緊張の自己紹介
「ようこそ、オジョウくん……でよかったかな。
苗字がオジョウなのかな?
まずは自己紹介、俺からしようか。」
そう言って気さくそうな男性は話し始めた。
「俺は【六平賢治】、
一応ここのみんなのまとめ役をしてる。
まわりのみんなは、まぁ後でおいおい自己紹介してほしい。
まずはオジョウくん、自己紹介どうぞ、
名前と年齢、出身地にあとは……趣味とかかな?」
六平の発言の【趣味】のところで周囲から小さな笑い声があがる。
周囲の雰囲気とは裏腹に尾城は緊張していた。
高校入学時の最初のホームルームでの自己紹介も緊張した、こういうのは苦手なのだ。
普段ふざけてばかりいるが、大人数の前だとガチガチにアガってしまう小心者と自覚している。
「しっぽの尾、大阪城とかのお城の城、でおじょう、尾城玄治です。
十六歳です。葛飾区亀有出身です。趣味は……特にありません。」
数秒の沈黙のあと、パチパチとまばらな拍手があった。
『オカダカズチカかよ』と小さな呟きが聞こえた気がしたが気のせいかもしれない。
場の空気が冷えたように感じるのも気のせいであってほしいと願った。
六平が尾城をフォローするようにのんびりした口調で話をし始めた。
「自己紹介って難しいよな、
ウケ狙いすると大きくスベるし、無難にすると記憶に残らないし。
ちなみに俺はこの中で最年長の三十八歳、東京都三鷹市出身、
趣味はスポーツ観戦だった。」
「はぁ、【だった】?」
「そう、今はスポーツを観ることができないから。」
「え、何でですか?テレビ壊れたんですか?」
「そうじゃない、【この世界】にはスポーツが無いんだ。」
「この……世界?」
六平と尾城のやり取りに周囲の男女は笑顔無く沈黙する。
尾城はシリアスな空気を感じ取り、六平の次の発言を待つ。
「尾城くん、ここは日本じゃない、全然別の世界なんだ。」
何かそんな気はしていた、と尾城は考えていた。
外で遠くを見てもビルが見えず、木と山しかない。
近代建築の欠片も感じられない建造物たちにはガラスもない。
まわりをぐるりと見ても手作り感満載のものばかり。
先ほど洋服に違和感を感じたのはそこだ。
同じように見える服も手作りだから細部が違ってくるのだ。
尾城はショックの為か少し頭痛を感じこめかみを手で押さえうめく。
「あぁ~、そうなんですか~。」
「あれ? 信じてない?」
「いやいやいや、ん、まぁ、もうほぼ信じてます。
マッパで土の上で目が覚めてからまるで現代な文化を感じないし。」
「ん、そうか……。
まぁ信じられなくてもいずれ信じるようになるさ。」
「はぁ、で、ここは何なんですか? 昔の日本ですか?
みなさん俺と同じ状況なんですか?」
尾城は少し焦ってしまい矢継ぎ早に質問してしまう。
六平は苦笑いをしながら答える。
「うん、尾城くん。
ゆっくり答えるからゆっくり考えて理解していってほしい。
とは言っても俺たちも正解は知らないんだ、
こうじゃないかな、って推測が多い。
これから先も正解は出ないかも知れない話ばかりかもしれないよ?」
『前置き話が好きな人なんだな』と尾城は六平の印象を構築していた。
「尾城くん、俺たちは全員きみと同じ状況でこの世界に来た。
十六歳か十七歳ぐらいの時、東京で記憶がなくなり、
気が付いたらこの世界にいた。
この世界は昔の日本に似てるけど違うところも多い。」
ここで六平は言葉を切り、尾城の様子を確認してから続きを話した。
「地形は確かに日本に似てるんだ。
でも現代日本に比べたら文明は未発達で生活は不便そのものに感じると思う。
夜なんて真っ暗過ぎて最初はビビると思うな。
でも星空はすごいぞ、今晩見てみれば?
あと見てわかると思うけど現代風の服は俺らの手作りなんだ。
俺らでいう和服は存在してて、普通に町で売ってる。
あとは~、ん~、
ま、生活し始めればいろいろ不便を感じまくるから覚悟して欲しい。」
「ちょっと! ロクさん!」
「ん? あ、あぁあ、でもほぼ日本だからおにぎりは美味いよ、
結構魚も獲れるし、あはは。」
六平の横にいた女性が何やら注意を促し、六平は少し挙動不審になる。
最初は緊張していた尾城だがやや自分を取り戻し始め、状況把握に努められるようになっていた。
『なんだ?
ここの生活に覚悟がいるとかいう所を注意されたのか?
俺をこの共同生活に引き込もうとしてるっぽい?
だから悪印象にならないよう注意した?
でも状況がまるでわからない状態の俺は……、
一人では生きてけないよなぁ、マジで。
やっぱこの人たちにしばらくお世話になるしかないのかなぁ。
はぁぁ・・・』
尾城の内心の溜息には気付かないまま六平は話を続けている。
案内してくれたキツい感じの女性は、興味深そうな表情で尾城の観察をしているようだ。
「海がそんなに遠くないんだけどさ、
あの向こうにはハワイとかアメリカ大陸があんのかなぁ?
でも外国は存在自体聞かないんだよなぁ、
旅商売してる人に聞いても全然だし。
でもまぁ言葉とか文字に端々で影響は感じるから
たぶんアジアは存在はしてると思うんだけどな。」
六平は独りで勝手に納得してウンウンと頷きながら話していく。
「で、この日本に似た国の名前は【ワノクニ】っていうんだけどさ、
俺たちが歴史で習った【倭】とは別物らしい。
卑弥呼様もいないしな。
その中には領地があってそこを治める【御館様】たちがいる、
【戦国時代】みたいだ、って印象かな。」
ここで周囲に少しだけザワリとした雰囲気が生まれた。
尾城は違和感を覚えたが、口を挟めず黙って話に耳を傾けた。
「ここは日本では東京に該当する土地のようだ、
この地域は【ムゾウ】の国と呼ばれている。
話す言葉は【東北訛り】の日本語に近いんだが、
彼らには俺たちの標準語があまり通じない。
江戸時代舞台の時代劇の中に放り込まれた気分だよ、言葉以外。
ここまでいいかな?」
「はい、あ、ロクヒラさん、質問いいですか?」
尾城の問い掛けに六平は笑顔で顔を縦に振る。
「このワノクニって王様は居ないんですか?
王様じゃなくても将軍とか天皇陛下とか、
この世界の指導者的存在の人は?」
尾城としては争いのない世界であって欲しい気持ちからの問いだった。
日本全域がなにかしらの王様的な存在による絶対統治をされているならば、それなら戦争も起こり得ない。
「天皇陛下はいないみたいだなぁ、王様とか将軍も聞いたことないし。」
「ちょっとロク。
【いない】じゃなくて【いらっしゃらない】でしょ?
ちゃんと言葉は正しく使いなさいよ!」
「細けぇなぁトキコ。
尾城くんが困っちゃうだろ?
いまは分かり易く説明するだけから!」
『先ほどゴサクさんを怯えさせた女性は【トキコ】さんというらしい。
ロクヒラさんは三十八歳と言っていたが三十歳ぐらいに見える、
もしかしたらトキコさんも?』
そう考えた一瞬、トキコと目が合うがすぐに逸らし、六平の方へ向き言葉を紡いだ。
「じゃあこの世界に来た日本人はムゾウの国に保護されてるってことですか?」
「【保護】……とは少し、いやだいぶ違うな。
俺たちは傭兵部隊というか特殊部隊というかそんな感じなんだよ。
なんつったか……相互扶助ってやつでさ、
共同体の生活保障を国側から・・・」
「ロク! それじゃわかんねーだろ!
俺ぁ聞いててわかんねーぞ!」
「うるせーよピロ! じゃあお前が説明しろよ俺たちのこと!」
『今度はクシナダさんがクレームか、ロクヒラさん大変だな。
つーか傭兵部隊てなんだ? 戦うのか?
え、もしかしてここにいたら俺も戦うの?
やっぱ戦争あるの?
戦国時代みたいって言ってたよな?
マジで? え? マジで?』
「よしオジョウ! 俺が説明するぞ!」
わずかの時間の話し合いで櫛灘が開き直ったらしい。
ゴツイ顔に笑顔を貼り付け説明を始めた。
「俺たちはこの世界に来た時に色々身体が変化している。
力が強くなり感覚が鋭くなり体重が増えたり、
ウンコしなくなったりジャンプ力があがったり、
え~と、性欲も消えたな。あとなんかあったか?
あとで周りのやつらからも聞け、な?
まぁいろいろ変わった、もしかしたら人間じゃなくなったのかも知れねー。
ムゾウの国に住む人たちは普通の人間だ。
俺たちが日本にいた頃とほぼ同じ人間だ。
ムゾウ以外の国の連中も普通の人間だ。
そしてムゾウとそれ以外が戦いになることもある。
戦いになったら俺らはムゾウに味方する、べらぼうに強い。
身内に全く死人を出さず勝てる。
だからムゾウの偉い奴らは俺らにこの里での自治を認め、
戦いの時に助力を願う、てわけだ。」
結構早口でベラベラと櫛灘は捲くし立てたが、尾城は全て理解出来ていた。
そして衝撃を受けていた。
「え? ウンコしない? 人間じゃない?」
周囲の男女も沈黙を破り話し始める。
「やっぱそこ引っ掛かるよなー。」
「自分が人間じゃないかも、ってショックだよね。」
「私は性的欲求の消失が一番ショックだった、
生きる意味無くなった気がしたもん。」
「そうかもなー、俺も金玉無いのわかったとき激ショックよ。」
周囲の声に尾城は血の気が引いた。
先ほど【縮み上がっている】と思っていた男性器はもしや……。
そっと服の上から触って確認してみる。
……アレが無い、そして小さくなってる、かなり。
「あぅふぇ」
訳の分からない呼吸音が口から無意識に漏れ出て椅子からずり落ちうずくまる。
「オラ! お前ら静かにしろ!
俺の説明が途中だろ!
尾城も立て!」
「まぁチンコはもう立たないけど、アハー。」
「ほっしー黙ってろ!」
周囲からの軽口に対し櫛灘が怒鳴りつける。
そしてうずくまる尾城に近付き、両脇の下を抱えて強引に立ち上がらせると椅子にドッと座らせる。
そして尾城の肩にバシッと片手を置き、櫛灘は男臭い笑顔で激を飛ばした。
「尾城! 大丈夫だ!
金玉無くなったけど筋力は上がってるぞ!
屋根より高くジャンプできるとテンション上がるぞ!」
「それ着地の時マジ足痛いけどなー。」
「だから黙ってろってのホッシー!」
頬杖してチャチャを入れてくる軽そうな男性はホッシーと呼ばれているようだ、あだ名だろう。
横浜のプロ野球チームにそんなのがいたようないないような。
「尾城くん大丈夫だよ、
ここにいる男たちみんなタマ無しなんだから、いっしょいっしょ。」
能天気そうな女性が慰めを言ってくれてるが、もしかしたら馬鹿にされてるのかもしれない。
「女も子宮が無くなって卵子が無くなったからタマゴなしでタマ無しだよ。」
穏やかそうな女性が慰めを言ってくれてるが、ふざけてるだけだったらどうしようと悩む。
うわーカオス、と尾城はワイワイ騒ぐ周囲を見回す。
「アンタたちうるさい!!
騒いでるヤツ外出ろ!!」
ここで、イライラしていたトキコがいよいよブチ切れてしまい、周囲に緊迫した空気が流れた。
「はいはいお前らもうやめー!」
そして六平がなんとか場を鎮めていく。
フーッと息を吐いた六平が尾城に向け笑顔で問い掛ける。
「尾城くん、なんとなくぼんやりとは理解できたかな?
ゆっくり分かっていけばいいよ。」
「六平さん、あの・・・」
「どした?」
「あの、日本に……、【元の世界】には帰れないんでしょうか?」




