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十章 もてなし 



「ああ、よく眠った。やっぱりベッドの上は休めるねえ」

 翌朝、ノニがベッドから体を起こし、声を上げた。アラカはもう少し眠っていたかったので、わざと背中を向けて返事をしなかった。 

「朝食を食べたら出かけるよ。村人と話したいし、畑のようすも見たい。出発は明日だ。どこか村人と話せる場所はなかったかい? 村のようすをすっかり忘れてしまってね」 

 ノニはしゃべりつづける。それでも黙っていると、ノニはアラカの毛布を引っ張った。

 仕方なくアラカは仰向けになり、そっけなく言い返す。

「村の中央に大きな建物があったわ」

「案内を頼むよ。さあ、起きた、起きた!」

 ノニは着替えを済ませ、アラカを置いて部屋を出て行ってしまった。

 ベッドの中でぐずぐずしていたが空腹にはかなわない。アラカは起き上がり、着替え始めた。お腹がすいている自分になんだか腹が立つ。ベッドにしゃがみ、メイを膝に乗せる。

「あんたの片思いの相手には恋人がいた。それで勝手に落ち込んでいる。ばかばかしい。早く食事に行くことね」

 メイに促されて、部屋の鍵を閉め、食堂に向かう。

 

 昨夜は食欲がなく、少し口をつけた料理はちっとも味がわからなかった。ノニが満足そうに料理を平らげていくのを、ただぼんやり眺めていた。

 食堂にはいい匂いとにぎやかなおしゃべりの声が満ちている。ノニは一人、部屋のすみで食事をとっていた。テーブルに着くと、すぐに女がスープとパン、卵料理を持ってくる。

「スープもうまいが、卵といっしょに炒めた野菜は最高だね」

 アラカは答えもせず、黙ってスプーンを取った。旅人たちは三々五々食事を済ませ、食堂を出て行く。  

「ふてくされるのもいい加減にしておくれ。私のせいじゃないってのに」

 ぴしゃりと言い放ったノニは呆れ顔だ。テーブルをパンと叩いて、席を立ってしまった。アラカはテーブルに肘を付いて、そのまま座っていた。ハルファにもアドラルにも会いたくなかった。だがこのまま出かけなければ、文句を言われるに決まってる。

やはりいつも通り、傍にいて占いに集中しよう。二人に出会っても笑顔を向けるのだ。そう自分に言い聞かせ、仕方なく立ち上がった。

  

 部屋に戻り、ネックレスをしたノニに声をかけた。

「時々イライラすることがあるの。両親もそんな私をもてあましていたわ」

 ノニは分かったというふうに、軽く頷く。

「下で待っているよ。早くしておくれ」

 アラカは袋にメイを入れ、肩を落として部屋を出た。

「何、しおらしいこと言ってるのよ」

 メイの忍び笑いが聞こえる。


 二人は村の中心部を目指して歩いて行った。

 ノニは村人に出会うと、立ち話をしていく。畑仕事をしている人にも大声で占い師だと名乗る。村人たちはうれしそうに手を振ってくれた。

 昨日、果物をもらった場所にやってきた。建物の前には誰の姿もなく、建物は閉じられていた。

「みんなのんびりしている。作物は実っているようだが、土地はまだ肥えているだろうか」

 誰に言うでもなくノニが呟く。

「そう言えば、昨日、丘の上から見たら荒れてる畑もあったわ。これもクルアーン様とかに関係あるの? みんな笑顔で楽しそうだけど」 

「じわじわとピサドは衰えているんだよ。人々が気づかぬうちにね。さてと、向こうの畑にいる人に、此処が使えるかどうか聞いてきておくれ」

 アラカは畑に向かった。畑にいた男は手を休め、村長を呼んで来てくれると言う。

 しばらく建物の前で待つことにした。


 やがて男が二人歩いてくるのが見えた。一人は髭をはやした中年の男で、もう一人はハルファだった。ハルファが手を振って合図してくる。

「ノニさん、お元気そうでなによりです。アラカとは昨日会ったね。こちらが村長のドニゴルさんですよ。ドニゴルさんには、街道であなた方に出会った話をしました。旅人同士仲良くなったことやノニさんが占い師であることもね」

 ノニはハルファに顔を向けず、ドニゴルに頭を下げた。ドニゴルはにこやかにあいさつを返してくれた。

「マサナ村へようこそ。私の姉からあなたの名前を聞いた覚えがあります。村人たちがあなたのことを伝えまわっていますよ。ぜひたくさんの村人をみてやってください。手があいた者からやってくるはずです。何か飲み物でも用意しましょう」

 建物の扉が開けられ、広い部屋が見えた。机や椅子がいくつも並んでいる。

 村長は窓を開けてまわり、それから外へ出て行った。

「私は何回もここに来ていて、村長とも懇意にしているのです」

 ハルファの気やすい態度にノニは渋々頷いている。

 アラカはそばを離れ、窓から外を眺める。アドラルに会うために、ハルファはここに何回も来ているのだ。

 女が盆に飲み物を乗せてやってきた。

「おやまあ、昨日、ここで会った娘さんじゃないか。おいしいお茶を持ってきたよ。果物も召し上がれ。お昼も用意するように村長に言われているからね」

 ノニはお礼に手相を見てあげようと女に言った。

「ハルファさんが来てくれたこともうれしいのに、こうやって占い師様までいらしてくださるとは。ここんとこ、作物の実りがあまりよくなくてね。きっとこれで運が向いてくるだろうさ」

 女はお茶を入れながら、大声で笑った。ノニが畑に目をやる。心配そうだ。女の呑気さに、アラカも少し呆れてしまう。

「それでは私は畑仕事に戻ります。また後で」

 ハルファが手を振り、部屋を出て行った。ノニは女の手相を見始めている。アラカはハルファの後ろ姿をぼんやり眺めていた。


 やがて村人たちが連れだってやってきた。夫婦らしき者、にぎやかにおしゃべりしている若い女たち、子どもを連れている母親たち、みな陽気に騒いでいる。

「お前は子どもたちの手相を見ておやり。お金は頂いちゃいけないよ」

 ノニの言葉に耳を疑った。聞きなおそうとノニの方を見たが知らん顔している。いつも何も言わないけれど、勉強していたのをちゃんと見ていてくれたのだ。さっきまでのふてくされていた自分が恥ずかしくなる。


 アラカは外で遊んでいる子どもたちに声をかけた。外のヤシの木陰に一緒に座る。

 子どもたちは興味津々で一斉に手を差し出す。

「いつも空想にふけっている夢見る女の子ね」

「あなたはちょっと我が強すぎる。負けず嫌いね」

 話すたびに大笑いする無邪気な子どもたちは、アラカの気持ちをなごましてくれた。

 あっという間に昼食の時間になり、女たちはそれぞれに食べ物を運んでくれ、大皿に盛られた料理が机の上に並んでいった。

 食事は延々と続き、次から次へと村人たちが集まってきて、大宴会のようになる。午後は仕事を休みにしたのか、村人たちは帰ろうとしなかった。珍しい客人をみな喜んでいるのだ。

 夕方になると、大宴会は祭りのように、さらに賑やかになっていった。

 お酒が入り、歌を歌う者や、踊り出す者も現れた。外では薪がくべられ、火が燃え上がった。火を囲んでアラカは子どもたちと輪になって踊った。踊りは簡単なふりの繰り返しで、すぐに覚えられた。子どもたちの歌声が、勢いよく燃える炎と共に夜空に立ちのぼっていく。


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