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人は鏡の様なものだから  作者: 水下直英
『人と出逢い、過去と出遭う』
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巡る争い、輪廻の最果て


 四宮しのみや尾城おじょうたちに静かにするようジェスチャーして、滑るように移動し木の階段を音も立てず上がって行った。


『蛇みたいで怖い』と尾城は思ったが口には出さず、四宮の後を追って静かに階段を上り始めた。


その間に四宮は丸太小屋の入り口をズバーンと開けて中を見回していた。



「お邪魔しますよ! ピロきちさん!」



 四宮の後に続いて尾城たちが小屋に入ると、櫛灘くしなだが大きいビーチチェアのような椅子に座っており、奥では頭の高さに足を壁に当て逆立ちの様な体勢で腕立て伏せする陸奥原むつばらがいた。


四宮がそんな二人を見てつまらなそうに言った。


「あらぁ、さぼってお昼寝でもしてたら面白かったのに、

 トキコ様と吊し上げてやれたのになー。」


「なに言ってんだ四宮、ちゃんと仕事してるって。

 なんだよ、まだ昨日のこと怒ってんのか?」


四宮の言葉に呆れたように返す櫛灘、陸奥原は無言で腕立て伏せを続けている。


あれだけ筋力訓練したのにまだそんなことを出来るのかと、陸奥原の体力に尾城は普通に感心した。


尾城は脚力も腕力もだいぶ限界だ、歩くことは出来るが、腕や肩などは筋肉に乳酸が溜まっている感覚があり、充分には力が入らない状態だ。



 尾城が心の中で陸奥原の肩書に体力馬鹿の称号を加えていると、権藤ごんどうが四宮に質問をしていた。


「あの、しのみぃさん、ピロ……きちさん達は何をしてらっしゃるんですか?」


「ここはね、警戒小屋って呼ばれていてね、

 西側にある隣の領地から兵隊さんが攻めてこないか見張る場所なの。

 以前攻め込まれたことがあるから用心してるってわけ。」


「そうなんですか、でもお二人とも、見張りされてないようですが?」


権藤の疑問に櫛灘が答える。


「まぁ見た目はそう見えるだろうな。

 でも神通力で見張ってんのさ、

 遠くに不審な存在がいねーかどーかってな。

 俺はそこまで感知の神通力は強くねーんだが、それくれーは出来る。」


「そんなことまで出来るんですね、神通力って。」


「この里はムゾウの南西の端に当たる、現代日本なら世田谷あたりらしい。

 ここの南西には【ショウモ】って国がある、

 【ムゾウ】とは穏便な関係だ。

 十年ぐらい前までは戦争もあったがな。

 ムゾウはいま北西と東に兵隊を割いて警戒してる、雲行きが怪しいらしい。

 だから攻められる可能性の低いこっちは俺らが担当してる。

 ムゾウはそこまで大国じゃねーからな、助け合いだ。」


話の流れで尾城は昨日から思っていた疑問をぶつけてみた。


「このムゾウってどれくらいの規模の国なんですか?

 この里で戦闘するっていっても二十人ぐらいじゃないですか、

 神通力があるとはいえ、それって戦力になるんですか?」


櫛灘は尾城の質問に笑って答える。


「確かに普通に考えりゃたったそんだけで何が出来るって話だよな。

 ムゾウは石高五十万、兵数一万ぐらいかな。

 それに対して二十人ってなぁ? 笑っちまう数だな。」


「それじゃあ・・・」


「まぁ待て待て、ほら、みんな座って聞け。

 戦争ってのは大体がやりたくてやってる訳じゃねーんだ。

 平和に暮らせてるんならみんな現状維持が一番いいんだ、それは間違いない。

 ただ現実には凶作で食うものが足りなくなる、

 農家の二男三男らが職にあぶれて町で暴れる、

 土地が足りなくなって他の国が羨ましい、いろんな原因が重なる、

 その結果として国の偉いやつらが戦争しかねー、って結論になっちまう。

 極端な話、戦争すりゃあぶれ者含め人が死んで少なくなって、

 その分食うもんが他に回せて年が越せるようになるからな。」


「でも……、そんなのって・・・」


「現代日本は平和だったからな、

 食うものは溢れてるし職も紹介してもらえる。

 平和な世の中なら争い合う必要がねーしな。

 まぁ俺はこっちの世界で生きた年数の方が多くなっちまったからな。

 あの頃の平和な暮らしを忘れてきちまったとこもあるかも知れん。

 だけど死にたくねーってのはあっちもこっちも大差ねーだろな。


 そこでさっきの戦う人数の話だけどな、

 戦争になったって死にたくねーのは向こうの兵隊も同じだ。

 なのに極少数の俺らと戦って、

 俺らは全然死なねーのに向こうはどんどん死んでく。

 ありえねー距離からデカい石を投げられバタバタ死ぬ。

 知らねー内に陣地に入り込まれて大事な食料を燃やされる。

 誰が味方で敵かわからなくなって同士討ちを始める。

 指揮官の偉いやつらが気付いたら死んでる。

 そんなことになったらあっという間に下っ端たちは逃げ出すわな。


 俺がこの世界に来てから十九年か、

 最初の頃は戦争が多かった、ここ数年は全然ねーがな。

 凶作が無かったし、人が死に過ぎたってのもあるだろうな。

 東北の方はあの大地震で戦争どころじゃねーって聞いてる、

 田んぼや畑を再生させるのに必死らしいな。」



 櫛灘は静かな口調で話し続け、みな黙って聞いていた。


陸奥原も訓練を中断し、座って聞いている。


少しだけ口を閉ざし目をつむっていた櫛灘がまた口を開いた。


「せっかく争い事が無くなってきたってのに……、

 叔父御にはもっと長生きしてもらいたかった、本当にな。

 叔父御は……、俺らだって、人を殺したりしたくなかった。

 納得できねーことしてっからいつかバチが当たる、

 んなことを叔父御は言って・・・」


感極まってしまったのだろう、櫛灘はぐっとこらえる様に押し黙った。


気付けば四宮もまた、権藤に寄り掛かるようにして泣いてしまっている。


陸奥原も男泣きしてしまったようで顔を伏せている。



 尾城はこの世界に来て理不尽と戦ってきた先人たちを想い黙祷していた。


どれくらい時が過ぎただろう、そう長い時間が経ったようには感じない。


四宮が泣き止んだ時には既に櫛灘も平静を取り戻しており、表情を改め話し始めた。


「あと何か訊きたいことあるか?

 つーかお前ら何しに来たんだ?」


「あ、すみません。

 私たちが皆さんの仕事を知りたいって言ったら

 四宮さんが案内して下さって。」


櫛灘からの質問に権藤が答える。


「それでさっきの四宮の登場アレか、

 仕事の内容は……、もう言ったか。

 この見張りは交代制だ、まぁ年長者が順繰りだな。

 若い奴に横の櫓の上で神通力の訓練がてらやらせることもある。」


櫛灘はここで少し眉をひそめながら頬を掻く。


「あと俺の担当なんだが本当は伐採だ、

 三、四人で山に行って木を調達してた。

 去年叔父御たちがいなくなったんで、

 人手が足りなくて困ってるところだ。

 木工や炭やなんやかんや木は必要だ。

 あ、

 訓練場のそばの材木小屋は見たか?

 ストックしてたやつがだいぶ少なくなってる。

 お前らを鍛えて……って他の連中もいるな、

 仙太郎せんたろとトムと植井うえいあたりかなー。」


伐採の話の途中で四宮が櫛灘をめつけ、櫛灘は明らかに方向性を変えた。


昨夜の財前とのデュエルの話を聞いていたのだろう。



「あ、質問なんですけど、

 ムゾウの人たちってなんで俺らのこと【ホトケ様】って呼ぶんですか?」


尾城は昨夜気になっていたことを思い出し訊いてみた。


「あぁ、確かにムゾウの人は俺らをホトケ様って言うな。

 ありゃ昔っからだな、叔父御が最初来た時から呼ばれてるつってたな。

 なんでなんだっけな? お? 四宮知ってっか?」


「あらあら、ピロ吉さん、初代様が言ってたじゃない。

 【神通力】が使えるからでしょ。

 ムゾウの学者先生が調べたの。


 神通力って修行をした人が輪廻の最後に手に入れる力なんですって。

 私たちが知ってるブッダ様が使われていた力が神通力なの。

 その力が私たちの神通力と同じかどうかは分からないけど、

 だからムゾウの人たちは私たちをホトケ様と呼ぶのね。

 もしかしたらこの世界は

 輪廻の最後である【ニルヴァーナ】なのかしらね?」




その瞬間、



尾城は意識が弾き飛ばされるように上空へ向かったように感じた。



耳で聴くのではなく脳に響く、風のような轟音が吹き荒れる、まるで暴風の中にいるようだ。


すると微かに何か聞こえた。


しかし風の音でよく聞こえない。



耳を澄まし精神を集中させる、昼の訓練のときのように。



「こ・・・が・・・」



意識を鎮め体内のざわめきを消し去る


一瞬、風の音が止み、声がクリアに聴こえた



「ここが! ニルヴァーナか!」




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