十一章 ハルファの秘密
いつも早起きのノニがちっとも起きてこなかった。アラカは心配になり、そっと毛布の中を覗いてみる。
「頭がズキズキする。今日は出発できそうにないよ。私としたことがなんてこった!」
「大事な話があるの。どうしても聞いて欲しいけど」
と小さな声で言ってみる。
「なんだね? そう言えば、昨日話していた娘さんは誰だい?」
毛布から顔だけ出してノニが言う。
「ハルファさんの恋人よ。アドラルっていうの」
「恋人? なんでお前と話していたんだね。手相も観ていたじゃないか」
ノニが顔をしかめながら、さらに聞いてくる。アラカはベッドの端に座り、アドラルの言ったことや自分の疑念を話し始めた。丘の上で出会ったことは言わないでおく。
「お前の勘は当たっているだろうね。私も、もしかしたらと疑っていた。いつ言い出すかと、ようすを見てたんだ。言わなきゃ、知らん振りするつもりだった。高貴なお方は信用できない。一目ぼれしたようすのお前には言わなかったけどね。さあ、ハルファに会いに行くよ。本当にミリア様の言う通り、信用できるか確かめなきゃね」
痛い所をつかれ、アラカは顔がほてるのを感じた。ゆっくりとノニがベッドから起き上がった。苦しそうによたよたと歩き、用意された水瓶から洗面器に水を注ぐ。顔を洗い、大きな溜息を吐いた。
二人は食堂に下りていき、ノニは二日酔いに効くというスープを頼んだ。
「これも縁なんだろうね。アラカ、しっかりしておくれよ。私がこんなじゃなかったら……ああ、情けない」
「大事な時なのに、私だけに任せないでよ。どう切り出していいのかも分からないんだから」
食事を終え、村へと向かう。ノニの歩調に合わせていると、随分時間がかかりそうだ。
ようやく集会所へ辿り着く。アラカは途中で会った村人にハルファの居所を聞いた。嫌な顔もせず、村人は探しに行ってくれると言う。
集会所では何人かの女たちが後片付けをしていた。ノニは椅子に腰を下ろし、ほおづえをついて黙っている。
「具合が悪そうだ。飲み過ぎたね。いい果物があるよ」
女が緑の小さな丸い果実を差し出した。半分に割り、そのままノニに手渡す。
「皮も食べられる。ちょっと酸っぱいが全部お食べ」
口に入れた途端、ノニの体が震える。女は大笑いしてその場を離れた。
アラカはなんとも後ろめたい気持ちがしていた。アドラルは誰にも言えないことを伝えてくれたのだ。それを簡単にノニに言ってしまったのが、果たして正しかったのか。サモラの時と同じように、心がひりひりする。
どうしてこんなに苦しまなきゃいけないの? メイの言う通りだ。いろんな人の思惑に巻き込まれて、がんじがらめじゃないの。
「自分はなんておしゃべりなんだと思ってんだろ? どういうわけか分からないが、お前には使命が与えられた。今はそれに集中することだね。私情を挟んじゃいけない。苦しいが修業だよ」
少しは楽になったのか、ノニが慰めるように言う。全てお見通しのようだった。
アラカは仕方なく頷き、外に出て行く。
「アドラルはあんたの気持ちを知って見せつけたかったのよ。邪魔してやればいいじゃないの」
メイはこともなげに言う。アドラルの顔には深い哀しみと戸惑いが漂っていた。だがアラカの心は熱い炎が勢いよく音を立て、寄り添う気持ちを燃やしていたのだ。
「メイったら簡単に言うわね。人の気持ちなんて分からないから、そんな意地悪なこと言うのよ」
「あれまあ。いつからあんたは人の気持ちが分かるようになったの? 自分の恋はどうするのよ」
「片思いだもの。アドラルが嫌いになれたらよかったのに。とてもいい人そうだわ」
「やだ、やだ。あたしは善人ぶるアラカがどんどん嫌いになりそう。使命なんか捨てちゃえ」
アラカは力なく微笑み、メイを抱きしめた。
誰かが走って来るのが見えた。きっとハルファだろう。
「来ていただいてうれしく思います。ノニさんはもうすっかりお分かりなんでしょうね」
駆け寄り、ノニに丁寧にお辞儀をする。ノニはしかめ面のまま、顔を合わそうともしない。
「アドラルも呼んであります。まだ何も言ってなくて、彼女にも辛い思いをさせているのです」
女たちがひそひそ話し合っている。ハルファは女たちに向かって言った。
「申し訳ありません。大事な話があるのです。しばらく私たちだけにしていただけませんか。いずれ村長をはじめ、皆さんにもお伝えします。それまで待っていてください」
言われた通り女たちは三人を残し、集会所から出て行った。
すぐさまハルファが切り出した。
「お考えのように、私は行方不明と言われている現王アムルカラの第一皇子ハルファ・カミン・アムルカラと申します。最初にお会いした時に話すべきでしたね。ミリアからいきさつを聞き、どうやって身分を明かしたものか、迷っていたのです。お許しください」
皇子とは思えないほどの丁重な言い方だった。アラカはノニがどんな返事をするのかと横顔を見つめた。
「王家のお方ともあろうあなたが、王に刃向かうおつもりか? 現王はクルアーン様の解放は元より、グルアナ様に刺さった剣を抜くなどと考えてはおられないでしょうに。そのようなお立場にいらっしゃる、王のお世継ぎであるあなた様をどうして信じられるとお思いか?」
ハルファは大きく頭を左右に振り、勢いよく言った。
「王は安寧の日々に浸りきっております。代々受け継がれてきた『建国の書』を宝とし、重んじるあまり、今のピサドを見つめる眼が曇ってしまっているのです。病を患っているのも、民を顧みなくなった理由になりましょう。このままではピサドは滅びてしまうかもしれない。それで私は信ずる重臣に意を伝え、ピサドの村や街を見て回ることにしました」
家出の話をしたのを思い出し、アラカは恥ずかしくなりこの場を離れたくなった。
「なるほど。たいそうご立派なお考えであられる。ブリア村にいらしたわけは、クルアーン様にお会いするためでしょう。お言葉を頂戴なさいましたか?」
ノニの皮肉を込めた言い方に、ハルファは動じるようすもなかった。
「どうか、森で会った時のようにお話し下さい。堅苦しいのは苦手です。何回か、クルアーン様にお会いしています。けれども怒りと悲しみだけが伝わってくるだけで、何もおっしゃらなかった。ラドムにも行きました。追われた者たちが暮らしており、沼地で道に迷った挙句、危うく殺されそうになりました。グルアナ様にはお会いできなかった」
無念そうにハルファはため息を吐いた。
「私に話しかけたのは、ミリア様の話を確かめたかったからね。最初からそう言えばよかったのに。親し気に同情する振りなんてしないで欲しかったわ」
アラカは遠慮なく、言葉を選ぶこともせずに言った。
「クルアーン様の声を聞けた少女はどんな子だろうと思った。情報が欲しかっただけで、話しかけたんじゃないんだよ。森の大木の上で、私はアラカと会えてうれしいと心底思えた。たとえ、使命を帯びている子ではなくても、大事な友だちになれるはずだ。だから、生い立ちを聞きたかった。誤解されてしまったが、私のやり方が間違っていたんだね。謝るよ。悪かった」
皇子に頭を下げられては許すほかはない。アラカはもじもじと長衣を整える振りをした。




