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ブリア村の言い伝え

再び、三人が応接間に集まると、ミリアが静かに語り出す。


――今の王族がまだここにやって来ない前の話です。この辺りに住んでいた一人の女がある日、山の中で見上げるほどのクモに出会ったそうです。女は驚きのあまり、動くことができなかった。けれど、クモは女を襲うことなく、糸をまき散らし去っていきました。女はその糸を集め、他の糸と合わせて織物を織ったのです。それが始まりだと言われています。


 女は何度も山に出かけ、クモの糸を集めました。不思議なことに、クモのいる場所が分かったのです。 女とクモは次第に絆を深め合っていきました。近くに住む者たちは、捧げ物の羊を持って山に出かける女の後を追いましたが、いつも見失ってしまったそうです。


 女は他の女たちにも糸を分け与え、皆で集まり織物を織りつづけました。男たちは街へ売りに行く役目を負ったのです。やがて織物は商人の目に留まり、高く売れるようになりました――


 アラカは息を小さく吐くと、尋ねた。


「もしかしたら、その女のひとはミリアさんの祖先なのかしら」


――その通りです。やがてこの地に村ができあがりました。それから何年か経ち、この島は今の王族の祖先によって侵略されたのです。征服した王は織物のうわさを聞きつけ、女を宮殿に招きました。そしてこれからは王族が織物を独占し、村を王の庇護の元に置くことを伝えたのです。

  

 王はクルアーンを捕獲するよう命じました。命令に従わねば、女の家族、村の男たちの命はないと脅したのです。女は屈しました。クルアーンの住む洞穴はふさがれ、女の指示により八本の長い杭が円を描くように打たれると、太い綱が結わえつけられました。


 何日かして再び穴が開けられ、杭で囲まれた真ん中に、女は捧げものの羊を持って立ちました。空腹で弱っていたクルアーン様が捧げものをむさぼっている間に、隠れていた兵士たちが一斉に八方から足めがけて走りました。危険を察したクルアーン様は暴れまわり、何人もの兵士たちを倒しました。けれどもとうとうつながれ、囚われてしまったのです。そして、その周りに少しずつ聖堂がつくられていきました。聖堂のあたりは山の中でした。何十年もかけて、今のようになったのです―― 


「クルアーン様は誰も傷つけなかったのに。聖堂なんて嘘っぱち、牢獄だわ」


 アラカの怒りにミリアは頷いた。

 

――この地を荒らすクルアーン様やグルアナ様を退治したと王族の歴史書には書かれてあります。支配する者は都合のいいように歴史を作りかえるのですね。村の周りに柵が作られ、兵士がやってきて門を守ることになりました。王は誰もこの村から出てはならぬという掟をつくりました。そうして私たちはこの地に閉じ込められてしまったのです。


 宮殿に囚われていた女は数年の後、やっと解放されました。家に帰りついた女は夫と娘に言いました。クルアーン様を閉じ込めた罪は消えない。その罪をあがなうために自分の身をクルアーンに捧げると。そして女は止める声も聞かず、作りかけの聖堂の中に入っていきました。村人は女を悼み、聖堂は女に祈りを捧げる場所ともなったのです。それから……―― 


 ミリアは口をゆがめ、言葉を切った。アラカの胸がざわついた。


――残された娘はやがて村長となり、それ以来ずっと娘の血を受け継ぐ女がその役を務めてきました。血縁は今まで途絶えたことがありません。娘が十八になった時、次の村長となり、退く村長はクルアーン様の捧げものとなるよう決めたのです。羊と共に。いつの間にか、死の床に就く村の女たちも同じ道を選ぶようになりました。クルアーン様への贖罪と敬意を表すため、そしてサマリンドへの近道だと信じてね。けれどもこのまま続けていいものかどうか、私には迷いがあります――


 ミリアは目を閉じ、大きく息を吐いた。それから水の入ったグラスに口をつける。

 

「ノニにはすでにお話してあります。クルアーン様、そして私たちは長い間、耐え忍んできました。王からの命令と私たち自身で決めた掟に。私は構わないけれど、サモラには捧げものになって欲しくないのです。人生を全うして欲しい。クルアーン様はお怒りになるでしょうか。私はどうすることもできず、愚かなまま今に至ってしまったのです」


 アラカは体が縛り付けられたような痛みを感じた。


「今日、ようやくクルアーン様の声を聞くことができました。道は示されたのです。アラカにはグルアナ様の元へ行き、剣を抜いていただかねば。クルアーン様の糸を紡ぐことができなくなる村がどうなるか不安でなりません。でも、なにより大事なのは、クルアーン様の解放です」


 ノニが大きく頷く。

 

「偽りの歴史書を正さねば。王族の過ちをこれ以上、黙って見過ごしてはいけない。クルアーン様に村の女たちを捧げる掟も失くさないといけない。そんなこと望んではいらっしゃらない筈だ。大変だが私たちの使命だよ」


 そんな大それたことができるだろうか? アラカはこれから先を思うと、気が重くなる。何故、自分がやらなければならないのか、どうしても理解できなかった。


「この言い伝えは村の者とこの国を憂いている者しか知りません。果たして真実を明らかにするべきか、その答えもわからないままなのです」


「今なんとおっしゃった? この国を憂いている者が私たちの他にもいると言うのですか?」


 ノニがいぶかしげにミリアを見つめる。

 ミリアは言い淀んで、窓の方に目をやった。


「ええ、さる高貴な方がこのままではいけないと動いていらっしゃいます。でもノニはきっと反対すると思っていました。だから話さないでいたのです。村長としては、双方の助けを受けるべきと考えています」


「高貴な方? まさか王族や貴族に話したのではないでしょうね。そんなことをすれば、また王の言いなりになるのですよ。ミリア様、お考えを改めて下さいませ。私には到底いい考えとは思えません。王族や貴族など、信用してはなりませんぞ。それに……」


 ノニの眼は鋭くミリアに注がれていた。ミリアはノニの語気の強さに顔をしかめる。


「私では力不足とお思いになった。とても残念ですよ。でも仕方ありません。確かに私は何もできなかった。アラカを連れて来る以外はね。そろそろおいとましましょう。旅を続けねば。グルアナ様の住むラドムに行くには用意も大変ですからね」


 ノニは言い終わると、そそくさと応接間を出て行った。アラカも後を追う。


「ノニ!」


 ミリアの声が背中に響く。それでもノニは振り返らなかった。


「荷物をまとめるんだよ。すぐに出発だ」


 イラついた声でノニが言う。


「そんなに怒らなくったって。ミリア様が気の毒よ」


「おや、いつからお前はそんなに心優しい子になったんだい? いいから早く支度をするんだ。余計な話はしないでおくれ」


 仕方なくアラカは部屋に戻った。

 

「面白くなってきた! ノニの誇りはズタズタだね」


 メイが弾んだ声で言う。


「やめてよ。聞きたくない。なんでこんなに息苦しいんだろう? どうしようもないくらい胸がひりつくの。このまま出かけていいのかしら?」


「知らないわ、そんなこと。あんたまで巻き込まれちゃって、面倒くさいったらない」


 不安が黒雲のように、心に広がっていくのをどうすることもできなかった。 


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