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一章 下船

初めての投稿です。

読んでいただけたら嬉しいです。

手のひら、月の丘


                              


ピサド国 建国の書より

カバロ暦 三五四年 カセンガ族クルジャ王率いる軍隊、北方の地よりピサドに来たる。

           怪物クルアーン及びグルアナの跋扈(ばっこ)せし惨状を憂う。

勇敢なるクルジャ王の元、軍一丸となり退治せんと激しい戦闘の繰り広げられたり。

           士気高き軍の前に怪物、遂にひれ伏し、降伏す。

           よって貧しき先住民を解放せしむ。

ここに王家存立を高らかに宣言し、以来、民の尊敬を一身に集め豊かな国となり。


一章 下船 


眩しい光の中で、前方の景色は何もかもが蜃気楼のように見える。

額に手をかざし、アラカは初めて見るヤシの木々や、緑の平たい屋根を持つ白い建物に目を凝らす。

帆船はようやく目的地へ着こうとしていた。

 荒波に揺られながら両足に力を入れ、舳先につかまりながらアラカは立っている。

風がウェーブのかかった長い黒髪をもてあそぶように吹いていた。すっかり日焼けした顔にはなんの表情も浮かんでいない。

 

 故郷のミルナスを出たのは二週間以上も前のことだ。船酔いに悩まされ、船底の粗末な船室で横になっている日々が続いた。ミルナスでの出来事が次々に浮かんでは消えていく。   

どれも思い出したくなどないのに、アラカは抗う力もなく記憶の海を漂っていた。


ピサド島行きを母から告げられた時、アラカはそんな選択肢もあったのだと、驚かされた。家出しようと決めていた矢先のことで、心の中では先を越されたという思いが強く、舌打ちをした。何処か では、たった一人の娘なのにという気持ちも、しこりのように胸につかえていた。

 

わたしは捨てられた。


何度も頭の中でその言葉は鳴り響いた。 

あんな悪さをした後だから仕方ないと言われれば、その通りで反論はできない。

それでも見知らぬ島に行き、初めて会う遠縁の老婆の世話をするなどとは、どうしても受け入れられなかった。見送りに来た母は唇を固く結び、何かを必死にこらえている様子だった。悲しみなのか、後悔なのか……。どうでもいいとアラカは知らん振りしてしまったのを覚えている。


久しぶりに見る父は母と目を合わさず、言葉も交わさなかった。母と娘の元を去った父がどんな暮らしをしているのかも興味はなかった。


舳先に立ち、唇を噛み、キッと前方を睨む。睨まなければ、恨みや怒りが溢れ出てくるだろう。


言うもんか!


 心の中で何度も呪文のように呟く。


「そろそろ下船の用意をしてくれ。落ちないように気をつけろよ」


 アラカは後ろを振り向いて、船長に黙って頷いた。荷物は革のカバンが一つだけ。船室に下りて行き、散らかった衣服を片付ける。ベッドに置かれた人形のメイをそっと抱き上げ、カバンに入れた。

「親に未練があるって顔ね」


中からメイの声が聞こえる。

 けれどもアラカは返事もせず、細い腕に力を込めてカバンを持ち上げ、再び舳先に立った。荒波がしぶきをあげ、船を襲ってくる。この島が見えてくると、何故か海が荒れ始めたのだ。


「ピサドの海は怒っているみたいだな。誰か迎えに来てくれるのか?」


 船員の一人が近づいて来て尋ねた。


「ノニって人が待っているはず」


「その人なら知っているぞ。あの島じゃ、ちっとは名の知れた占い師だ。占ってもらいにわざわざ来たってのか?」

 

 まじまじとアラカを見つめる船員が、興味ありげな顔をして言う。


アラカはノニが占い師であることを知らなかった。一人暮らしの老婆としか聞かされていなかったのだ。船員を無視して、ただ荒れる海を見つめる。


 港の沖合には大きな帆船が停泊し、小さな船は桟橋に横付けされていた。どの船も大きく揺れている。アラカたちは小さな船に乗り換え、なんとか桟橋に向かった。湾内には桟橋がいくつも伸び、波が桟橋の脚を勢いよく叩いている。

   

港には蔦のような植物が屋根を覆っている白い建物が並び、大勢の人たちが集まっていた。男も女も色とりどりの長衣とズボンを身に付け、腰に緩くベルトを締めている。布地は薄く風通しがよさそうだ。荷役人夫たちは腕をあらわにしたシャツにズボンを履いて、せわしく動き回っていた。


アラカは自分が着ている服を見下ろした。前を重ね紐でくくった厚ぼったい紺色の上着と、足元まであるスカートという身なりだ。暑苦しい。背中がじんわり汗ばんでいる。


船から下り桟橋を真っ直ぐ歩こうとするが、まだ波に揺られているようで足元がおぼつかない。好奇の目を向けた人々を無視しながら、ようやく陸に上がった。声をかけてくる者は誰もいなかった。

日陰を探す。大小の白い建物ではさまざまな物が売られている。魚屋が多いが、見たこともない食べ物を売っている店もあった。食事ができる店も数軒ある。


建物が作る小さな日陰に、アラカはカバンを下ろした。

 

港に集まっている人々は商人のようだった。船から運び出される荷物を前に、船長や船員との間でやり取りが繰り広げられている。船から降りて来た客はアラカを入れて、十数人だった。どの客も旅慣れた様子で挨拶を交わし、街があるらしい方へと消えていった。


強風が海岸の白い砂を巻き上げる。高く伸びたヤシの木のてっぺんで、葉がざわめく。ミルナスから遠く離れた南国の島ピサド。アラカは大きく深呼吸をして、海の彼方に目をやった。    


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