アドラルの手
眠そうなこどもを抱いた女たちが少しずつ帰り支度を始めた。だが男たちはノニを囲んでまだまだ話し込むつもりのようだ。ノニの顔も赤い。真剣なようすで男たちの声に聞き入っている。皺だらけの顔がさらにくしゃくしゃに見えた。
アラカは子どもたちが去って行った火の前に座った。
「まるでお祭りね」
横にしゃがみ込んだ女が話しかけてきた。アドラルだった。
「毎日畑仕事ばっかりでしょ。だから珍しいお客様は大歓迎なの。あなたも楽しんでくれたかしら」
炎に照らされた顔がアラカをじっと見つめていた。
「ええ、子どもたちと久しぶりに遊んだわ。大声を出したり、踊ったり。楽しかった」
素直に答えたが、なるべくアドラルの方は見ないようにした。
「私の手を観てちょうだい」
アドラルが体の向きを変え、両手を差し出した。
「ノニに観てもらうといいわ。私は子どもだし、まだ上手じゃないもの」
「ハルファと気が合うあなたがいいわ」
「ハルファさんが勝手にそう言ってるだけよ。気が合うなんて、私は思ってないかもしれないじゃない。決めつけないでほしいわ」
「彼はね、あなたは特別な力を持っているって言ってたの。どんな力なのかは話してくれなかった。ハルファに秘密がいっぱいあるのは感じている。私たちとは生まれも違うのじゃないかしら。だからとても不安になるのよ。このまま会っていてもいいのか、観てもらえないかしら?」
アドラルは思い詰めた表情でアラカをじっと見つめる。
体を強張らせながら、アドラルの放った言葉を頭の中で繰り返す。ハルファの言う特別な力とは何を意味するのだろう? 単なる誉め言葉だろうか? いや、もしかしたらハルファもブリア村にいたのかもしれない。ミリアが親しくしている高貴なお方とはハルファなのかもしれない。ノニに知らせなくてはと思う。
逸る気持ちを抑え、表情を変えずにアドラルを見返す。燃える炎の前で、二人の顔がちらちらと赤くなったり、影になったりしていた。
「わかったわ。中に入りましょう。此処ではよく見えない」
アラカとアドラルはそっと部屋の奥に向かい、椅子を寄せて向き合った。アドラルの両手に、注意深く目をやる。
「情の厚い、優しい人。そして今とっても輝いている。金星の帯がきれいに出ているわ。ハルファさんに出会ったからね、きっと。なのに、感情の線が乱れていて、随分悩んでいる。ハルファさんを信じているんでしょ? そのうちきっと全てを話してくれるわ。……ごめんなさい。生意気言って。このくらいしか私には分からないの」
アドラルはハルファを高貴な生まれではないかと疑っている。勘の強い人だと思った。けれどもアラカは何も言うまいと決めた。さらにアドラルの人生が結婚によって大きく変わり、財産や地位を手に入れることも言わないでおいた。何故かと自分に問うこともしなかった。ハルファとアドラルは結婚するのかもしれない。想像しただけでもこの場から去りたくなる。アドラルにはこんな思いは知られたくない。なんとか胸の鼓動を抑え、ノニに視線を向ける。今、大事なのはハルファの正体を確かめることだ。そう言い聞かせる。
アドラルがじっと自分の手を見つめている。
「誰にも打ち明けたことはないの。村人たちは勝手に「結婚しろ」なんて言うのよ。ハルファをただの放浪者と思っているから。結婚して此処で暮せとね。私の両親も大賛成よ。私だってずっとハルファの傍にいたいわ。ハルファもそう言ってくれてるの。でもね、何も話してくれないけれど、彼は悩んでいるのよ。時々、辛そうな顔をするから」
アラカは冷ややかな面持ちで返事を返す。
「ハルファさんならきっとあなたを守ってくれる」
アドラルはアラカの手を強く握り、立ち上がった。
「聞いてくれてありがとう。彼の人生が、私のことで狂ってほしくないの。きっと私は彼にふさわしくないんだわ」
アラカがどう言おうか迷っているうちに、ハルファの姿が入り口に見えた。
すぐにハルファは気づき、アラカたちの傍にやってきた。
「探していたんだよ。一緒に来ようと思ってね」
アドラルに向かって、ハルファが囁く。
アラカは目を逸らした。
「アラカ! アラカ!」
ノニが酔っぱらった声で叫んだ。アラカは小さく舌打ちした。
「もう連れて帰らないと。明日は二日酔いで大変になるわ」
ノニはふらふらと立ち上がり、帰り支度を始めている。
ハルファがノニの腕に手をやって言った。
「おぶっていきましょう。一人では歩けそうもないからね」
アラカが嫌がるノニを抱き止め、男たちも手伝って、なんとかハルファの背中にノニを乗せた。男たちが見送る中、四人はアドラルの持つ松明に導かれながら、宿に向かった。
ノニはもう寝息をたてている。ハルファが歌をくちずさむ。アドラルが寂し気に微笑んでいるのが見える。
アラカは切なくなって歩調をゆるめ、そっとメイを取り出し胸に抱いた。
「あら、あら、可愛そうなアラカ。アドラルの話なんか聞きたくなかったよね」
メイが囁く。前を行くみなの背中が灯りにうっすら照らされていた。




