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人は鏡の様なものだから  作者: 水下直英
『人と出逢い、過去と出遭う』
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重要なお役目


 一面に広がる花畑、咲いていないものもあるが時期が違うからだろうと思われた。


尾城おじょうには花の知識が無いのでわからないが、鍵河かぎかわが植え替えた時点では花が咲いていたはずなのだからきっとそうなのだろう。


しかし、初代様と二人で育てたにしてはこの花畑は広すぎるのではないだろうか、と尾城は花畑を見やる。


先ほど鍵河が雑草取りをしていたようだが、一日やそこらで終わる広さではないように思えた。


『これ全部を毎日一人で手入れしてんの?』


花は確かに心をなごませてくれるだろうが、命に直結するものではない。


里の人たちはこの花畑をどう考えているのだろう、と疑念が湧く。


初代様が関わっているから鍵河に任せ放っておいているのだろうか、有り得る話だと思える。


今まで一番年下だった鍵河は外見も相まって、大した仕事を任せられていないのではないかと尾城には感じられた。


その考えの根源には尾城の【ぶりっこ】嫌いの先入観があるのだが。



 鍵河は一向に泣き止む気配がない。


先に泣き止んだ四宮しのみやが鍵河の頭を撫でて何か言葉をかけている。


権藤ごんどうもその近くに立ち鍵河の背中をさすっている。



 絵になる光景だ。


是非とも写真に収めたいところだが、カメラはこの世に存在しない。


構造は難しくないらしいが、この世界に来る日本人は皆、元々が十六歳の普通の子供だ。


よほどの天才少年でもなければネット検索の使えない状況で、前の世界の技術を再現することは出来ないだろう。


尾城は無言を貫く桐橋きりはしの横に立って、ぼんやりとそんなことを考えていた。



「お? なんだカグラ、また泣いてんのか?」


「あれ? ジンさんもしかしてこっちの少年オジョウくんじゃないすか?」


気付いたら背後から声を掛けられ尾城と桐橋は慌てて振り向いた。



 そこには男性が二人いて、こちらを興味深そうに見ていた。


一人は色黒でアゴひげを生やしたサーファーをイメージさせる男性、もう一人は櫛灘くしなだと同じくらい良い体格をした、眉毛が印象的な男性だ。


一見するとコワモテな外見をした二人に、四宮は親しげに話し掛けた。


「あらあら、【ジン】くん、【ケンシロー】くん。

 なぁに? あっちの畑行くの?」


「はい、買い出し終わってリッカねぇさんとこ届けたんで。」


「カグラは何で泣いてんすか?」


「この新人の子たちに花畑のお仕事紹介をお願いしたんだけどね、

 途中で初代様のこと思い出しちゃったみたいで。」


「あー、やっぱそうすかー。」


男性二人は四宮と話しつつ、いまだ権藤に頭を撫でられている鍵河を見詰める。


尾城としては何回か見かけたことがあるサーファー風の男性に興味があった。



『あのアゴ髭ってどうなってんだ?』


尾城が今朝起きて食事をして訓練場に向かう途中、気付いたことがあった。


ヒゲがまるで生えてきていないのだ。


普段だと綺麗に剃っても次の日の朝になると、少し感触が分かるぐらいには生えていた。


桐橋や陸奥原むつばらを間近で見てみたが、やはりヒゲはまるで確認できない。


それから会う男性全員のヒゲを確認してみたが、やはりまるで生えていない。


男臭い櫛灘くしなだにすら欠片も見当たらなかったのだ。


さっき櫛灘に質問ないか訊かれた時に言えばよかったのに忘れていた。


いまサーファー男のアゴ髭を見て急激に思い出したのだ。




「しのみぃさん、この少年なんか全然動かないんですけど?

 大丈夫っすか?」


「うーん、本人は大丈夫って言ってるんだけどね、

 後でトキコ様に診てもらうつもり。」


「あの、こいつ結構頻繁にこうなってますよ、

 訓練の後とかもなってたし。」


気付いたらまた思考に囚われていた。


自分を指差したサーファー男と四宮が会話しており、桐橋も参加している。


まゆ毛の男性はその後ろからこちらを見ている。



「あ、俺は大丈夫です、

 ホント考え事してただけなんで、お気になさらず。

 俺、尾城玄治です。よろしくお願いします。

 昨日この世界に来ました。

 あの、昨日朝に連れてこられた食堂のとこで挨拶してくれましたよね?

 お名前訊いてもいいですか?」


尾城はチョイワルの雰囲気漂うサーファーとまゆ毛に挨拶してみた。


ヤンキー系と話すときはどうしても緊張した話し方になってしまう。



 急に話し始めた尾城にギョッとした様子のチョイワル達だったが、気を取り直したサーファーの方が先に答え始めた。


「おぅ、あの集まりのあと出てく時な、あの人数でよく覚えてたな?

 俺ぁ【陣場保じんばたもつ】だ、みんなジンって呼んでる。

 俺ぁリッカ姐さんの次の年にこの世界に来た、

 姐さんには色々世話になってんだ。

 だから昨夜のリッカ姐さんはマジで衝撃だった、あんなん初めてだ。

 叔父御おじごが死んだときも大荒れだったが、アレとは違ったな。」


「マジでビックリっすよね、記憶はちゃんとあるみたいっしたね。」


「そうだな、ってケン、お前も名前とか言えって。」


「あ、そうすね。

 オジョウくん、俺は【兼澤詩郎かねざわしろう】ってんだ。

 ジンさんの次の年が俺だった、俺も姐さんにホント世話になってんだ。

 あ、【ケンシロー】って呼ばれてんだけどさ、名前とまゆ毛のせいなんだよ。

 叔父御世代の人たち皆に大ウケしたあだ名だよ。」


「でけー図体して『だよ』とか言ってんじゃねーよケン!」


「んじゃなんて言うんすかジンさーん、やめてくださいよー。」


ゴツ目の男とゴッツイ男がイチャイチャ仲良くケンカしている。


べりーさんがBLの扉を開きそうな光景だ。



 仲良し荒くれ男たちの会話を四宮がパンパンと手を叩いて止める。


「ほらほら、二人だけで喋らないの、お兄さんなんだからちゃんとして。

 オジョウくんとキリッチくんが困っちゃうでしょ?」


「なんだぁ? 【レン】!

 お前【きりっち】なんて呼ばれてんのか?

 早目に訂正した方がいいぞ?

 誰だよ? ンなけったいなあだ名つけたの!」


「【べりーさん】っス。」


「んぉ、お、おぉ。」


「ヤツが付けそうなあだ名っすねー。」


夜菅よすがの名前が出て明らかにトーンダウンした陣場と兼澤。


歳が近いっぽいので何かしらやり合ったのだろう。



「あっちの、お前の次の日来た女の子はなんてあだ名なんだ?」


「それもべりーさんス。【あにぃぃ】って呼んでました。」


「なんじゃそりゃ、あの【妖怪】の思考回路はわからんなー。」


「こぉら! 女の子を妖怪なんて呼んじゃダメ!」


陣場に注意する四宮、尾城も心の中ではいつも夜菅を妖怪扱いしている、男側からすると普遍的な感覚なのかもしれない。


そうしていると、泣き終えた鍵河が近付いてきて、ゴツイ男二人に声を掛ける。



「ジンさん、ケンシロウさん、買い出しお疲れ様です。」


「おう、カグラ、いつも花の世話サンキューな。」


「きっと叔父御おじごも喜んでくれてるからな。」


「うん、ありがとう、さくらもそう思いながらお世話してるの。」


荒くれどもも小さい女の子相手だと形無しのようだ。



 すると権藤がスルスルと荒くれたちに近付いていき、丁寧に挨拶しだした。


「あの、初めまして、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。

 私、先日よりお世話なっております権藤杏です、あにぃとお呼びください。

 前回私を歓迎してくださった際、

 途中で退席してしまい申し訳ございませんでした。

 これから皆さんのお役に立てるよう頑張りますので宜しくお願い致します。」


そんな権藤に対し明らかに動揺する荒くれたち。


「お、おぅ、そんな固くならんでも、な、よろしくな。」


「ジンさん、俺らってリッカねえさんをあねさんって呼んで、

 今度はこの子をあにぃって呼ぶんすか?

 俺らどんな立場なんすかね?」


「ンなこと言ったらオジョウもだろ! なんだよ男でお嬢って!

 てか本名か! あーワケわかんねーな!

 ケン! 仕事行くぞ! 雑草むしんぞ!」


「そっすね、無心で仕事しやしょう。

 じゃみなさん、また。」


荒くれたちは尾城らのあだ名におかんむりして去って行った、根本の原因はほとんど夜菅なのだが。



 去っていく二人をぼんやりと見送ったのち、尾城が口を開く。


「なんか、面白い人たちでしたね?

 いつもあんな感じなんですか?」


「そうだねー、いつもあんな感じといえばあんな感じかなー。

 そういえばキリッチくん、もうジンくんたちと仲良しなのね?」


微笑ましそうに話す四宮、彼女にかかるとみな園児扱いだ。


「仲良しつか、あの、食事とか、着る服とか、

 そういうの、ジンさんたちに教えてもらったんで。」


「キリッチ、さっきレンって呼ばれてたな、その方がなんかカッコいいな。」


「じゃあオジョウからべりーさんにそう言ってくれ。」


「あぁ、悪かった。」


尾城はふらふら揺れる夜菅が脳裏に浮かび即謝罪した。


「さく……ワタシはカグラって呼ばれるの嫌いじゃないよ?

 みんなそう呼ぶし、初代様もそう呼んでくれてたし。

 べりーさんがつけてくれたあだ名、ワタシ気に入ってるの!」


「あらー、カグラちゃんはいいこねー。」


四宮に褒められ照れる鍵河、その頭を撫でる四宮。


さっきからずっと変わらぬ光景が続く。



 いつまでここにいるのか、そう思い尾城は四宮に声を掛けた。


「あの、しのみぃさん、そろそろ次に行きませんか?」


「あ、そうね、じゃあ、ほらそこ。行こっか。」


そう答えスタスタと屋敷側に向かって歩く四宮。


首を傾げながらついていく新人たち、鍵河も最後尾で続く。



「ハイ着いた。あら、カグラちゃん今日のお花綺麗ね。」


「はい、きっと初代様たちも喜んでくれてると思います。」



 ここで、尾城は【花畑の意味】と、【カグラの仕事】の内容が理解できた。


そこには丁寧に整えられた【九つの墓】があった。


おそらく初代様たちの墓なのだろう、綺麗に切り出された石で出来ていた。


それぞれの墓には屋根が作られ、まるで神様をまつっているかのように感じられる。


それぞれの墓に花が飾られ、線香がかれた跡がある。


鍵河の仕事は【墓守】だったのだ、墓は花畑が見える角度に置かれている。


陣場と兼澤が先程花の世話を初代様が喜んでる、といったのはこのことだろう。


鍵河が墓の前にしゃがみ祈り始めた、四宮たちも後に続く。


しんみりとした気持ちになり、尾城もしばらく墓に向かい冥福を祈った。



「それじゃあ、しのみぃさんもみんなも頑張ってくださぁい。」


「はいはい、カグラちゃんも頑張ってねー。」


「カグラさんまた晩御飯の時に。」「お邪魔しましたー。」「あざっした。」


鍵河が手を振り見送ってくれている。


四宮と権藤が大きく手を振り応える。



 尾城は鍵河が泣いていた時、そのあざとさを疑ったことを心の中で謝罪した。


それと彼女を軽んじた見方をしていたことも併せて反省する。


心中はどうあれ彼女は一年以上この場所を一人きりで守ってきたのだ。


里の者にとって鍵河の仕事はとても重要で、神聖なものなのだろうことは容易く理解出来る。


尾城はぶりっこが苦手なため鍵河の言動は少々鼻につくが、実際に彼女は頑張っており、この一面の花畑を維持し続けているのだ。


やらない善よりやる偽善、そんな言葉が頭に浮かぶ。


そんな言葉が出ること自体、尾城本人が思っているよりぶりっこに対しての嫌悪感は根深く残っていて、どうしても鍵河への疑念は晴れないままなのだが。


果たして尾城が鍵河の言動を素直に受け入れる日は来るのだろうか。



「次の目的地はあそこ、木工小屋でーす。」


歩き始めてすぐ四宮が指差した先には、既に小屋が見えていた。


屋敷からさほど離れてない場所に、焼き物や木工などの作業小屋が点在しているのだろう。


火の取り扱いや騒音などの関係で、屋敷では出来ない作業なのだと考えられる。



次の場所には誰がいるのだろう、まだ挨拶してない人はいただろうか?


既に会っている人で何の仕事をしているか分からない人はいただろうか?



次の場所では泣き出す人が出ないことを祈りつつ、尾城は小屋に向け歩いていた。




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