表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/45

オルギンの屋敷で

 風呂から上がったアラカはベッドに横になると、そのまま眠ってしまった。

 ハッと目を覚ました時、部屋はすでに薄暗く、鏡台の飾りがぼんやり浮き上がって見えた。少しひんやりした空気に肩が震えた。


 一階に下りていくと、どこからか召使いがやってきて応接間に案内してくれた。すぐに暖かいお茶が差し出される。カップを片手に部屋を歩き回ってみる。ゆったりした椅子は暖炉の前や壁に沿っていくつも置かれ、その横にはきゃしゃな丸テーブルが添えられてあった。部屋の中央にある大きな背の低いテーブルには豪華な花がのっている。

 暖炉の上には特大の肖像画が飾られていた。妻だろうか。白い長衣に赤い花を持って首をかしげ微笑んでいる。

「妻のエルチェだ」

 オルギンがいつの間にかアラカの後ろに立っていた。大きな体をしているのに、気配をまったく感じなかった。驚きも見せず、アラカは絵に見入る。

「きれいな人ね」

「ああ。結婚した時に描かせたものだ」

 懐かしむようにオルギンは絵をしばらく見つめていた。

「アラカと言ったね。この島の住人ではないだろう? ノニに君のようなかわいい親戚がいたとはね。とても不思議な顔立ちをしている。もちろん、ほめているのだよ」

「暖炉を使うことなどあるの?」

「寒い日もあるんだ。たまにだがね。……そうだな。アラカの出身はミルナスあたりだな。あちこち、旅してるもんで、分かるのさ」

 オルギンは諦めないらしい。アラカは飲み物をゆっくり飲みほし、言った。

「その通りよ。母はミルナスの人、父はここの生まれ。ミルナスにいる両親に追い出されてここに来たの」

 オルギンは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。

「若い頃に苦労するのはいいことだ。いつか胸を張ってミルナスに帰れるさ。私も応援しよう」

「『ありがとう』と言わなくちゃいけないかしら」

 大きな声を上げてオルギンが笑った。

「気に入ったよ。ひとつ手を組んで、大儲けをしようじゃないか」

 愉快そうに笑うオルギンに、アラカは眉をしかめた。

「子どもをたぶらかすんじゃないよ。ちっとも変わらないね、あんたは」

 応接間に入りながらノニが言った。オルギンはさらに声を上げ、咳き込むほどに笑っている。

「食事はまだかい? いつまで年寄りを待たせるんだね」

 ノニの背中に手を回し、オルギンはアラカについてくるように顎をしゃくった。

 食堂には料理が並んでいた。席に着くと、湯気の立った料理がさらにテーブルにのせられた。肉料理も魚料理もあった。茹でられた野菜やマサナ村で食べた果物もあった。オルギンは驚くほどによく食べる。アラカとノニは顔を見合わせてしまう。

「仕事に精を出しているからね。腹が減るんだ」


 陽気な男だったが、油断がならない気がする。ノニはくつろいで、食事を楽しんでいた。わがままを言っても、きついことを言っても笑い飛ばすオルギンに、すっかり甘えてしまっている。アラカはなぜだかわからないが、そんなノニを見たくないと思った。 

 二人の間に何があったのか。本当にノニは心を許しているのだろうか。興味は湧いてきたが、何も聞かないことにする。 

「サッサリからまっすぐここに来たのかね」

 オルギンが肉をほおばりながら尋ねた。

「マサナ村でしばらく休んだよ。マサナ村からは荷馬車に乗せてもらったから、早く此処に着けた」

 アラカは皿から目を離さず、耳を傾けていた。

「サッサリからマサナ村までだいぶあるだろう? ブリア村には行かなかったのかい?」

 ノニは口を動かすだけで、首を横に振った。アラカはオルギンと目を合わせられなくて、スプーンを忙しく口に運んだ。

「そうかい。確かブリア村の村長と知り合いだとか。そんな話をどこかで聞いたことがあるものだから」

「あの村は部外者を入れない。あんたも知っているじゃないか。王様の所有地なんだからね。聞こえてきた話が全部本当とは限らないよ。そんなことより、あんたの話を聞かせておくれ」

 ノニは平然と笑顔を作る。

「何とかやってるさ。この島や海の向こうの品々をあちこちへ運んでいる。船や荷馬車の数は島で一番多いだろう。船は何艘か荒波にのまれ、失ったがね。メリダではどんな商いもやっている。宝石屋から雑貨屋まで。酒場もあるし、郊外には畑でビティスを栽培している。ここ何年かは、ちょっと不作でね。でもわたしのビティスで作る酒は最高だよ。どうだね?」

 オルギンがビティス酒の盃をノニにすすめた。

「ああ、いい味だ。アラカ、自慢したがりのオルギンの手相を見てごらん」

 オルギンは両手をアラカの前に差し出した。


 両手とも人差し指と親指の真ん中あたりからまっすぐ真横に一本、線が伸びている。中指の下まで向かう線が、親指を丸く囲む曲線から強く、長く出ている。小指の下には太い縦の線が刻まれていた。

「成功者なのね。自力でのしあがっていく人。そして王様が天下を取る様に、商いの世界ではてっぺんにいる。自分の思い通りに生きて来た人。豪胆でもあり、傲慢でもある。あなたの成功の陰で泣いた人もたくさんいたはず。少しは謙虚さを学んだのかしら」

 オルギンとノニはアラカの言葉に大笑いを始めた。

「似たようなことを私も言ったよ。あんたはちっとも変っていない。年を取っても強欲は直らないんだね。これ以上何が欲しいんだい」

 そう言ったとたん、ノニはしまった! という顔をした。

 オルギンはニヤリと笑い、口をぬぐって立ち上がった。

「いくら傲慢でも、着いたばかりのお客人に頼み事をするほど無作法はしないよ。さあ、休んでくれ。明日はこの街を案内してもいいぞ。ノニに用事がなかったらだが」


 召使いの持つろうそくを頼りに、ノニとアラカは二階へ上がった。オルギンはまた出かけるらしい。ノニはろうそくを受け取り、召使いが下へ降りていくのを確かめた後、アラカの部屋へ入ってきた。

「不思議に思ってるだろうが、あいつはこんな付き合いなんだよ。なんでも話し合う相手じゃない。だけど縁は大事にしないとね」

「ブリア村に行ったことは言ってはいけないのね」

「ああ、絶対に言っては駄目だ」

 アラカは頷いた。ノニは安心したように口をほころばせ、部屋を出て行く。その後ろ姿に声をかけた。

「オルギンやミリアと、どうやって出会ったのか、聞かせてほしいわ」

 ノニは振り返り、ろうそくに照らされた顔をアラカに向けた。

「おやおや、今まで私のことなぞ興味もなかったのに」

「そんなこと……ノニも私のことなんにも聞かないのね」

「お前が思っている以上に、私はお前のことは分かってるつもりさ。お休み」

 ノニがろうそくの炎を揺らして部屋を出て行った。

 アラカは落ち着かない気持ちでベッドに横になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ