私の人生の中でただ一人の男だった。二人とも幸せをつかみそこなったがね。ずいぶん前の話だ」


「どうしてラドムにいるの?」


 ノニは大きく息を吐いて、ゆっくりしゃべりだした。


「クハンは占い師だった。この島の南にある港街マラドで知り合ったんだ。優れた占い師だったよ。一緒に旅もした。それからサッサリで私たちは落ち着くことにした」


 ノニの顔が一瞬明るく輝き、次第に暗く沈んでいくのを、アラカは黙って見つめていた。


「先代の王の頃さ。クハンの評判は広まり、貴族にもてはやされるようになった。やがて王族からも呼ばれ、大喜びだったよ。目は野心で燃えていた。私は不安になった。でも止められなかった。それでまた、私はひとりで旅に出た。その時ミリアやオルギンに出会ったんだ」


 ノニはうつむいて、自分のしわだらけの手を優しくなでた。


「旅から帰ったら、クハンは貴族の称号を与えられ豪勢な生活を始めていた。私の知っているクハンはもういなかった。私たちは別れた。それからどれくらい経っただろうかね。突然オルギンがピサドに訪ねてきたんだよ」


「その話はオルギンがしてくれたわ。とても感謝してた」


 アラカは慰めるように囁いた。


「ある日、オルギンがどこから仕入れてきたのか、王家に出入りする占い師が若い皇子を操って、王を殺そうとしたって話してくれた。皇子はその場で取り押さえられたが、占い師は逃げ去った。あちこち探したよ。街外れの崩れかかった馬小屋に、疲れ切ったクハンがいるのを、オルギンがやっと見つけた」


 ノニのくちびるが少し震えた。アラカはノニの手を握った。


「ラドムに行くから助けてほしいとクハンは言った。どうやって兵隊たちの目を逃れていたのか不思議なくらいだ。私たちは家族を装って街を出、ラドムの入り口まで一緒に行ったよ。ラドムにはグルアナ様が住んでいる。だから誰も追いかけてこない。あそこはならず者たちの吹き溜まりだからね」


 水筒の水を飲み終わり、ノニがまた話し出した。


「クハンはいつかまた会うだろうと言っていたね。私とオルギンは、クハンの姿が見えなくなるまでじっと立っていたよ。それから何度ラドムに行こうと思ったことか。途中まで行くんだが、足はそれ以上進まなかった」


「今度が初めてなのね」


 ノニが頷く。 

 

「これで今日の私の話はおしまいだよ。ミリアとの出会いは今度話そう。お前も話したくなったら話すがいい。だけど、少々疲れた。横になるよ。ラドムに着くまで時間はたっぷりあるからね」


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