イフユースメル
シャモンの里出口から体感では五分もかからず、尾城たちは見覚えのある門に到着した。
先ほど見掛けた門番二人は、六平の姿を見付けた瞬間に背筋をピンと伸ばし最敬礼で三人を迎えた。
やはり里の代表である六平は別格なのかも知れないな、と尾城はさほど気にせず周囲を観察した。
こちらの世界に来た直後は気が動転してしまい、周りをしっかりと観察出来ずにいたからである。
門の内側すぐのところに詰所のような建物はあるが、他には小屋以外何も無かった。
里とは違う方向に建物が集まっている場所が遠くに見えるので、そこが町と言われてた場所だろう。
ムゾウの国と言われているこの領地だが、実際の広さや人口はどうなっているのだろうか、尾城の胸の内に疑念が拡がる。
たかだか二、三十人程度の里の戦闘力を当てにしているこの国はすごく小規模なのだろうか?
それにまだまだ初歩的な疑問がたくさん残っている。
時代劇のようなこの環境に騙されそうになるが、並行世界の地球だとすると、そもそも大気中の酸素濃度とかは自分の知っている地球のものと違うのではないだろうか?
重力や細胞を形成する成分が違うから体重が重くなっているのではないだろうか?
いや、・・・もっと根本をちゃんと考えなければいけないのでは?
そもそも『ピカッと光ってこの世界にやってくる』ってなんだよ!
ふざけてんのか!
どういう原理だよ!
四次元のワームホールを通ってきたときに次元の狭間が発光してたのか?
四次元って時間軸が足されたものってことだっけ?
じゃあ俺は時間を飛び越えた?
なんだそれ?
俺はいま何を考えているんだ……、あぁ、また頭が痛くなってきた・・・
「オジョー、おじょう!
大丈夫か!?
おいどうした!?」
「うぁっ? な、なんですか?」
気が付けば至近距離で六平が自分に呼び掛けていた。
横の桐橋もリーゼントが似合いそうな顔を心配そうに歪めている。
「あ、すいません。
ピカッと光ってこの世界にくる、ってやつを真剣に考えてたら・・・」
正直に考え事の内容を話してみた。
「ん、あ、あぁ、それな。
不思議だよなー、
叔父御も結局かけらも解明出来なかったんだわ。」
「元の東京に落とし穴みたいな感じで
この世界への入り口がいくつかあるんスかね?」
「あぁ、
確かに出口はあそこひとつしか確認されてないから
落とし穴の出口なのかもな。」
六平と桐橋は真面目な顔で尾城の疑問を考えてくれた。
「可能性の一つですよね。
つか六平さん、さっき俺を呼んでた時なんですけど・・・」
「ん、どした?」
「イントネーションが、
その、尾城、じゃなくて、お嬢様のお嬢、に聞こえたんですけど?」
「あぁ、
その方が呼びやすいなって。駄目か?」
「駄目っていうか……、
俺割と体格はいい方かと自分では思うわけで、
お嬢って・・・」
「ヒャハ! 確かに!
トキコさんとか権藤さんになら似合うかもな、お嬢って。」
困惑する尾城と面白がる桐橋、六平は特に笑うでもなく答えた。
「んー、
まぁあだ名なんてそんなもんだよ、
呼びやすいようにみんな呼ぶって。
定着するかどうかはムゾウの人たち次第なとこもあるしな。」
「え?そうなんですか?
じゃあピロさんとかべりーさんもそう呼ばれてるんですか?」
「ん、ピロさまとかべりーさまって呼ばれてる、
もう今じゃ違和感無いんだよなー。」
「俺は違和感バリバリ感じますけどねー。」
「俺も、ちょっと、違和感あるっス。」
三人が立ち話をしていると近くで直立不動だった門番のうち一人が話し掛けてきた。
「あのぅ、ロックさま。そどさいがれないんだべが?」
「ん、あぁすいません。
出ます出ます。
よし、行こうか。」
スタスタと六平は門の外へ歩き出し、
ちょっと戸惑っていた尾城と桐橋は慌てて後を追った。
門の外で六平に追いついた尾城は猛然と問い詰めた。
「六平さん! 何すかロック様て!
イッフゥヤーセー!
何すかロック様て!」
「なんかカッコいいスね、ロックさまって響き。
ゲームの主人公みたいスね。」
コメカミに青筋立ってそうな尾城と違い、桐橋はのんびりと感想を述べている。
尾城の追及にヒラヒラと右手を振り宥めながら、六平は舞台俳優かと思わせる話し方で答える。
「んふふふ、やっぱ引っ掛かるかな?
俺はそう呼べとは言ってないんだなこれが。
自然と自然と。」
「いや嘘でしょ絶対!
誘導したでしょ!
なに自分だけカッコいいあだ名にしてんのこの人!
なんで俺にはお嬢なんて女のあだ名で呼んどいて、
自分はピープルズチャンピオン気取ってんスか!」
尾城は興奮のあまり桐橋の様な口調で六平を問い詰めまくる。
「六平さん! ハリウッドで一番稼ぐスターになるつもりスか!?
ピラミッドの周りで悪霊と大剣で戦ってキングになりに行けるんスか!?」
「あれ?
尾城ってもしかしてプロレス好きなの?」
興奮している尾城に六平と桐橋が視線を注ぐ。
一瞬間を開け、尾城もやや冷静になる。
「いや、まぁ。
知ってるだけですよ。
二十年前ぐらいのアメリカのプロレスをちょっと。」
「いやいや、
知ってる、って感じじゃないでしょ。
すげーマニア感あったよ?」
「そっスよね、
ちなみに俺は少し観ただけなんスけど好きっスよ。
DVDで観たことあります。
レッスルなんとかつったかな?
いつのやつかわかんないスけどそんなやつです。」
「おー! いいねきりっち!
あとで教えてくれよ。
ほっしーってやつもプロレス好きだからさ。
ちょい前の出来事とか少しは聞いたんだけど、
やっぱいろんな角度から知りたいわけさ。
俺の知らないプロレスの盛り上がりをもっと教えて欲しいんだわ。」
「あ、俺の分かる範囲なら、はい。」
「2メートル超える連中ごろごろいたろ?
アメリカンプロレスってでかいやつらが好きだよなー。」
「あ、あの、分かります。
DVDにいっぱい出てました。」
「いいねいいねいいねー!
じゃあ夜に語り合おうや!
久々にプロレス知ってるやつ来たなー!」
嬉しそうに桐橋と話す六平。
置いてけぼりをくらう尾城。
「あ、俺もちょっとは知ってますよ?
ねぇねぇ、
知ってますって。」
話し掛ける尾城を横目で見ながら、わざとらしく無視して六平は桐橋に話し掛ける。
「そうかー、
きりっち観たのはたぶんアレだなー、
バイク乗ってる時代のやつかな。
ロイヤルなんとかは? あれも面白いぞー。」
無視されながらも尾城は六平に食らいつき話し掛け続ける。
「いいですよね、バトルロイヤル。
時間差の入場が盛り上がりますよねー。
1999年のやつは人民王者と大塩さんの一騎打ちになるんですよね、
観ました?
最後は墓堀り人が漁夫の利かっさらうやつ。」
そんな尾城を見て桐橋が呆れたように呟く。
「オジョー、完全にプロレス好きなんじゃねーか。
俺それ何言ってっかわかんねーよ。」
「ふはは! 尾城! いやお嬢!
正直に言ってみろ! プロレスの話がしたいと!
プロレスファンとは語り合いたくて仕方のない生き物なのだからな!」
六平は両手を腰に当て仁王立ちした姿、カール・ゴッチ状態で尾城に勝利宣言を行う。
完全に論破された尾城はがっくりと四つん這いにうなだれてしまい、うめくように言った。
「先生、プロレスの話が……したいです。」
「それってバスケじゃなかったか?」
桐橋のツッコミはある種の悦に浸った二人には届かない。
ドヤ顔の六平とうなだれたままの尾城はそのまま余韻を楽しんでいるかのようだった。