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アドラルの迷い

 そこへ息を切らせてアドラルがやってきた。ハルファは立ち上がり、アドラルの手を取って、今までの話を手短に語った。アドラルは手を放し、深々とお辞儀をする。

「いいんだよ。今まで通りのアドラルでいて欲しい」

 アドラルは中々承服するようすもない。

 そんなアドラルをハルファは優しい眼差しで見つめ、両手を差し出した。おずおずしながらゆっくり体を起こし、アドラルはようやくハルファの手を取った。アラカは眼をつむる。ノニがこほんと咳をしてから言った。

「それじゃ、お言葉に甘えて普通に話させてもらうよ。すっかり信用したとは思わないでおくれ。あんたのやるべきことはあんたにしかできない。王を説き伏せるなんてことはそんな簡単じゃない。それができた時、私はあんたを心から信じられるだろう」

「分かりました。私もやるべきことは承知しています。ではアラカの口からクルアーン様の言ったことを聞かせて下さい。間違いないのですね」

 アラカはノニに急き立てられ、口ごもりながら返事した。

「グルアナ様に刺さった剣を抜き、抗う者たちをいさめ、囚われたクルアーン様とグルアナ様を解放するのが私の定めだとおっしゃったわ。助けとなる正しき者を見極めろともね。助け合い、使命を果たせば、この国は豊かになるそうよ」


 ハルファは大きく頷き、アラカに眼をやった。

「この国に無縁だったアラカには荷が重いだろうね。でも、どうか力を尽くして欲しい。私にできることはなんでもする。ノニさんも勿論、そのおつもりでしょう?」

「ああ、私がアラカを連れてきたんだ。そばにずっといるつもりだよ。あんたはこれからどうするんだね?」


 アドラルは事態が呑み込めないようで、心配げな顔でハルファを見つめている。

「ブリア村にいた時に、サッサリの兵士が重臣からの手紙を持ってやってきました。ブリア村が唯一の連絡場所になっているのです。幸運でした。何か月も遅くなって受け取ることもあるからです。王は今、静養の為、メリダの離宮におられます。メリダはグルアナの住むラドムへの途中にある街です。私はアドラルを連れてメリダに行きます。アドラルが承知してくれればですけれど。メリダで王にお会いする時、ノニさんとアラカにも一緒に来ていただければありがたいのですが」

 急に自分の名前が出て、アドラルはびっくりした顔をしている。

「何故、私が一緒にメリダへ行くのでしょう? ハルファ、いえ、ハルファ様、分からないことだらけです。お教えください」 

「ハルファと呼んで下さい。私はね、あなたを妻に迎えたいと思っているのです。こんなふうに急に言って、驚くだろうね。旅の間、私を勇気づけ、心の支えになってくれたあなたをいつしか愛するようになっていました。どうか、私の思いを受け取って下さい。そして今まで、中々言い出せないでいた私を許して欲しい」

 ノニが口を挟んだ。 

「アドラルにも言いたいことがありそうだよ」

「そう、そうでした。アドラル、宮廷での暮らしはあなたにとって、居心地が悪いかもれない。全身全霊であなたを守ると誓います。私は民と共にありたい。もっと民に近づきたい。それにはあなたの力が必要だ。傲慢や欲にかられた人間の多い宮廷において、時には遠慮なく叱ってくれる存在、そして私の救いになって欲しい。ああ、また、しゃべりすぎましたね」

 はにかんだようすでハルファは微笑んだ。

「私はただの村の娘です。とても王族の世界に住めるなんて思えません。王様は許して下さらないわ。私自身でさえ、ふさわしくないと思っているのですもの。お返事などできません」

 アドラルはハルファに背を向け、出て行こうとする。

「お待ち!」

 ノニが声を掛けた。アラカはノニが何を言い出すのか、息を呑んでようすを伺う。アドラルは振り返り、ハルファは悲し気にアドラルを見つめていた。


 ノニはアドラルに近寄ると、両手のひらに触れ、じっくり眺めてから静かに言った。

「アドラル。お前にはしっかりと、お世継ぎであるハルファの愛を受け取れるだけの力が備わっているよ。もちろん辛い苦しい日々もあるだろう。生活は一変するからね。でもね、お前には耐えられる強さがある。国を変えようとしている皇子にはなんとしても、心の拠り所となるお方が必要だ。ハルファはお前にそうなって欲しいと願っている。今迄愛してきたハルファと、皇子であるハルファと何が違うんだね?」

 

 ハルファがアドラルを抱き寄せる。そんな二人にノニはじっと優し気な眼差しを向けていた。ハルファには厳しいノニだったが、アドラルには気遣いを見せている。きっとアドラルには周りを優しくする何かが備わっているのだろう。自分とは随分違うと感じざるを得なかった。

 ハルファが選んだ人だもの。

 アラカはうつむき、胸に手をあてた。当たり前なのだが、結局ノニにはかなわないと痛切に感じた。ひとり取り残されたような切なさがこみ上げてくる。


 アドラルは戸惑いながらもハルファに眼をやり、しっかりとした口調で答えた。

「まだ、お返事はできません。両親にも相談しないと。でもはっきりここで言えるのは、ハルファのそばにいたいということ。それだけ」

「今はそれで十分です。一緒にメリダへ旅すると思ってくれれば。その道中で考えを決めて下さい。私は王を必ず説得するつもりです。でも結婚したくないというのなら、帰り道の馬車も用意しましょう。とにかくご両親にお会いしたい」

 いつの間にかやってきていた村長が前に進み出た。

「詳しくは分かりませんが、皆様、メリダへ行かれるのですね。ちょうど、保存の効く果物や野菜をメリダへ運ぶ荷馬車が出発します。ノニさんとアラカさんはそれにお乗りになるとよろしいでしょう。歩くよりはずっと早く着けますからね」

「ありがたい。アラカ、宿に帰って支度をするよ」

 ノニはすっかり元気になっている。アラカもこの場を早く立ち去りたかった。

 ハルファがノニとアラカに向かって言った。

「私は村長と一緒にアドラルのご両親に会いに行きます。それから宿で馬を借り、明日にでも旅立つつもりです。メリダへ着きましたら、使いの者をやりましょう。どなたかお知り合いはいらっしゃるのですか?」

「そうだね。オルギンを訪ねようと思っている。彼はメリダ一の商人でね、あちらでは誰でも知っているはずだ。王家からの使いなんぞが来たら、彼のことだから、商魂たくましくあれこれ頼み事を言ってくるだろう。面倒になりそうだが、仕方ないね」

メリダ一の商人とノニが知り合い? ノニって秘密がいっぱいありそう。

 メリダで会う時はハルファ一人だろうか、それともアドラルも一緒なのか、あれこれと想像しながら、アラカはノニと共に宿への帰り道を急いだ。   


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