建国神話の真実
あぁ、なんて、なんて愚かなことをしてしまったのか。宰相閣下が見せてくれた王家の貴重な文献。そこには私が犯してしまった禁忌が何を招くかが説明されていた。我が王に命じられたこととはいえ、古くから伝えられていた禁忌が何を招くか知っていれば、私は犯すことなどしなかった。どれだけ悔いても、どれだけ嘆いても、時は巻き戻らない。彼らが、彼らが来てしまう。私たちは誰一人として、許されないのだろう。今、私に出来ることは、女神フロ-リアリーゼへ己の行いを懺悔し、その慈悲がもう一度、我々に降り注ぐことを願うことしかできない。どうか、どうか、もう一度我々をお助けください。麗しい女神の姿を模したステンドグラスが輝く教会で、私の願いを聞き届ける者はいなかった。
我が王国は、魔王討伐を成し遂げた勇者と、ともに立ち向かった聖女が建国したと伝えられている。
今より数千年前、世界は混沌としていた。魔族と人間が入り乱れ、血で血を洗う終わりなき戦いを繰り広げていた。あわやこのままでは、人間が滅びてしまうという時に、慈悲深き女神フロ-リアリーゼが一筋の希望を人間にもたらした。のちに、魔王討伐を成し遂げる勇者である。女神は人間を哀れに思い、異世界から一人の少年を世界に落としたと言われている。少年は、すくすくと成長し亡国王家の血が流れる聖女とともに魔王を討伐し、世界を平和に導いたと伝えられている。そして、英雄と称えられた勇者は聖女と結婚し、現在の我が王国の礎を築いたといわれている。王国の民はもちろんのこと、周辺諸国、果ては辺境の国々まで知っている、世界最古の王国である我が国の建国神話。王国の子供たちは、寝物語として親から子へ聞かされて育ち、自国の王族へ敬意と羨望、憧れを抱き、王国民としての誇りを持つようになる。かくいう私も、王家への敬意と王国民としての誇りを抱いて、宰相という地位をもぎ取った。そう、もぎ取ってしまった。宰相という地位につかなければ、何も知らず無知のまま、幸せに暮らし、呆気なく死ぬことができただろう。いつ彼らという悪魔が訪れるか、恐怖に怯え神経をすり減らすこともなく、敬うべき王族を嫌悪することもなく、生きることができただろう。
わたくしの国は滅ぼされました。黒い髪と瞳を持った恐ろしい悪魔たちに。わたくしは運良く、遠い遠い辺境の国へ遊学に出ていたために、難を逃れました。ですが、わたくし以外は誰一人として、生き残った人間はいないのでしょう。人間だけでは、ありません。魔族も、です。これが、どんなに恐ろしいことか、お分かりでしょう。人間が手も足も出なかったあの魔族を、一瞬にして消し去ったと言われる悪魔たち。わたくしたち人間が敵うはずがありません。悪魔たちは、人間も魔族も関係なしに、周辺諸国や関係諸国を滅ぼしたそうです。悪魔たちは、勇者召喚をしたことをひどく怒り、そのような残虐な、無慈悲なことをするに至ったそうです。勇者召喚をしたのは、おそらく我が母国でしょう。我が国は、小国で魔族が住む地にも近い。遠い昔、女神フロ-リアリーゼが世界を滅ぼさんとする邪神討伐のために、異世界から落としたと言われる勇者にすがった結果でしょう。女神フローリアリーゼが授けてくれないのならば、自分達で召喚すればいい。そう考えに至ったのでしょう。わたくしもその考えが間違っているとは思いません。ただ、今回のことは運が悪かったのです。勇者召喚をして、悪魔もついてくるなんて誰も考えもつかなかったことでしょう。悪魔たちは、この世界全てに勇者召喚を禁じました。もし、同じことがあれば、人間も魔族も関係なしに等しく死が待っていることでしょう。まあ、魔族については、女神フロ-リアリーゼが新たに授けてくれた異世界人の勇者を人間側に籠絡したので、悪魔たちが手を掛けるよりも早くに滅びるでしょうけど。勇者はもう、わたくしに骨抜きなので、操るのは容易いのです。思わず笑みが漏れてしまいます。勇者になんて声をかけて、魔王討伐をさせましょうか。魔王討伐が成功すれば、他の魔族など勇者にとっては敵にもならない。あとは、皆殺しにすればいいだけです。そうすれば、勇者は英雄です。民衆は英雄たる勇者を王にいただこうとするでしょう。そして、わたくしは勇者の妻として王妃となる。なんて、なんて素敵な未来でしょう。ふふふふふ。わたくしは後の世に聖女として、勇者の妻として、王妃として、歴史に名を残すことになるでしょう。それまでに、わたくしが歴史に名を刻む前に、世界を滅ぼされてしまっては、困ります。今は悪魔が行った恐怖の記憶も新しいので、勇者召喚をする者たちも現れないでしょう。しかし、数年後、数十年後はどうでしょうか。人間は良くも悪くも、記憶を薄れさせます。私が生きている間に勇者召喚をされては、たまったものではありません。魔王討伐の前に勇者召喚の方法をすべて闇に葬り去らなければ。すべて、消し去ればもう一度方法を構築するにしろ時間がかかることでしょう。まず、わたくしが生きている間には、完成しないことでしょう。そうと決まれば、勇者におねだりをしなければ。この日記を読んでいるであろう貴方へ。勇者召喚は世界の破滅を招くので、どうにか阻止することをオススメするわ。
なぜ、異世界人は勇者召喚をするのか、という議題は勇者救出部隊創立当時からされていました。古くから伝えられている絵本では、勇者に子を孕ませるためにと取れる内容が記載されていましたが、全てがそうであるとは限りません。今回紹介した事例のように、敵対勢力を滅ぼすための戦力として召喚されるケースも多くあります。その世界やその国々によって、召喚理由はそれぞれであり、我々にとってはその理由など些末なことでしかありません。ただ一つ言えることは、どんな理由で召喚されたのであれ、召喚された子供たちが無事だったことは、ほとんどありません。ただし、異世界での滞在時間が一時間以内だった子供たちは、無事に戻ってくる確率がとても高い。これを踏まえ、我々、勇者救出部隊は緊急出動が要請されたら、すぐに出動できるように訓練を積みます。まずはこれがクリアできなければ、現場には一生出ることができないと思いなさい。我々の優先事項は、誘拐された子供たちの救出であり、攫われた子供たちが無事に帰ってくることが我々の願いであり、指針です。それを忘れることなく、刻みなさい。では、本日の訓練は終了です。以上、解散。
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