十三章 頼み事
朝食は夕食にもひけを取らない豪華な料理が並んでいた。オルギンはすでに席についており、ふたりを陽気な笑い声で食堂に招き入れた。
「朝からこんなに食べて。太るわけだね。私は夕食がまだ胃に残っている気がするよ」
あきれたようすでノニが言う。
「食欲が衰えたら人間おしまいさ。食事が済んだら、俺の店を回るのはどうだね。アラカにはぜひ見てもらいたいな。気に入ったものがあったら遠慮なく言ってくれ。若い娘さんに贈り物をするのは大好きなんだよ」
アラカは肩をちょっとすくめて返事をしなかった。
「うんと欲張ってオルギンを困らせるといい。そんなオルギンを見て、大笑いさせてもらうよ」
「そうと決まれば馬車を用意させよう。食事を終えたら、さっそく出かけるぞ」
オルギンは勢いよく食堂を出て行った。
「やれやれ、今日は忙しくなりそうだ」
ノニがため息をつく。
アラカは無関心を装っていたが、心は少し弾んでいた。村ばかり通って来て、活気がある街は久しぶりだ。にぎやかな街を巡れば気持ちが紛れるかもしれない。さっさと食事を終え、ノニを残して部屋に戻る。だがオルギンには気をつけたほうがよさそうだ。なにか企んでいるのではと勘繰りたくなる。
階下で声がした。だれかがやってきたようだ。アラカは覗き込むように階下を見下ろした。黒い長衣に金色のベルトをした男が召使に封書を渡している。「ノニ様に」と言う声が微かに聞こえた。急いで階段を下りた。召使は食堂に入っていく。もしかしたらハルファからの手紙かもしれない。オルギンが不思議そうな顔で傍にやって来た。
「俺の他に此処には知り合いでもいるのかい? どなただね?」
ノニは封書をたたみ、アラカに向かって言った。
「明日の朝、迎えの馬車が来るよ」
ハルファに違いない。嬉しさと緊張感が絡み合ってソワソワしてしまう。そんなアラカだったが、オルギンの手前そっけなく頷いた。ノニがオルギンにどう言うのか、気がかりになる。
「俺には秘密ってわけかい。やってきた男の服は貴族の従者みたいだったぞ。たいそうなお客でも見つけたのかね?」
オルギンは興味津々で諦めない。
「旅で知り合った者からの知らせだよ。悪いが今は何も話せない。さあさ、あんたの店でも何処でも案内しておくれ」
渋々、オルギンは玄関に向かった。
三人を乗せた馬車が走り出した。
最初にオルギンが案内したのは、街ではなく郊外に広がるビティスの畑だった。青い空は雲ひとつなく、澄み渡っていた。その下に黄色い実をつけた木々がなだらかな丘につづいている。男や女たちがはしごに上ったりしながら作業をしていた。
「ビティスの実は紫色になると収穫する。まだ時間がかかるね。このところ不作が続いていて中々厳しいが、俺はここが好きでよく来る。見晴らしはいいしね。不作でも大地の力は必ず恵を授けてくれると信じているんだ」
「眺めているだけでそんな気持ちになれるなんてね。畑仕事をしてるならわかるけど」
アラカの嫌味をオルギンは笑い飛ばしただけだった。ノニは黙ってにやついている。
「早く街へ戻りたいわ。こういう景色、見飽きてしまったの」
オルギンは素直に言うことを聞き、三人は馬車へ戻った。アラカはメイを置いてきてしまったことに気づいた。浮かれすぎて忘れてしまったのだ。メイに謝らなければ。
こまごました日用品を売る店は買い物客でにぎわい、使用人たちはオルギンに丁寧なあいさつをする。食料品店でも同じ光景が繰り返された。
昼食に寄ったのは、宮殿のような高級料理店だった。美しい女たちが静々と食事を運んでくる。
「私の口には合わないね。タルホで十分だよ。居心地が悪いったらない」
ノニが文句を言った。
そんなことにはお構いなしに、オルギンは客人を見渡している。
「あちらに座っているのが、メリダの市長の奥方とご友人たちだ。前からノニに会いたいと言っていた。紹介しよう。ついでにうんと稼いでくるといい。道具は持っているだろう?」
「当たり前だよ。でも、首飾りはしてこなかった。今日はあんたの店を見て回るはずだろ。それに、ここで占うってのはどうかねえ」
首を横に振りながらオルギンは立ち上がった。
「ここは俺の店だよ。心配いらない。ほかの店の案内はいつでもできるさ」
言い終わるやいなやオルギンは奥方のそばに行き、にこやかに話しかけている。
「用心するんだよ。何か聞いてくるかもしれないからね」
ノニが呟く。すぐにオルギンは席に戻ってきた。
「個室を用意しよう。みな、ノニに占ってほしいそうだ。帰りは店の者に言いつけておくから心配はいらない」
「まったく! 私は置いてきぼりかい。アラカ、気をおつけ」
オルギンは渋るノニをせきたてて、奥方のいる席へ連れて行ってしまった。残されたアラカは、色々聞かれたらどう返事をしたものかと不安になる。
やがて戻って来たオルギンは笑顔を浮かべながら、
「さてと、俺たちは宝石屋へ行くとするか」
とわるびれたようすもなく言った。
馬車に揺られている間も、オルギンは自分の店を自慢げに指さしていく。アラカは黙って外の景色を眺めていた。
馬車が一軒の店の前で止まる。入り口は狭く、重い扉も豪華な看板もない宝石屋らしくない店構えだった。
「表はだれでも買えるような品を扱っている。裏口には用心棒がいてね、そこから入ってくるお客が俺の顧客だよ」
店は細長く、奥に扉があってオルギンが持っていた鍵で開ける。すると店のようすが一変した。絨毯が敷かれ、椅子とテーブルが並び、客の一人ひとりに店の者が応対している。
アラカはテーブルに乗った高価そうな装飾品に眼を見張った。
オルギンは自分の部屋へと案内した。豪華な家具が並んでいた。棚からいくつも箱を取り出す。それぞれの箱には指輪や首飾り、耳飾りなどがいくつも並べられていた。
「手に取ってもいいんだよ」
アラカは宝石の美しさに抗えず、指輪を一つ手に取った。小粒のピンクに輝く石が円を作り、その周りは少し大きめの白い石が縁取っている。
「こんなきれいな指輪、見たことないわ」
「そうだろう。アラカはなかなか目が利く。大したものだ。ノニの世話係じゃもったいない。俺と一緒に商売しないかね。大儲けできるぞ」
「私は世話係じゃないわ。それにね、ほめられたり、いい話を聞かされたりしただけで、すぐに舞い上がるほど単純じゃないの」
指輪を箱に戻してアラカは言った。
「商人の癖がしみついてしまってね。だがお世辞を言ってるつもりはないよ。直観で役に立つ人間がわかるんだ」
「どんな役に立つのかしら」
オルギンは笑いながら額の汗を手でぬぐった。その目はアラカをじっと見つめている。それから真面目な顔になり話し出した。




