様々な能力(ちから)
「俺たちのこのチカラ、
ムゾウの人たちはこれを【神通力】と呼んでいる。
この神通力は様々な種類があることがわかった。
怪力だったり跳躍力だったりテレパシーだったり、
それにウンコしないのも神通力らしいぞ。」
「フハハ! マジすか!?」
「おう! 大マジだよ。
人間の穢れを打ち消すチカラらしいぞ?」
「はぁ~、それで金玉取れちゃうのか~。」
「まぁ穢れもそうだけどな、
悩みの原因を無くすチカラってムゾウの学者さんが言ってた。」
「なるほど~、
性欲と食欲が消えれば人間関係以外の大抵の悩み、無くなりそうですもんね。」
「つーか俺さ、一昨日ここに来てからマジで大便も小便もしてねーんだよ、
すごくね?」
「おー! マジなんだ!?
食事もしてないの?」
「いや、食べてる。
結構普通の量を一日二食、水も飲んでる、
なのに出ねーの!」
「すっげー!」
男子高校生二人がはしゃいでいるのを六平は穏やかな表情で見つめている。
それはかつて、自分を田中一が同じように見つめていたであろうと追憶しながら。
桐橋の一昨日からの自分の様子について少し雑談が続き、落ち着いたところで六平は話を続けた。
「で、いいか?
その神通力なんだが、訓練しないと徐々に弱くなり、
三ヶ月ぐらいで完全に無くなるらしい。」
「え? マジですか?」
「え? それって神通力無くなった人がいるってことですか?」
二人の様子を落ち着いた様子でじっと見つめながら六平は続ける。
「あぁ、神通力が無くなった人は過去二人いる。
俺の前の年に来た女性、そして去年来た男だ。」
「その人たちは実験の為に訓練とか修行とかを一切しなかったってことですか?」
「いや、そうじゃない。
彼らはこの里で暮らすことをしなかった人たちだ。」
六平は先程とは一転、少し苦い顔になり話を続けた。
「女性の方は俺は直接会ってないから伝聞のものだ。
叔父御はこの話をする度に可哀想がってたよ。
さっき言った神通力で力が強くなるっていっても女性の筋力は元々が弱い。
中には男より強くなるって人もいるにはいるが、
彼女は特に弱かったし、戦いに向いていなかった。
叔父御が言うにはとても優しく気弱で儚げな人だったらしい。」
「じゃあ程々の訓練して家事とかしてもらえば良かったんじゃないスか?」
「あぁ、でもその時点では神通力が無くなるとは思ってなかった。
だから叔父御は当時の御館様、【先代】だな、に彼女を預けたんだ。
争いの無い環境に置いてやってくれ、
何か絵や文字を描くような仕事を与えてくれって。
先代もちゃんとそれに応えた、
望んだ環境を作ってくれて定期的に健診もしてくれた。
しかし彼女は徐々に弱っていき三ヶ月後に死んだ、
衰弱死と思われる。」
ここで六平は言葉を切り、瞑目した。
尾城と桐橋も神妙な顔で過去に存在した少女の悲劇を思いやる。
【死】を身近に感じ身構えながら尾城は尋ねた。
「【衰弱】って何が衰えたんですか?」
「ん、外見上は何も変わっていなかったらしい。
健診の医師がどんどん弱っていく彼女を心配したんだが、
彼女の方はただ微笑んでたらしい。
死ぬ間際、彼女が言い残したのはこんな話だ。」
そう言って六平は若くして亡くなった少女の言葉を要約する。
『私にとってこの世界は【地獄】のようなものです。
毎晩不思議な夢にまで恐ろしい殺し合いが続いています。
私はこのまま死んでしまうでしょう。
優しくしてくれたあの人には今の私の様子を伝えないでください』
しばし沈黙が三人の間に流れる。
尾城とて【戦争】の存在するこの世界に忌避を感じている。
平和に慣れた日本人の感性からしたら、戦国時代は地獄のようなものだろうと同調出来た。
「あの方ってのは叔父御のことだな。
それと、【不思議な夢】ってのはたぶん神通力だ、予知能力だろう。
で、死んだ彼女の葬儀で叔父御は彼女の棺を持ったとき、
あまりの軽さに衝撃を受けたそうだ。
去年叔父御が死んだときには体重は生前とあまり変わらなかった、
違っていたんだ、そこも。」
情報量の多さに尾城は頭の整理をしてみる。
【神通力】とは一体どのようなものであるのか、知らないことが多過ぎて理解が追い付かない。
「後で彼女を診察した医師に事細かに話を聴き情報を整理し、
神通力の消失がわかった。
つまり、神通力が無くなること、それは【死】を意味する。
だから無くさないよう訓練が大切なんだ。」
尾城と桐橋は言葉が出ずただ俯いていた。
そんな二人を気遣うように、六平は雰囲気を改め明るい声で話を続けた。
「まぁ人が死ぬ話だ、暗くなるのはしょうがないな。
でまぁあとは、もう一人の方な。
男の方は去年の話だ、
六月に一人来たんだけど俺らと一緒に生活はしたくないって言ってさ、
自分の国を創るんだって言って出てったよ。
その半年後、十二月あたりか、隣の国の領地で死んでたらしい。
神通力を使わなかったはずはないけど、
真剣な訓練に足りるような使い方をしてなかったんだろうなと思われる。
だから力の消失が少し先送りになったっぽい。
以上だ。」
先程とまるで違うトーンで話を終えた六平に若者たちが呆気に取られる。
「男の人の方、なんかあっさりじゃないですか?」
「あぁ、正直嫌な奴だったしな、早く忘れたいぐらいの気持ちだ。」
「なんか嫌なことされたんすか?」
「ヤなことつうかさ、普通初対面の人をさ、罵倒なんてする?
俺はまだ我慢出来たけどピロがマジギレ。」
「さっきも言ってましたけどピロってクシナダさんのことですか?」
「ん? そうそう、ヒロキだからピロ。
俺、アイツ、トキコ、の順番でここに来たんだよ。
いろいろ助けたり助けられたりしてるよ、
もう兄弟みたいな感じだなあの二人は。」
ここで尾城は男臭い櫛灘の風体を脳裏に描く。
おそらく同様のことを考えていたであろう桐橋が口を開いた。
「まぁヒロキさんて、見た目からしてケンカっぱやそうスもんね。」
「おぉそう、そうなんだよ、んであの餓鬼ったらよ、ピロ相手にさ、
『チカラは正しく使わなくてはいけないでしょ?』
『僕何か間違ってますか?』
ってよ、あの餓鬼さー、ハッキリ間違ったことは言ってないんだけど、
すげームカついたわ。
叔父御を亡くした直後ぐらいだったからよ、
俺はテンション上がんなかったんだわ。
んでもピロが止める間もなくアイツぶん殴ってさ、
『出てけ!』ってなってあとはさっき言った通り。」
「ありゃりゃ、……ぶん殴っちゃいましたか、アハハ。」
「そう、あいつ結構短気だからさー、
二人も気を付けなよ? そういえば前にもさー・・・」
六平は興が乗ったのか櫛灘のケンカ話を面白可笑しく話し始めた。
尾城は時間大丈夫なのかなと少し気になったが、新入りなので口は挟まず聞いていた。
男三人で和やかに話していると、そこにトキコが近付いていた。
「あら~、アンタたち随分仲良くなってんのね。」
「げ!トキコ!」
しまったという表情をした六平はそのままトキコに結構な勢いで頭をはたかれる。
「ロク、アンタ桐橋くんと尾城くんにスケジュール説明して
その後すぐ訓練ってワタシ言ったよね?
ロク! 言ったよね!?
もう訓練場誰もいないよ!
ほかの仕事あるんだからね!
今日はアンタが責任もって二人を案内してちゃんと訓練もすんだよ!
わかった!?」
もの凄い剣幕でトキコは六平をもう二発はたいて引き戸の向こうへ消えていった。
あとには消沈した表情で自らの頭頂をなでる六平と、申し訳なさそうな若者二人が残された。
「あの、六平さん?大丈夫ですか?」
尾城は自分に責任は無い筈と頭では考えていたが、胸の中には謎の罪悪感がある。
チラリと横の桐橋を見てみると何故か笑顔になり六平を見て口を開いた。
「六平さん、
ホントにトキコさんと仲いいんすね。
なんか羨ましいッス。」
これには言われた六平も少し面食らったようでポカンとした表情を見せた。
「いや、いまだいぶ折檻されちゃったんだけど……、
仲いいように見えた?」
と、尾城の心情と合致した真っ当な返しをしていた。
しかし桐橋は尾城とは違うように感じていたようだった。
「仲いいつーか、
トキコさんは六平さんになんつーか家族愛みたいなのがあって、
六平さんの方はえー……、
トキコさんを信じてるみたいな感情があるように見えたッスねー。」
尾城にも『叩いたり出来るのは信頼の証なのかな』ぐらいは感じられたが、桐橋は妙に具体的だった。
六平は不意に真剣な表情になり桐橋を見詰める。
そんな六平に桐橋は戸惑う。
「な、なんスか六平さん。どしたんスか?」
「桐橋くん、その感情を読むチカラ、神通力の可能性が高いな。」
「え、そうなんですか?」
横で見ていた尾城が桐橋より驚く。
神通力ってそんな簡単に出来るのかという動揺があった。
「神通力はホント色々あるみたいなんだよ。
身体能力だけじゃなくて今までの常識が通じないもの、
遠くのものが見える・聞こえる、遠くの人と意思疎通が出来る、
相手の感情が分かる、離れたものを動かせる、とかな。」
「それって俺もいま出来るんですか?」
「ん、いや、今までだと訓練をしてくうち、
徐々に不思議なことが出来るようになる感じかな。
だからさ、いま桐橋くんがいきなり神通力ぽいこと言い出しただろ?
ちょっとビックリしてんだわ。」
六平の言葉に桐橋がおずおずと申し出る。
「あ、俺一応昨日一昨日と二日は訓練したんスけど。」
「ん、でもいままでは大体二週間から一ヶ月はかかってたと思うわ。
でも感情とかの精神系は早く出たかもしれんなぁ、
トキコに訊くか。」
尾城は先ほど六平を鬼の形相で叩いていたトキコを思い出し首を傾げる。
「トキコさん、そういう神通力あるんですか?」
「あぁ、ホントは戦略上能力は秘密にした方がいいみたいだけど、
トキコのは完全公開してる。」
「なんでですか?
秘密の方が良さそうなのはなんか分かりますよ?」
この世界でどのような【戦争】が行われているのかわからないが、自分たちの手の内を晒すのは悪手なのではないかと考えたのだ。
「トキコは嘘が分かるから。
だからあえて公開してスパイとかを寄せ付けないようにしてる。」
「嘘が分かるとスパイが近付かないんスか?」
「ん、
スパイというか敵意を持った人間が近付くと分かる、
結構な人数捕まえたよ。」
ここで尾城にも話がやっと理解出来た。
「あー、
そういうのわざと情報を外に出して敵が近付かないようにしたんですね。」
だが尾城は別のことにも気付いた、そんなことが出来るぐらい六平やトキコは【強者側】の思考をしていることに。
「そ、面倒だからな。
それにもうこの世界で二十年ぐらい経つからなぁ、
自然と知られるよ。
さぁ、のんびり話してるとまたトキコに怒られちまうな、
訓練場に行こう!」
相変わらず気さくそうな笑顔の六平が促し、三人は移動を開始した。