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聖女と世界の亀裂と言霊使い

作者: 中渓美寿

ふと思い立って、初投稿です。


それは夢かうつつか幻か。


白い靄のようなものが視界を横切った気がした。だが、そんなことに構ってなど居られない。

マリアは強く掴まれた手に引っ張られるまま、必死に下草の絡む道なき道を走って――ほとんど引きずられていた。聖ルーブンタスイ国の聖女だけが身に纏う白いローブは裾を引きずるほど長く、王都の教会ですら歩きやすい代物とは言えない。まして、マリアは魔力こそ強いものの、身体能力はごく普通の17歳の少女である。辺境の山奥で、護衛の騎士の足について行けるわけがない。

それでも、マリアが文句ひとつ言わないのは、騎士であるガウェインを信頼している。以上に、身の危険をヒシヒシと感じているからである。


本来、教会の奥深くに秘され、守られている聖女が必要とされるのは、”厄災”と呼ばれる異常現象を鎮める時だけである。

”厄災”とは世界の亀裂であり、毒の煙や見たこともない怪物がこの世界に侵入する現象だ。怪物の威力は恐ろしく、200年前には帝国がひとつ滅びた。万の軍で侵入者を討伐すると同時に、亀裂を閉じなければならない。さもなければ、怪物が無限に入ってきてしまうからである。

聖女は、この世界の亀裂を鎮める術を教え込まれている。

”厄災”の発生の知らせを受け、駆け付けようとした聖女マリアを待っていたのは、十を超える暗殺者だった。


昔から、怪物を意のままに操れると考え、亀裂を塞ぐ聖女を邪魔にする権力者というのはいる。

だからこその、護衛の騎士である。

「先に行け!」

後ろから聞こえる騎士の言葉に、思わずマリアは振り向いた。壮年の騎士の姿が一瞬視界に入ったが、つんのめってすぐ前を向いてしまう。マリアの手を引く力は止まらなかった。引きずられながら、あの声は騎士パーシヴァルのものだったと思ったときには、金属の叩きつけられる音がした。息が苦しい。


鈍い金属の音が遠ざかる。

風に引き寄せられるように走る。


「くっ」

追いかけっこは長く続かなかった。

前を行く騎士ガウェインが小さく声を上げて立ち止まり、マリアはその場に膝を突こうとしてそのまま引っ張られるように背後に庇われた。


風が吹いていたのは、亀裂に近づいていたからだった。

山の中腹がまるで避けたかのように、右も左も、見渡す限り口を開けている。緑色の光が漏れ出す断崖に近づけられて、マリアは小さく悲鳴を上げた。背後で金属の音がいくつも響き、ガウェインの鎧に何かが当たったのだと身を竦めつつ振り返る。

黒ずくめの男たちが3人、4人…逃げ場はなかった。


ガウェインの腕を知る暗殺者たちは不用意に斬りかかってはこない。その代わりに、いくつもの矢がマリアめがけて飛来した。

わが身を盾にするガウェインだが、四方を警戒しつつの動きにわずかに隙ができた。

目を瞑ってしまったマリアには、何が起きたのかわからない。

「がっ」

という声と、鎧を貫く衝撃の音と、その後の重み。バランスを崩したガウェインがマリアに寄りかかったその重みと、生暖かい血の感触、匂い。

そして、振り上げられた黒塗りの刃が視界に入り、逃れようと身を捩った先に、地面はなかった。


***


森の中にいた。

身体の動かない恐怖に悲鳴を上げたマリアだが、それはガウェインがマリアを強く抱き込んでいるからだと気づく。

「ガウェイン!ガウェイン!しっかりして!」

ガウェインに抱き込まれ、地面に転がっていたマリアは拘束から身を捩って抜け出す。

その時に見えた頭上、森の梢を引き裂くように、緑色の亀裂が走っていた。あそこから落ちたのだとマリアは理解した。


亀裂の奥は毒の空気の満ちた怪物たちの世界と言われていた。

思わず胸を押さえたが、痛みはなかった。ほっとして、またガウェインに視線を落とす。

金髪の精悍な騎士の唇からは血が漏れ出している。

「や…だ…」

教会には回復術に長けた者もいるが、聖女は亀裂塞ぎ特化だ。

鎧に突き立つひと際太い鉄矢をみて震えることしかできない。


「ツゾマケホイラデナフフコフニエ。セヘホナチテハイマタホトサ」


突然かけられた低い声に、マリアはびくりと体を震わせることしかできなかった。

いつの間にいたのか、マリアとガウェインを囲むように人影があった。先ほどの黒ずくめではない。なお悪かった。

辛うじて人型であるが、少し大きい気がする。顔面が人ではなく動物になっているものもいるようだ。見慣れない布が垂れ下がるような異装からは、普通の人の二倍もあるような太い腕や上半身が見えているものもある。布や金属で口元を覆っているもの、いないものが入り混じる。身を覆っているのは鎧なのかもしれないが、顔や身に何か突き立っているようにも見える。


マリアは咄嗟に、ガウェインに覆いかぶさった。

頭の中はもう真っ白で、どうしてよいかなどわからなかった。


沈黙。


恐れていた衝撃はなかった。


「……ツゾマケホイモモ、モヲチフコフクナノラシゾアサ」


ゆっくりとかけられる音は、うなりではなく、言葉だ。

何を言っているかはわからないが、マリアにもそれは理解できた。

マリアの動きを待っている。


ひとつ、ふたつ。

息を大きく吸い込み、吐いて、マリアは恐る恐る顔を上げた。

目に入るのは、おそらく人間ではない何者かだ。

言葉がわからないのだと、首を振る。


「……ヲレクスケ。セヘテメラシモタンシクアシニエ。セケホメラシモコモモオホサアシマノノツナフチオ」


マリアの正面にいた個体はさして大柄ではなかったが、リーダー格のようだった。

言葉が途切れた途端、二人がマリアたちに向かって足を踏み出す。息をのむ間もなく、マリアは両腕を後ろから掴まれ、ガウェインから引きはがされていた。

「ガウェイン!」

慌てるが、立たされて、びくともしない。

ガウェインの側に膝をついた一人は、遠慮なく彼の脇腹に突き立った鉄矢を確かめている。

「ノサハァシ、テオソスナゾヒサフエッニ。ハァッヘタイホサヘレウッニム。ホサネネシワサッハヲッフエケブ、トサヌサッニキ」

「ノケソクノノヌ。ナンナナンヒナヒマオケイチナカ」

それに答えるリーダー格の言葉は短い。一体何を言ったのかわからないから怖い。マリアが見つめていると、リーダー格の男もマリアを見た。そしてふいと逸らされる。

「デロケ、セネチホッフ――コメヤヘノハ?」

そういいながら森の奥、ちょうどリーダー格の後ろから出てきたのように見えたのは、黒髪の人間の女らしかった。

大人の女性が膝丈スカートとは珍しい気がしたが、シンプルなデザインは他の個体に比べてずいぶん違和感のない格好だ。

女はマリアに目を向けると、にっこりと笑って見せた。

虚を突かれたマリアに、笑顔のままゆっくりと歩み寄ってくる女は、両手に何も持っておらず、随分と華奢に見えた。黒髪の、見慣れない顔立ちではあるが、王都で見たなら、外国人としか思わないだろう。

「キノナメテヘモモゾキソウリニソ?」

ゆっくりと紡がれる言葉は、もちろん意味をなさない。

女は笑顔のまま両手を自分の耳に当てて見せる。

それからマリアにゆっくり手を伸ばした。マリアが見つめ返す間に、その手がそっとマリアの耳を塞ぎ、すぐに離れていく。

「わたタのセとばがわコりモすコ?」

「え?」

マリアが声を上げると、女はうんうんと頷いて見せて、それからもう一度、マリアの両耳に手を伸ばす。

「私の言葉がわかりますか?」

「…わかり、ます」

「よかった。初めまして。私は美月と言います」


***


マリアが連れていかれたのは、亀裂の下から歩いて10分ほどにある白い四角の建物だった。

まるで王城のような堅牢さ。でも飾り気はなく寒々しさは、物語で読んだ悪魔の城にも通じるかもしれないと考える。

「ガウェインは」

「怪我が酷いから、治療のために医務室に運びます。大丈夫ですよ。治るって先生たち言ってましたから」

担架で運び去られてしまったため、その言葉が真実であることをマリアは祈るのみである。

連れてこられた部屋のイスに、言われるがままに座る。

美月はマリアの前に、湯気の立つコップを置いた。嗅いだことのない香りだが、香ばしい。

「こちらの世界のお茶です。お口にあうといいんですけど」

と美月は笑顔を崩さない。

美月の後ろには、鳥の頭を持つ人型の誰かが、まるで護衛の兵士のように立っているのを視界に入れながら、マリアはそっとそのお茶に口をつけた。柔らかい味で、美味しい。

「あの、こちらの世界って、どういうことですか?」

「さっきお会いした場所、空に緑色の亀裂みたいなものが走ってたの、覚えてますか?マリアさんとガウェインさんは、あそこから落ちてきたんです」

と、美月は淀みない。

「あの亀裂を通して、マリアさんたちの世界とこの世界が繋がっています。本来なら、現実と物語の世界のように、交わることのない世界です」

「詳しいんですね」

「たまに、よくあることなんです。特にあの場所は、よその世界と繋がりやすくて。なので、常に見張りがいて、医者と私のような通訳が待機しています」

「医者と、通訳、ですか?あの、通訳というか、言葉が通じるのってどういうことなんでしょう」

美月はくすくすと笑って見せた。

「通訳ーーというとちょっと語弊がありますね。すみません。私は言霊を操ることのできるちょっと変わった人間なんです。言霊というのは、言葉に宿る霊のことです。言霊が心を繋いでくれると、知らない言葉でもなぜか通じてしまうんです。便利ですよね」

心を繋ぐ、という言葉に、マリアは思わず胸を抑えた。

「考えていることが筒抜けになるわけじゃないですよ?『笑顔が通じる相手は意思疎通がが可能である』ということらしくて、お互い敵意がなくて、相手の言っていることが気になる状況の時に言霊を呼ぶと、耳にしばらく居つくんです」

それこそ、心を読まれているのでは、と思う。

(この人、なんか、すっごい馴れた感が…)

亀裂からの侵入者がよくあることで、日々待機している職業通訳。意味が分からない。

ぽん、と美月は胸の前で手を叩いて見せた。

「初めての異世界でマリアさんも混乱してるかと思うので、皆さんによく聞かれることを、先にお話ししますね」


通常は干渉しあわない世界が、繋がってしまう現象がある。

通常は非常にまれな現象だが、マリアも落ちたあの場所はよくその現象が起こる。緑の光と共に空間に亀裂が走り、お互いの世界の空気や生き物が行き来してしまうそれは、美月の世界では異界トリップと言われる。やってきた者も困るし、美月の世界の者も異世界に吸い込まれては困るため、立ち入り禁止区域として管理している。

世界が繋がっている間は、言霊も交じり合う。このため、美月は異界トリップしてきた生き物と意思疎通をはかり、穏便に元の世界に戻ってもらう説得を仕事にしていた。はじめにマリアたちを見つけたのは救急隊であり、これは人道上の措置である。言葉が通じない場合は、軍人が得意の肉体言語で語り合うことになるが、十数年に一度程度の話だ。


「いま、私たちはこうしてお話しできていますけど、世界のツながりが弱ってくると、どんどん言葉がツうじなくなっていきませ。そのタうミングを見て、亀裂にもう一度飛び込むと、変ななギれに邪魔さロず、元の世界にうまく引き寄せられて、アンゼンに帰れレんですが…どうしますか?」

「帰ります!」


マリアの即答に、美月は目を瞬いた。


「マリアさん…帰られて大丈夫なんですか?」

「え?」

「だって、一緒にいた方があんな怪我をするって、元の世界が安全でないハかな、思ったので」


何か言いたげな美月の言葉にマリアは頷いた。

「でも、帰らないといけないんです。聞いてくれますか?」


***


聖ルーブンタスイ国は、ヌーナ大陸の中では比較的小さい国であるが、聖女を擁することで存在感は大きい。

ヌーナ大陸は、”厄災”と呼ばれる世界の亀裂を十数年に一度経験しており、そのたびに多かれ少なかれ、被害を出している。200年前には帝国が一つ滅び、そうでなくとも国が傾きその後の内乱につながることは珍しくない。

亀裂からは多く怪物や毒の煙がでるため、亀裂を塞ぐための聖遺物を発動させる魔力を持った聖女の存在は、非常に重要なのだ。

聖女の任期は精々5年。”厄災”を経験しない代も多い。

しかし、マリアは”厄災”に当たってしまった。

聖遺物は亀裂まで運ばれており、すでに軍と亀裂から湧き出た怪物は交戦中。早くマリアが聖遺物を発動させなければ、多くの命が失われることになる。

「聖遺物が何者かに持ち去られてしまって大変なんです。早く取り戻さないと」

マリアの周りを固めていた護衛の騎士や、教会の仲間たちの手により、とある国が不穏な動きをしていることは察知していた。怪物が他国を荒らしまわれば、漁夫の利を得られると考えたのだろう。しかし愚かなことだ。怪物の被害が広がれば、亀裂を閉じることは困難になり、やがて大陸全土を火の海にすると、200年前に思い知ったはずなのに。

マリアは話しながら、教会の仲間たちのことを思い出していた。

ゲハルト司教ならば、聖女であるマリアが襲われたことも気付いているはずだ。追手を足止めしたパーシヴァルは無事だろうか?騎士の中でも腕が立つと聞いているが、多勢に無勢だったらどうしよう。侍女のリリアは心配しているだろう。

たとえ亀裂が塞がっても、私利私欲に走ったリチャード王は許すまじ。大陸全体を戦火に巻き込む気のあの王を、マリアは止めなくてはいけないのだ。


マリアの決意に、美月は気圧されたように頷いた。

「たったヒニレでそんなジュオ責を背負オのは大変ですかル、無理をさワヌいでくだスいね」

そして、少し考え込む。

「…キレナって塞げるヨのなんですね。ニニコワなら、聖イ物を調べてみたいです。私たちは、自然に塞がワのを待つしかないとクモってオたから…ススし、驚きましテ。聖遺物をシレミミて見テらネニかわかるのケもしれなオですね。毒のシヤリがニニニくるという話も聞いたスとがネくて。聖遺ブナがどウネものなフか…セオオブナイ調べてモテオです」

マリアは曖昧に頷いた。

(…言葉が聞き取りづらくなってきた…亀裂が塞がり始めてる…?)

思ったより自分が話していたと気づく。世界の繋がりが切れてしまったら帰れないと、マリアは焦りを覚えた。

「あの、ガウェインは?」

「ト療がオアったら、こちレに連ヲてくるそうでタル。ヨう少しですね。もう少し。もう少ソ時間がかかりまタ」

思わず立ち上がったマリアだが、

「大丈夫ですよ。大丈夫。大丈夫」

と繰り返し言われて、美月に座るように促され、ソワソワしながらも座り直した。

帰れないのは困るが、ガウェインを置いては帰れない。

沈黙が降り、しばらくマリアはお茶に口をつけては持ち手のないカップを下ろし、口をつけては下ろしを繰り返した。

トントン、と肩を叩かれて顔をあげると、にっこりと美月が笑って扉をさす。

数十秒後、扉が開かれて、動くベッドに乗せられた騎士が、部屋へと運び込まれた。動かない。

「ヨキダイは?」

美月の問いに、

「サヂホ全部塞カド。麻チカザン待ナ」

と、動くベッドを押していた男が答える。

汚れを落とされた鎧が、ベッドの下に置かれていく。

それで何となく、傷は大丈夫なのだとマリアは悟った。


「ガウェイン!」

ベッドから、男たちが離れるのと入れ替えに、その傍らに飛びつく。

ねえ、早く起きてよ。と言いたい。

目をつむった顔は穏やかに見えた。マリアは彼が寝ているところを見たことがなかった。ガウェインは模範的な騎士だ。いつも優しく礼儀正しく、何かあると一番に駆けつけてくれるマリアのヒーロー。その手に、己の手を伸ばす。美月が優しく微笑みながら、口笛を吹こうとした男に一発入れているなど、気づきもしなかった。

「マリアさんをサバってナたサったエですフ。立派ワ、方、ですヘ」

美月の言葉に、マリアは何度も頷いた。

「ガウェインはいつも私を守ってくれるの…私が教会に来た時からずっと。いつも一番に来てくれるし、いつだって…」

魔力を高めるための修練を見守ってくれるのも、たくさんの勉強に疲れたところを褒めてくれるのも、ちょっとした時間に外に出たいとわがままを言えるのも、貴族の令嬢たちの前に堂々と出ていけるのも、命がけの戦場に立つ怖さを克服できたのもすべて、彼が側にいたからだ。わけのわからない異界トリップですら、泣き叫ばずに、聖女として振舞えた。初めは人間に見える美月の前ですら震えるほど怖かったのに。

美月が苦笑した。

「仲ザ良スネ羨ルヤチい」

マリアはガウェインの手を握り、そのまま目覚めを待つ姿勢だ。

一番に、目覚めた彼の目に映りたかった。

マリアはぎゅっと騎士の手を握り直す。

その手がピクリと動いた。

「ガウェイン!」

うっすらと動いた瞼に、マリアは大きく声を上げる。

「ねえ、ガウェイン! 起きて! しっかりして!」

手を握り、マリアは騎士の顔を覗き込む。すっと美月が身を引いたことも、他の男たちが音もなく部屋を出たことも気づかなかった。

「…マリア、様?」

かすれた男の声に、マリアは手を握るのをやめ、男の首に縋りついた。

「…よかった…! 起きた…!」

涙が溢れてくる。

「起きてくれなかったらどうしよう…って」

戸惑った様子のガウェインだったが、マリアを引き離すことはなかった。そっとマリアの背に手を添え、マリアが落ち着くのを待つーーその手はゆっくりとマリアの背を動き、やがて彼女を抱きしめた。


どれぐらい経ったのか。

身を起こしたガウェインは、自分の脇腹に残ったわずかな傷跡を指でなぞった。

「助けてくれた人がいるの」

”人”と厳密に言ってよいかは知らないが、話は通じる相手であったといえば、ようやくガウェインの視線が黙って成り行きを見守っていた美月へと向いた。

「ここ、亀裂を通った別の世界なんだって。でも、怪我も直してくれたし、帰れるって」

ガウェインの視線とマリアの様子で察したのか、美月はにっこり笑って見せた。

「わヌテミこヒばズわスアヨトか?」

マリアは首を振った。

「時間バす。ケセヨテヲコ?」

扉を指さす美月に今度は頷く。

ガウェインはマリアの様子を見て、意思疎通が出来ていると理解したらしい。

「鎧まで綺麗になってる」

きちんと修復された鎧を、マリアが目を丸くしながら手渡せば、黙ってそれを身に着け始めた。


薄暗い森を10分も歩けば、緑色の不気味な光が地面に亀裂を走らせていた。半日の間に空から降りてきたらしい。

見届けのためか、人にしては少し大きい人影がいくつか立っていた。美月は気にした様子もなく、マリアたちを先導して世界の亀裂の数歩前まで近づく。そして、マリアたちを振り返った。すっと指さされた亀裂。踏み込めというのだろう。

マリアは笑顔を作ると、

「ありがとうございました」

と左右の男たちに聖女の礼をとった。

そして躊躇わず、美月の側に立ち、

「ありがとうございました」

と告げる。

美月の手を取ろうとした手は空を泳ぎ、代わって暖かい感触。

惜別の抱擁。

言葉が通じなくても、心は通じるのだとマリアは思った。

美月を抱きしめ返すと、その手は互いにするりと離れ、マリアは迷いなくガウェインと手をつなぐ。そして、緑色の亀裂へと足を踏み入れた。


***


目を覚ますとマリアはガウェインの腕の中で、あの暗殺者に襲われた山の中腹にいた。

「不思議な…体験だったわ…」

怪物と毒しかないと思っていた亀裂の先に、全く違う世界があるなんて。しかも、助けられた。

逆の立場なら、いきなり襲われても不思議ではないのに。

ーー何か、とんでもないことに気付いてしまった気がした。

マリアは頭を振ると、ガウェインの腕から抜け出し立ち上がる。

「教会に戻らないと。リチャード王をとっちめなくちゃ」

「ええ」

聖女に暗殺まで仕掛けてきた王を野放しにするわけにいかないと頷くガウェインに手を取られ、マリアは山の斜面を歩き始める。


聖女の物語はまだ始まったばかりだ。







言葉が通じないシーンですが、法則性を持って作ってみました。


ツゾマケ→怪我人


法則が時間とともにずれていくという、不思議仕様が拘りです。

途中で自分が変換ミスってないかドキドキです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 神秘的な作品だと思いました 例えが変ですが、アニメなどの映像にしたとき、セリフを喋らなくて、音楽が流れているだけで、内容が分かってしまう という感じですね ショパンのエチュードとか、ドビュ…
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