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五章 ブリア村


  

 ノニとアラカのゆくてを阻むように、先の尖った丸太が隙間なくきっちりと列をなしてそびえ立っている。その列は何処までも続いているようにみえた。丸太は石の土台から空へ伸び、アラカの背丈の三倍くらいあった。見張り台だろうか、兵士の立つやぐらも見える。


「ブリア村だよ」


 人里離れたこんな不便な場所にそびえたつ柵を、アラカは息を呑んで見上げた。


 ずっと森の中を歩きつづけ、昨夜はたき火を絶やさないよう交代で眠った。クロクタの遠吠えに眠りを幾度となく妨げられた。クロクタは羊より小さいが、鋭い牙を持ち、獰猛で自分より大きな動物を襲ったりするらしい。


 木々がしだいに数を減らし、ようやく空が頭上に広がってきたのは、歩き出してからしばらくたった時だった。朝日を浴びながら歩いていく二人の前がすっかり開け、草地に変わった所に突然丸太の柵が現れたのだ。


ノニは臆することもなく、門に向かって歩く。

やがて槍を持った兵士が二人、門の前に立っているのが見えてきた。


「王様から遣わされた兵士たちだよ。ちっとも変っていないねえ」


「どうして兵士がいるの?」


 重い荷物に息を切らせながら尋ねた。


「もう一度言っておくが、此処に来たことは誰にもしゃべっちゃいけないよ」


 そう言うと、槍を突き出した兵士たちに向かって叫んだ。


「村長のミリア様に、サッサリの占い師ノニが来たと伝えてくだされ」


 一人の兵士が重い扉を開け、中に入って行った。もう一人はまだノニに、槍を向けたまま油断のない目を向けている。

 兵士など気にならないらしく、大きく深呼吸をして、やってきた道をノニは振り返った。アラカも荷物を下ろし、汗を拭う。

 暫くして扉が開くと、兵士と共に女が現れた。


「ノニ! お久しぶりです」


 ミリアはノニの手を取り、嬉しそうに顔をほころばせた。ノニはうやうやしく腰を折り、頭を下げた。ノニが挨拶をするように促す。仕方なくアラカも頭を下げた。


「遠縁にあたるアラカと申します。一人ではここまで来られませんので……お許しを」


 ミリアはアラカにも笑顔を向け言った。


「ノニのご親戚なら、心配無用です。お疲れでしょう。中へお入り下さい」


 扉が再び開かれ、三人は村へと入って行った。  

 真っ先に目に飛び込んできたのは家々の向こうに上部だけ見える、金色に輝く丸い大きな建物だった。ノニの言った神様を祀る場所だろうか。 

 へんぴな場所にある村にしては、贅沢な石造りの家々が並んでいた。庭は広く、花々が咲き乱れている。ノニの裏庭に咲く花などちっぽけに見えてしまう。玄関先にはひさしが長く伸び、そこから透き通る白い布が下がり、床には椅子やテーブルが置かれてある。


 歩いている村人たちも、サッサリに負けないほど色鮮やかな長衣を身に着け、ゆったりと歩いていた。だがどの顔も心なしか元気がないように思われた。


 ノニはミリアと親し気に話しながら、アラカの先を歩いている。ミリアの豊かな髪が肩で踊っている。美しい人だと思った。自分の母親と同じくらいの年だろうか。威厳に満ちた物腰で、高貴な雰囲気がある。


 周りの家よりさらに大きな家に二人は案内された。召使いが現れ、丁重に頭を下げる。ミリアは風呂の用意を命じ、ノニに向かって言った。


「おしゃべりは後にいたしましょう。まずは旅のお疲れをいやしてくださいな」


 ノニとアラカは召使いと共に、家の奥へと入って行った。


 広い玄関から廊下がまっすぐにのび、扉が両側にいくつもあった。奥に行くにつれ、光が明るく降り注いでいる。ヤシの木々と花々が溢れる中庭が見えてきた。中庭を囲むようにさらに廊下が続く。

 

 一番奥まった所に導かれた二人は、それぞれ浴槽が置かれた部屋に案内された。部屋にはいい香りが漂い、花々や背の低い木々が鉢に植えられ部屋を飾っている。足のついた大きな浴槽には、召使いの手で湯がたっぷりと満たされていく。 

 ミルナスでもこんな豪華な風呂に浸かったことはなかった。アラカは目を閉じ、体をゆっくり湯にあずけた。

 

 新しい長衣が用意されていた。襟の周りに刺繍がほどこされた赤い長衣だった。部屋を出ると召使いが待っていて、気恥ずかしくなる。こんな派手な色は身に着けたことがなかったし、大仰に挨拶されるのも苦手だった。

 

 ノニはすでにミリアと応接間でくつろいでいた。真っ白な床に、足のない長椅子のようなものがテーブルを囲んで置かれてあった。寝そべることもできそうなくらい長いそれは、やわらかい布で作られており、背もたれもある。


 アラカは足をのばし座った。背中をあずけると、そのまま眠ってしまいそうだ。アラカはほとんど口を開かなかった。 

 夕方になると、ミリアの夫のラジャム、娘のサモラが帰ってきた。ラジャムはひげをたくわえ、がっしりした体格をしていた。サモラはアラカより少し年下のように見える子だった。黒い髪を後ろで束ね、ふっくらした頬をしている。

 

 ノニは丁寧にラジャムに挨拶し、サモラに笑顔を向け、

「まあ、大きくなられて。年を取ると、あっという間に月日は過ぎていく」と呟いた。


「よくおいで下さった。旅は大変だったでしょう」


 ラジャムも懐かしそうにノニの手を握る。

 

 話したそうにサモラはそばに寄ってきたが、アラカは相変わらず知らんふりを決め込んだ。魚に肉や果実、野菜が並ぶ豪華な食事の時も、ミリアが時々質問することに答えるだけだった。早くメイのそばに行きたかった。あれからずっと、袋に入れっぱなしにしている。


「アラカはもうお休み。私はミリア様と相談事があるからね」


 ノニがぼんやりしているアラカに言った。


「相談?」


「そうさ。遊びに来たわけじゃないんだよ」


 アラカが立ち上がると同時に、ろうそくを持った召使いが静かに現れた。 


「アラカさん、お休みなさい」


 サモラも立ち上がり、母の傍に行く。アラカは頷いただけで、さっさと部屋を出た。


 案内された二階の寝室は、落ち着いた色合いの壁紙にどっしりした家具が置かれ、一人では広すぎるほどだった。床には敷物が敷かれ、大きな鏡台には櫛、手鏡や沢山の小瓶が並んでいる。

 興味は湧いたがまず袋を開けた。メイに謝らなくては。


「いつまであたしを閉じ込めておくつもりだったの? あんたって、おこりんぼのわがまま娘ね。おかげで体中が痛いわ! それに何も見えなかったじゃないの」


 袋から取り出すやいなや、メイが怒鳴り出した。アラカは笑い声をあげ、メイを胸に抱いた。


「元気そうね。よかった」


 メイといっしょに鏡の前に座り、小瓶のふたを開けた。いい香りがした。小瓶を傾け指に液体をつけてみる。母がやっていたように、その指を耳や首筋に擦りつける。櫛で髪を梳かし、鏡を見つめた。日焼けして逞しくなったアラカが、鏡の中からじっと見つめ返してくる。   

ベッドに横になりメイの髪を撫でながら話し出す。

 

「この村はね、高い柵に囲まれ、兵士に守られているの。ノニが村についてしゃべっちゃいけないって二度も言ってたでしょ。すごく面白そうじゃない? 神様とやらにも会いたいしね。明日歩き回りたいけど、ノニはいいって言うかな?」


「だめならこっそり行けばいいのよ。ミルナスじゃ、いつも部屋を抜け出していたじゃないの。どうしてノニに遠慮するのよ? ずいぶん素直でおとなしい子になっちゃってさ。あたし、そんなアラカ見たくない」


 メイの言う通りだった。自分でも何故だか分からない。

 仰向けになると、メイから手を放し、真っ白な天井を仰ぐ。


 学院をさぼったり、夜中過ぎまで遊びまわっていた過去が次から次へと浮かんできた。特に忘れられないのは、初めて夜に家を飛び出した日だ。たしか十歳頃ではなかったか。学院で生徒の一人とつかみ合いの大げんかをして、両親が呼び出されたのだ。


「混血のくせに!」その言葉で手が出てしまった。両親はアラカの気持ちなどそっちのけで、娘の素行の悪さをお互いのせいにして非難し合った。


 アラカは大声をあげて、外に飛び出た。街をほっつき歩き、夜中まで帰らなかった。それ以来、親のお金を盗んで夜の街を徘徊することを覚えた。仲間もできた。


 だが楽しんでいたのかどうか、今でも確かではない。ただ両親を困らせたかっただけかもしれない。そんなふうに過ごしていた自分が惨めに思え、恨み辛みが胸にこみ上げてしまう。消し去るように大きく息を吐き、きつく目を瞑った。 



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