十二章 オルギンを訪ねて
道の途中で、二頭の馬が通り過ぎていった。ハルファとアドラルだった。幌のついた馬車から、アラカは馬に乗るハルファをただ見つめるだけ。ハルファは自信に満ちた顔をしていた。アドラルも覚悟ができたようで小さく微笑み、アラカに手を振ってくれた。
「両親も承諾したんだね。王様がお許しになりますように」
ノニが二人を見送りながら言った。アラカは黙って頷く。ハルファにはきつい口調だったのに、アドラルに優しく語ったノニを思い出す。少々癪に障る。
「ハルファをまだ信じてないのに、アドラルには随分と励ましの言葉を並べてたわね。そんなにアドラルが気に入ったの?」
じろりとアラカをにらむと、ノニは言った。
「手を見たお前だって分かっただろ? あの娘にはハルファと一緒になる定めがあるようだ。ハルファとアドラルが愛し合っているのに私は何の文句もないよ。お前は違うだろうけどね」
アラカは言わなければよかったと後悔した。どうやらノニはアラカの気持ちまで見通しているようだ。もう何も言うまいと心に決めた。
メリダはピサド島の北に位置する街で、サッサリの次に大きな街だ。アラカたちは二日間かけてメリダに到着した。歩かないで済んだのはありがたかったが、荷馬車の持ち主である夫婦が陽気に話しかけてくるのにアラカは閉口した。ようやく街に着いた時、ホッとして思わず大きなため息をもらした。
碁盤の目のような整然とした街並みが美しい緑の多い街だった。葉をいっぱいにつけた木々が通りに並び、石畳に影をつくっている。立ち並ぶ建物はどの窓辺にも鉢植えの花が飾られている。大きな通りが交わる中央にはヤシの木が円を描いて植わっていた。
「サッサリより新しい街なんだよ。だから整備されている」
ノニが先を急ぐように歩き出す。
ちょうど昼時で、街にはあちこちからいい匂いがしていた。アラカは通りまで椅子が並んでいる食堂の前で立ち止まった。
「お腹がすいたわ」
アラカの言葉に、先を行くノニが振り返った。
「わかったよ。ま、知り合いを訪ねるのに腹ペコじゃ失礼だね」
ノニはそのまま食堂に入っていった。アラカは木陰の椅子に腰をおろし、目をつむった。風が心なしか冷たく感じられる。木々の葉音が耳に優しい。ハルファとアドラルは離宮に着いただろうか。美しく着飾ったアドラルの姿が浮かぶ。
「またぼんやりが始まったね。メリダの名物料理、タルホを頼んできたよ。ずいぶん値が上がっていたけど、また食べられるとはねえ」
ノニはうれしそうに両手を合わせた。
給仕が大きな皿を持ってやってきた。薄い袋状のパンに焼き魚と野菜が入っている。アラカはかぶりついた。魚は骨が取ってあって食べやすく、香ばしかった。
「おいしい!」
ノニは満足そうに笑みを浮かべた。
食べ終えたとたん、ノニは席を立ち歩き出す。アラカはもう少しゆっくりしたかったが、仕方なく荷物を背負う。大きな宿屋が角にある道を右に曲がる。その道は少し狭く、両側は店ではなく大きな屋敷が並んでいた。アラカの肩くらいまでの石垣で囲まれ、庭の奥には色とりどりに塗られた家の壁が見える。サッサリでは白い建物だけだったが、ここでは住人が好きな色を選べるようだ。
「ずいぶん前に来たが、その時より壁の色はあせたねえ」
「いつ来たの? ちゃんと道、覚えている?」
ノニは少し憤慨したようだったが、穏やかな声で返事した。
「初めてここに来たのは私が婆さんになる前のことだよ。それから、そうだねえ、十数年前にも来たことがある。生きていれば同じ家にいるはずさ。私より若いから死んではいないだろう。そう願うよ。もうちょっと先を左に曲がれば着く」
ノニの足が速くなった。久しぶりに背負う荷物が肩にのしかかる。ノニはそんなことにはお構いなしに道を急いでいる。アラカはノニの後ろ姿をひたすら追いかけた。
やがてノニが大きな門の前で立ち止まった。門からは、白い小石の敷き詰められた小道が家の玄関までつづいている。小道の両側にはヤシの木々や赤い花をつけた背の低い木が連なっていた。ミリアの家よりも豪勢な石造りの家だ。庭の中央に二匹の向かい合った大きな魚の噴水があり、口から水を噴き出している。
玄関に着く前に、庭にいた使用人らしい男が走ってきた。
「サッサリのノニが来たと伝えておくれ」
使用人は頭を下げ、玄関を少し開けて入っていった。
「どんな顔して出てくるやら」
しばらくして、扉が大きく開かれた。大柄の男が両手を広げて姿を現した。
「ノニ!」
白いものが混じる髪とひげをはやした男はノニを見るや抱き上げ、くるくると回った。
「やめておくれ。骨が折れちまうじゃないか」
「噂は時々聞こえてきたから元気だと思っていた。だけど、こうやって来てくれるとは! さあさあ、入って。自分の家だと思ってゆっくりするといい。おや、こちらの娘さんは?」
オルギンはノニの肩を抱きながら、アラカの方を見やった。
「アラカだ。遠縁の娘でしばらく預かることになったのさ。この人がオルギン、あんた、少し太ったね。いい暮らしに溺れているんじゃないのかい?」
オルギンは大笑いしながらアラカの腕にやさしく触れた。
アラカは屋敷の中を見回した。玄関を入ると広間になっていて、奥に階段がまっすぐ上に伸びている。広間の両端には重そうな扉が並び、壁には大きな絵がいくつもかけられていた。一階の広間は吹き抜けになっており、二階の廊下は広間を見下ろせるように作られている。
オルギンが二階へとふたりを案内した。アラカの重い袋を背負った召使いがその後ろに続く。二人に部屋を見せ、召使いに風呂の用意を言いつけたオルギンは
「これから仕事に行かねばならない。夕方には戻るから、くつろいでいてくれ。夕食が待ち遠しいよ。ゆっくりおしゃべりしよう」
そう言うと、返事も待たず一階へ降りて行った。
「相変わらずせわしない男だね。私は風呂につかって一休みするよ。アラカは屋敷や庭を見て回ったらどうだね」
召使いが風呂の支度をするために、部屋に入っていった。それぞれの部屋に浴室があるようだ。オルギンが玄関から出て行くのを眺めながら、アラカが尋ねた。
「オルギンはひとりでここに住んでるの? ずいぶん親しそうだけど」
「最後に会ったのはオルギンの女房が病気で亡くなった時だ。その後、子どもたちは家を出て行ってしまった。それから一人住まいさ。商才はあるが、家庭には縁のない男だね」
ノニはあくびをひとつして、自分の部屋に行ってしまった。
召使いたちが忙しそうに部屋を行き来している。アラカは開け放たれた扉から部屋をのぞくように入っていった。薄桃色の花柄で壁が飾られてある。鏡台やベッドは豪華な金色の装飾が施され、ため息が出る。
すべての用意が整いアラカ一人になった時、ようやくベッドの端に腰を下ろした。袋から取り出すとメイは勢いよくしゃべり出す。袋の中でも外で何が起こっているか、しっかりメイは感じ取っている。
「ノニにこんなお金持ちの知り合いがいるなんてね。なんだか怪しくない?」
「怪しいって何が?」
「豪勢な暮らしをしている者は怪しまないと。どうやってノニは知り合ったんだろう。ノニも油断がならないってことね」
「メイのお決まりの文句が始まった。あれこれ考えるには疲れすぎてる。お風呂に入ろうっと」
「逃げても無駄よ。サモラもアドラルもハルファも、あんたの頭の中に居座っている。あんたがいけないのよ。人とはかかわらないんじゃなかった? ミルナスにいた時はうまくやってたのに」
アラカは返事をせずに浴室に向かった。




