カリスマ女魔王は好きな人を食べたい。
魔法と憎悪が渦巻く殺伐とした異世界の。
人類と魔物が事あるごとに戦争をし合う世界線の話。
醜く、恐ろしく、そして──果てがないほど残酷な時代では皆、平和を夢見て毎日のように神頼みをしていた。
そんな時代に決着を付けようと。
人類は『勇者』と呼ばれる義勇兵を募り。
複数人でパーティを組ませ、魔王軍の長にして100世紀にひとりの大魔王と呼ばれる女、ダニエラ・エレルバッハを討ち取ろうとしていた。
心底惚れ惚れする美しい容姿に。
スラリと長い手脚に、180を超える高身長。
やや低めのハスキーボイスは威厳たっぷりで。
プラスしていつも余裕そうな笑みを浮かべている。
ダニエラは悪のカリスマである。
何億という魔物のトップに何千年と居座り続けているほどだ。
人類も、それから同族の魔物達も。
ダニエラ・エレルバッハという女を心の底から恐れていた。
知能が高く、魔力も平均を100とすると軽く1万を超えている彼女は権力者になるために生まれてきたようなハイスペック女で。そんな彼女に世界中の人は言う。「神はあの女に与えすぎた」と。
そんなダニエラには唯一の弱点があった。
頭脳明晰、容姿端麗、最強最悪の余裕たっぷり大魔王お姉さんの唯一にして致命的な弱点、それは。
──すぐにお腹を壊してしまうこと。
それが大魔王ダニエラ・エレルバッハの『唯一』の弱点である。それ以外は『全て』完璧なのだ。
人類が喉から手が出るほど欲しいその情報を。
この世で知る者はダニエラ本人以外誰もいないのである……。
※※※
「〜〜♪」
魔王城の最上階にて。
深夜2時過ぎ、ダニエラは遅めの入浴を終えて自室のベッドに腰掛け自身の美しい容姿を鏡で眺めていた。
服装は純白色のネグリジェ姿で。可愛らしいフリルも付いている。胸元のセクシーな谷間との相性は抜群だ。
配下に人間の街から奪わせた美肌クリームを塗りながら。スラリと長い生脚を組んで。余裕そうに口笛なんか吹いて。優雅に過ごすダニエラ。いかにも強者の余裕たっぷりといった雰囲気である。
そんな時、部屋のドアがノックされる。
「ダニエラ様……」
「……入りなさい」
ガチャリとドアが開き。
小柄な魔物の少女が恭しく頭を下げながら部屋に入る。
「しつれいいたします」
「おいで。他に誰もいないだろうね」
「いません。リゼひとりだけにございます」
人間でいうと14歳くらいの見た目の少女。
余裕そうな笑みを浮かべるダニエラの前に立ってモジモジとする。無表情な顔からは一見すると何がしたいの読み取りづらい。
「リゼ」
「はい。ダニエラ様」
「立っていないで、こっちに来なさい。この私のために、今夜も来てくれたんだろう?」
「はい……」
ダニエラはリゼと呼ばれる少女に手を差し伸べる。
そっと手を取るリゼ。そのままダニエラは優しく彼女を引き寄せ。ギュッと抱きしめるのだ。
「捕まえた。私の愛しのリゼ」
「ダニエラ様……お会いしたかったです」
「私にこうして欲しくて堪らなかったのかい? 本当に可愛い子だ……」
リゼは幼い頃に人間によって虐げられた過去があり。
そのせいで感情を表に出すことが苦手だった。
特に魔力があるワケでも知能が高いワケでもないリゼ。
ダニエラは愛玩動物として魔王軍の側近に取り入れた。
しかし、次第に愛着が湧いてきて。
いつしかリゼは悪のカリスマであるダニエラ・エレルバッハが唯一心を開く存在となっていった。
「ダニエラ様。ダニエラ様」
「なんだい、私の愛しのリゼ」
「もっと貴女様の温もりを感じたいです。ぎゅーして下さいまし」
「いいよ。痛いくらい抱きしめてあげよう。それでキミが満足するなら……私はいくらでもするからね」
最強最悪のカリスマ女魔王と。
なんの力もない無垢な魔物の少女。
身分違いの関係性である。ダニエラがリゼに首ったけなのは魔王軍の幹部でさえ知らない。
「ダニエラ様……お慕い申しております」
「ああっ……リゼ。キミは本当に可愛いね。同時に私はそんなキミを虐げた人間達に怒りを覚えるよ。怒りを通り越して吐き気を催すくらいだ……」
「ダニエラ様……ダニエラ様……」
「リゼ。私にはキミが必要だ。そして、キミには私が必要だろう。だから、私のもとを離れないでおくれよ……」
「ダニエラ様……だいすきです」
「私もキミのことが大好きだ……」
2人っきりの部屋にて。身分違いの甘々した雰囲気が漂う。この時間はダニエラにとって至福の時間だったし、それはリゼも同じだった。
ダニエラはリゼに膝枕をしながら。
彼女の頭を優しく撫でて。夢を語る。
「リゼ。もう少しだね。もう少しで……人類は我々魔物に屈服する」
「クップク、とはなんですか?」
「人類が我々に負けるということさ。つまり、キミを散々虐めていた人間達をこらしめることができるんだよ」
「リゼは、ジンルイが憎いです」
「そうだろう。だが、もう数日……いや、太陽が10回登って落ちる間に戦争が終わるハズだ。いや、私が終わらせる。絶対にだ」
「センソーが終わると、どうなるのですか?」
「私とキミがなんの不自由もなく暮らせるということさ。もう、人類に怯える必要が無くなるんだ」
「リゼ……ニンゲンの街に行ってみたいです。なぜなら、ニンゲンの街には美味しいご飯や綺麗な服が売っているからです」
「そうだね。じゃあ、我々が勝利した暁には、ひれ伏し地面に鼻先を擦り付ける人間達を見下しながら街で買い物をしようね……」
「? リゼ、楽しくおかいものします」
キョトンとするリゼが堪らなく可愛くて。
ダニエラは彼女の頭を優しく撫でる。
最北の山々にすむホワイトウルフのように真っ白な長い髪を指で梳いてやると。赤子のように目を細めて幸せそうな表情をするリゼ。この時ばかりは心の底から笑顔がこぼれるダニエラである。
と、そんな時。
「ダニエラ様……ダニエラ様」
「なんだい、リゼ」
「リゼ、おかしつくってきました」
「お菓子……?」
リゼはダニエラから身体を離すと。
とてとてと小さな足取りで布に包まれたお菓子を持ってくる。そして自慢げに鼻をふんすと鳴らしてダニエラに見せつけるのだ。
「つくった!」
「すごいじゃないかリゼ……何を作ったんだい?」
「クッキーをつくりました。ダニエラ様に食べて欲しくて」
「ありがとう……じゃあ早速頂こうかな……」
ダニエラが布をほどくと。
中には手作りクッキーが入っていた。
見た目は……そんなに悪くなかった。
少し不格好だとは思ったが、そんなのは気にしない。
素直にリゼを褒めるダニエラである。
「リゼ、綺麗に作れたね」
「……ダニエラ様」
ポッと頬を染めるリゼ。
ふと、ダニエラは考えた。
このクッキーを食べて腹を下さないかと。
しかし口に出してそんなことをリゼに訊いたらきっと悲しませてしまう。どうしようかと悩んだ末。
「リゼ……ひとつ、質問なんだが」
「はい。ダニエラ様」
「このクッキーは……その、誰かに教えてもらって作ったのかい? 例えば……料理長とかに」
リゼはふんすと鼻を鳴らして。
さほど無い胸を張ってこう言う。
「本を見て、自分で作りましたっ」
「……つまり、誰からも教わっていない……?」
「本さんに教わりました」
「いや、それは教わってるとは……ううむ」
ダニエラは考えた。
このクッキーを食べて腹を下すことはなのかと。
もし腹を下した時に勇者が襲撃してきたら。
そう考えると食べる気になれなかった。
「ダニエラ様……ダニエラ様……」
「……ん?」
「あーーん」
「ッッ?!」
魅惑的すぎるリゼの「あーん攻撃」。
クッキーを手に持って食べさせようとしている。
リゼの幼い声が、ちっちゃなおててが、丸くて可愛いおかおが。愛おしくて堪らない。
「ッッ。待て」
「ダニエラ様……?」
寸前のところで理性が働いて。
ダニエラは解析魔法でクッキーに毒のある成分が入っていないか調べた。ものの数秒で結果が叩き出される。
〔解析結果〕
オールクリア。危険な成分は入っていません。
「ほっ……」
「ダニエラ様。あーん。あーん」
「うん、分かったよ。リゼは一生懸命本を読んで作ってくれたんだね」
どうやらリゼはキチンとレシピ通りにクッキーを作ったようだ。ダニエラは一安心して。「あーん」を許してしまった。
「あーん……もぐもぐ」
「ダニエラ様、美味しー?」
「……」
(あんま美味しくないな……なんだこれ?)
そのクッキーは。
正直、あまり味がしなくて。
パサパサしていて。風味も薄くて。
お世辞にも美味しいとは言えない代物だった。
きっと普段はプロの作る最高の食事しか口にしていないから舌が肥えてしまったのだろう。ダニエラはそう思った。普段の贅沢な暮らしのせいで最愛の人の手作り料理が楽しめないというのは色々と考えるところがあるなと反省するダニエラである。
「美味しいよ。リゼ」
「ダニエラ様……」
そう言うしかなかった。
するとリゼはモジモジとして。
「ダニエラ様……ダニエラ様……」
「なんだい、リゼ」
「お耳かしてください」
リゼは頬を染めながら。
ダニエラの耳に顔を近付け。
「……だいすき」
「リゼ」
「お慕い申しております……ダニエラ様」
「あー。もう可愛いなぁ……」
ダニエラはリゼをぎゅーっと抱きしめる。
サラサラの長い銀髪を優しく撫でるのも忘れてはいない。
「リゼ……本当に愛しているよ」
「ダニエラ様……」
「ああ……願わくば、キミのことを食べてしまいたいよ。キミの美しい髪から、足の先まで……余すことなく……」
「ダニエラ様……すき、です」
醜く、汚れたこの世界に生きるダニエラにとって。
赤子のように無垢なリゼとの交流は何よりも楽しいものだった。彼女のためなら本当になんでもできると思えるほどには。
「リゼ……私には夢があるんだ」
「はい……」
「いつか世界を征服して、魔物の楽園を作ること……どんな魔族も等しく幸せになれる……そんな世界を私は作りたいんだ」
「ダニエラ様……リゼも、お供します」
「リゼ……愛しているよ。本当に……」
お互いに愛を確かめ合いながら。
抱きしめ合い肌を重ねていると。
「……この感覚」
ダニエラが感じ取ったのは人間が魔王城に入ってきた感覚。どうやら幾つもの修羅の道を乗り越えて勇者一行がこの城に侵入してきたようだ。
ダニエラの目が鋭くなる。
戦闘に備えて感覚が敏感になったのだ。
不安そうな顔のリゼ。そんな彼女にダニエラは言う。
「リゼ。この部屋から出てはいけないよ」
「ダニエラ様……」
「もし勇者一行がこの城の最上階……私達のもとに来たのなら、私は奴らと一戦交えなければならない。だから……少しの間だけキミのもとから離れることになる」
「行かないで下さいまし……」
今にも泣き出しそうなリゼ。
ダニエラは一度だけギュッとハグをすると。
「大したことはない。少しだけお仕事をしてくるだけさ。ほんの数分で戻ってくる。だから……大丈夫」
「ダニエラ様……」
しばらくすると。
人間のクサイ匂いが濃ゆくなっていく。
勇者一行がすぐ近くまで迫ってきているのだ。
「リゼ……行ってくるね」
「はい……」
「部屋を出るんじゃないぞ。毛布にくるまっていい子にしていなさい」
「はい。しょうちしました」
ダニエラは戦闘服に着替え。
寂しがるリゼを置いて部屋を出る。
たかが人間、取るに足らない生き物だ。
余裕で勝てる。そう思っていた。
※※※
「クソッ。魔王はどこだ……」
「この近くにいるハズです!」
「探せ探せ〜!」
勇者一行は魔王城の最上階に辿り着くなり。
辺りの物を蹴散らして魔王ダニエラを探していた。
人類に恐怖をもたらす大魔王。勇者も魔道士も格闘家も、みんな彼女の配下である魔物に親兄弟を殺された。
許さない。許すワケにはいかない。
必ずや魔王を倒して人類に勝利をもたらすのだ。
その想いで辛い修行を乗り越えてきたのだ。
「……勇者一行。遠路はるばるご苦労様……」
「ッ。魔王!!!」
カツカツ……と靴を鳴らして優雅に階段を下りるダニエラ・エレルバッハ。余裕そうな笑みを浮かべながら拍手をして登場した。
「よくぞここまで辿り着いたね……クフフ♡褒めてやろうじゃないか」
「お前に褒められても嬉しくないッ!」
「おや、これは失礼。私としたことが無礼なことを……クフフ♡いや、キミの両親を殺した時点で十分礼儀に反するかな……」
「ッ!」
余裕綽々に勇者を煽るダニエラ。
だって、生き物としての格が違うのだから。
ダニエラは生物界の頂点に君臨する、言わば『上位存在』で。人類含む他の生物は彼女にとって『下級生物』なのだ。
レベルが違いすぎてマトモな会話なんてできないし、交配なんてしたら……それこそ『腹を下して』しまう。
『下級生物』の遺伝子を少しでも取り入れることなんて想像するだけで下痢グソ物だ。
ニコッと微笑み。ダニエラは言う。
「さて、戦おうか……一瞬でカタを付けてやろう」
「魔王ッッッ!!!!!!!」
お互いに戦闘する気満々だ。
殺意たっぷりで。恐らくこの数分以外にどちらかが死ぬことになるだろう。
──なのに、ダニエラの身に不運が起こる。
ぎゅるるるるる……。
「ッ?!」
「いくぞ魔王ーーーーーーッッッ!!!!!」
「ちょ、待────」
強烈な腹の痛み。悶え苦しみそうになるダニエラ。
腹を壊したのだ。これではマトモに戦えない。
カキィィィン……!!!
「ッッ!!!」
「クソッ。硬い!!!」
勇者の剣を手を硬直化させて受け止めるダニエラ。
腹の痛みは収まることを知らない。
今にも漏らしてしまいそうだ。
原因は……? ダニエラにはまるで分からなかった。
クッキーには毒のある成分は入っていなかったし、普段の食事にも細心の注意を払っていた。
「いくぞーー!!!! 魔王ゥゥゥゥゥ!!!!!!」
二度目の攻撃が来る。
いつもなら跳躍して身をかわすのだが。
そんなことしたら身体に負荷がかかって漏らしてしまう。
(クソ……漏れる……ッ。戦闘に集中できんッ)
胃の中がねじ切れるような激痛で。
吐き気まで催すようになるダニエラ。
これでは普段の力なんて千分の一も発揮できない。
それでも勇者の動きに対応できているのは。
言わずもがなこの勇者が普段のダニエラの千分の一ほどの力しか無いからである。
ザクッ!!!
「やった! 一撃入れたぞ!」
「勇者様! すごいです! あのダニエラとマトモにやり合っているなんて……」
ダニエラは肩に剣の一撃を食らってしまう。
大した傷ではないのだが、とっさに身をかわしてしまって。結果として便意を掻き立てることになる。
プッ……ブリュ……♡ プス……♡(オナラの音)
屁が出た。仮にも女の子のダニエラが。
男の勇者の前で。聞こえるくらいの大音量で。
「なんだ……いまの音は……?!」
「勇者様気を付けてください! 何かパワーを貯めている合図かもしれませんから!」
(クソッ。この私が……まるで三流映画の道化師のようなことを……!)
このままではいけない。
なんとかしなくては。ダニエラは必死になって考えた。
しかし便意はクライマックスで。もう漏れそうで。
(漏れる漏れる……ッ!!!!!!!! 漏れてしまうッッ!!!!!!)
もう漏れることしか考えられない。
頭の中が真っ白になって。
戦闘どころではない。
「食らえーーー!!!!!!」
漏らして戦うか。漏らさずに耐えるか。
寸前のところで究極の判断を迫られた。
気を許せば大量に漏らすだろう。そしたらきっと──この勇者達は自分を倒したあとに王国にその話をして後世に語り継ぐだろう。「殺される恐怖で大便を漏らした腰抜け魔王」と。
そんなのは嫌だった。
だから……肛門をギュッと締め付けて。
耐えることにした。
──その判断を一瞬で後悔した。
(あ……漏れ──)
ザクゥゥゥゥゥウウウウウ!!!!!!!
「ッァ……」
「?! 貫いた……のか?」
シュウシュウと。
ダニエラの身体が霧となって消えていく。
しかし、勇者には倒した実感が無かった。
なぜなら、それは『幻影』だったから。
言わば、変わり身の術である。
「魔王!!! どこに消えたァァァ!!!!!」
勇者は怒り狂うのだった。
※※※
「はぁ、はぁ……おえ、ぇぇぇぇ……!!!」
大便を終えて。
ダニエラは便器に顔を突っ込み力無く倒れ込んでいた。
寸前のところで幻影魔法を使って身をかわし。
トイレに駆け込んだのはいいが。ダニエラは瀕死の重症を負っていた。勇者に傷付けられた箇所なぞ擦り傷だ。問題は……この収まることのない腹の痛みだ。
(原因はなんだ……? 毒なんて飲んだ覚えがないぞ……?!)
原因不明。理解不能。そして、意識朦朧である。
途絶えそうな意識の中。ダニエラが思い出していたのは愛しの少女の顔だった。
(リゼ……)
初めて人を好きになった。
恋愛なんて生まれてから一度もしたことの無かったダニエラが。唯一恋をしたのがリゼだった。
一度も身体を重ねることはなかった。
キスもしなかった。
こんなことなら……一度くらい愛を育めば良かったと後悔した。
「リ……ゼ……愛してる、よ……永遠、に……キミ……を」
最期の力を振り絞って。ダニエラは魔法を使った。
よく下級魔族が仲間との意思疎通に使う脳内にメッセージを送る魔法だ。
ダニエラは息絶えたのだった。
※※※
「ダニエラ様……まだかな」
リゼはダニエラのベッドに寝そべり。
彼女の匂いがたっぷりと染み込んだ毛布に身を包んでいた。母親を人間に殺されたリゼにとってそれはとても安心する香りだった。
リゼはダニエラにあげたクッキーを手に取って。
作っている時のことを思い出す。
初めてだったので苦労した。
生地を手で捏ねたので指紋はベタベタ付いたし、一生懸命作ったので汗もかいた。手で汗を拭ってそのまま生地を捏ねたのは内緒だ。それに何より……帽子もつけないで作ったので髪の毛も入ったかもしれない。
──そう、クッキーの中にはリゼの遺伝子がたっぷり入っていたのだ。魔力も知能も無い『下級生物』の遺伝子が。それはダニエラにとって猛毒に他ならなかった。
この世で指紋や汗や髪の毛を食べて死に至るのは。
きっとこの世で「神に与えられすぎた」上位存在のダニエラただひとりだろう。
(ダニエラ様……美味しいって言ってくれた。嬉しい)
幸せいっぱいのリゼには何も分からない。
分かるのは、ダニエラが大好きだということ。
その『大好き』が母親に対して向ける『大好き』なのは本人でさえ知らないのだが。
ふと、リゼの脳内にあるメッセージが流れ込む。
キミノ コトガ スキダ
「リゼも……ダニエラ様がすきです……」
リゼはダニエラの匂いが染み付いた毛布をぎゅっと抱きしめる。
早く戻ってこないかな……なんて。
無垢なことを思いながら。
勇者が城内を走り回るブーツの音が。
すぐ近くまで迫っている──。
読んで下さりありがとうございます。