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言い争い

「まあ、聞いてくれ。俺は親の顔も知らない人間だ。俺を拾ってくれた悪党は親心があったのか、面倒を見てくれた。だからアラカくらいの年には俺も立派な悪党になっていたよ。ノニの財布を奪おうとしてぶつかったが、ノニはまだ子どもだった俺の腕をつかんだ。それが最初の出会いさ。ノニの素早さにびっくりした」

 話すうちにオルギンの眼差しが穏やかなっていく。アラカは目を逸らした。

「ノニは手を離さなかった。そして俺の手のひらを見つめて言った。『お前には商才がある。まっとうな仕事について人の倍働け。そうしたらいつか人の上に立つ』俺は信じなかった。だがノニの言葉は忘れられなかった」


 今よりずっと若いノニを想像してみる。きっと背をまっすぐに伸ばし、長衣のすそを忙しく揺らしながら歩いていただろう。


「その頃、ノニは島を巡って占いをしていた。ノニがこの街を離れる時、俺たちは偶然また出会った。それが二度目だ。ノニは俺に気づき手を振った。俺も手を振り返していた」

 オルギンは自分の手を見つめている。

「そして、あなたはノニの言った通り、成功したってわけね」

 おざなりな言い方で返事をする。

「ああ。だが自分の運命を信じるまでに、ずいぶん無駄な時間を使ってしまった。悪党と言えども、親代わりになってくれた人だ。なかなか離れることはできなかった。俺が十八になった時、その親代わりが亡くなった。それでこの街を出て、サッサリへ向かった。そこでまた、ノニと出会うとは思ってもみなかった」

 オルギンはなつかしそうにクスクス笑った。


「縁が深いとノニが言ってたわ」

「その通りだ。ノニの家にしばらくやっかいになったよ。サッサリでうんと働き、俺は自分の力を信じるようになった。ノニは何も言わなかったが、そばにいてくれるだけで心強かった。それから十年して俺は故郷へ帰り、本格的に商売を始めた」


 アラカはフッと溜息を漏らした。 

身を乗り出してオルギンが言った。

「退屈かね。ノニは大事な人だ。だが俺は根っからの商人でもあるのだ」

「何が言いたいの?」

 表情を硬くして尋ねる。心臓の音が聞こえないことを祈りながら。

「アラカの瞳に闇が見える。不満や苛立ちで満ちているよ。それになんだか不安そうだ。今の生活を変えるのに俺は役に立つぞ。だが、どうやら俺を信用していないようだな」

 アラカの気持ちなどまったく気にしていないようすで、オルギンがずけずけと言った。胸がピリッと痛くなる。 

「正直に言おう。アラカと取引をしたい。ここだけの話だ。ノニに言うことはない」

 アラカはオルギンから目をそむけ、黙っていた。

「ブリア村の情報が欲しい。あそこで王族が着る衣服を織っているのは知っている。材料はなんだね? 手に入れたいんだが、まったく近寄れない。その織物を俺の手で、もっと広めたいのだ。ミルナスやイダルゴ、遠くはクルクスへも運んでいきたい。この島がもっとうるおうはずだ。王族だけが独占するのは間違っている」

「悪いけど、何の話かさっぱりわかんない。ここだけの話なんて、聞きたくもなかった。ますますあなたが信じられなくなったわ。もう帰らせて」


 アラカはこれ以上オルギンのそばにいたくなかった。椅子から立ち上がり、オルギンに背を向けた。


「明日来るという使いの主は誰なんだ? 旅で何かあったのか? 聞かせてくれたっていいじゃないか。礼はするぞ。俺はね、ブリア村、いや、この国を豊かにするため村長と話がしたいのだ。村長を説得できたら、王にも会えるだろう。俺だけで行っても村に入れてもらえない。口添えして欲しいんだ。たったそれだけなのに、ノニは知らん顔している。俺に商才があるのを認めたのはノニだと言うのに!」

  

 オルギンは納得がいかないようすで声を荒げた。だが、アラカは強引な言い方に腹が立った。


「あんたたちがブリア村に行ったのは間違いない。俺の勘はよくあたる。あの村は先住民が住んでいるだろ。ノニにもその血は流れているからな。アラカも村長には会ったはずだ。なんとか村長に会う算段をつけてくれないかね。そうしてくれれば好きなように暮らせるようにしよう」

「いい加減にしてよ。どんなにあなたが頼んでも、そこには行ってないんだから話にならないわ。『ノニに言うことない』なんてよく言えるわね。大きな体して犬みたいに甘えていたくせに。腹黒いったらないわ。ノニが聞いたらどう思うかしらね」


 振り返りながら、嫌味たっぷりな口調で言った。  

「お前は人をけなすのがうまいな。恐れ入ったよ。子どものくせに意地の悪いしたたか者だ。母親に家を追い出されたらしいが、お前ならそうされても当然だ。どうせ、碌なことしなかっただろうからな」

 オルギンが不敵な笑いを浮かべながら言った。

「あんたこそ嫌な奴! 親に捨てられたあんたに同情しなくてよかった!」


 アラカは店を飛び出した。裏口にいた用心棒が泥棒を捕まえるように腕をつかんだ。オルギンが出て来て、用心棒に手を振った。

「案内はおしまいだ。帰ろう」


 二人は表に回り、馬車に乗り込んだ。オルギンはイライラと指で髯をさわっていたが、やがて肩を落として俯いた。しばらくして、言いにくそうに呟く。

「悪かった。言い過ぎたよ。こんなふうだから、自分の子どもたちにも嫌われてね」

 店にいた時の勢いは消え、情けない表情を浮かべている。

 アラカは返事をしなかった。オルギンの謝罪など受け入れられない。

「もう何も聞かないよ。ノニに言いたかったら言えばいい」

 それっきりオルギンは何も言わなかった。


 家に戻るとアラカはまっすぐ部屋に行った。ノニはまだ帰っていないようだ。部屋に置いた袋からメイを出し、ベッドに突っ伏した。

「どうしたっていうの。私を忘れて、街を楽しんできたんでしょ!」

 アラカはオルギンとのやりとりを話して聞かせる。

「さすが商人ね。指輪もらっちゃえばよかったのに。お金に換えて、ノニの家から出ていく支度ができるじゃないの。利口にならなきゃ」

 アラカは顔をゆがめた。

「大金つかんでノニを置いて、ミルナスへ帰っていく自分を想像してしまったわ。親に見捨てられたっていうのに。どうしてかしら?」

「此処はあんたの居場所じゃないってこと。帰ればいいじゃないの。辛い思いをさせた父親やあんたを捨てた母親を見返してやるのよ。此処に住んでる人のことなんかほっとけばいい」 

 表情を変えないメイを見つめ、いつの間にか濡れている目をぬぐった。メイの言う通りだろうか。だがどこかでそうできない自分がいる。なぜなのかはわからなかった。


 部屋の扉を叩く音がした。出る気はなかった。

 それなのに扉が勝手に開けられてしまう。

「おや、お疲れかい。高価な物でも買ってもらったんじゃ……」

 ノニはベッドの傍まで来ると、歪んだ表情を浮かべているアラカに気付いて口をつぐんだ。

「もうオルギンの家にいたくないわ。ノニに縁ある人でも私は好きになれない」

 ノニがベッドにすわった。

「お前を一人にしちゃいけなかった。悪賢い男だからね。ブリア村のことでも聞き出そうとしたんだろう?」

 アラカは起き上がり、ノニを見つめた。

「何も言わなかったわ。信じてくれるわよね」

「ああ、信じるよ」

 思わずノニの膝に顔をうずめた。信じてくれたノニの心が嬉しかった。

「明日は宮廷に行かないとならないだろ。その後、色々聞かれるだろうけど、私に任せておくれ。オルギンに頼みたいことがあるから、むげにもできないんだ」

 ノニがアラカの背中を撫でながら言った。


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