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モーションクラス 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うーむ、本の中だとどうしても極端だよなあ。

 いやね、このモテモテ男子な描写を見ていたんだけど、あまりに相手がひっつき過ぎじゃん。

 次から次へと、空港帰りのスターを待ち受けている報道陣みたいにさ、次々異性がやってきて途切れることなし。磁石かなんかを、お互いに持っているんじゃないかと思うくらいだよ。そうでもしないと話の展開が続かないせいかもだけど。


 一時期はフィクションの中にあこがれたこともあったさ。波乱万丈続きだから。でもそれって、単に退屈な日々をカットして、イベントがあるときだけ抜き出しているからって気づいてから、複雑な気分なんだよ。

 たいてい、現実は平穏無事な時間が続くじゃん? それに慣れると、つまらなさが増してくるじゃん? どうにか早送りなりスキップで、大事なイベントだけ起きて欲しいと思うこと、こーちゃんにはないかい?

 そうお兄ちゃんに尋ねてみたら、むずい顔をされたよ。「退屈な日々が多い方が、いいと俺は思う」ってね。

 そのときに聞いた、きっかけの話。こーちゃんも耳に入れてみない?



 兄ちゃんが中二にあがって、数カ月が過ぎた二学期ごろのこと。

 ぼちぼち夏の日焼けも落ち着いて、肌が元の色を取り返し始める。そのせいなのか、涼しくなり始めた風が、身体にしみとおるような気持ちよさでね。休み時間とかのすき間を見つけては、窓際でたそがれるようになっていたとか。

 そうやって窓枠越しに外を眺めていると、不意に「ととと」っと自分の隣へ駆け寄ってくる足音がする。上履きの踏み具合からして、体重の軽い女子のものだ。


 最初は自分に近づいてくると、兄ちゃんは思わなかったらしい。たぶん、後ろを通っていくんだろうと。

 それがどうだ。足音が止まったのは、自分のすぐ隣。そして一秒と数えない間に、また「ととと」と戻っていく。

 そっと振り返ってみると、教室の出口側でこちらに背を向け、そばにいる友達にぽんぽんと肩を叩かれている女子の姿がひとり。確か去年も同じクラスになっていた女子だったっけか、と兄ちゃんは思う。


 第一印象は、とにかく不審。

 去年、彼女とは同じ班になったことは何度かあれど、そこまで話したことはない仲だ。一学期だって、目立った交流はしていない。

 変な奴、と思いつつ、その場はスルーしたんだ。



 だがそれからというもの、兄ちゃんがたそがれているうちの、一日一回は彼女が来襲してくるようになった。

 話しかけたり、接触してきたりすることはない。「ととと」っと寄ってきて、「ととと」っと帰っていく。そして教室入り口で待っている友達に、なぐさめられるような格好を見せる。

 しかも、こちらが気配を察して事前に振り向くと、「わひっ」とばかりに急ブレーキ。顔を真っ赤にしながら教室外へ撤退、待ち受けている友達もその後に続く。

 なにがなんだかわからん、と兄ちゃんが友達に相談すると、その場でヘッドロックをかけられた。


「ばっか、おめー! それはモーションかけられてんだ、モーション」


「も、モーション……ストーカーされてるってか?」


 ぐぐぐっと、締まる力が増し、思わず腕をタップタップする兄ちゃん。


「おめーにホレてんだよ、ホレてんの! 漫画で見たシチュエーションに似てるんだ。まず間違いない」


「ふぁ!? いやいや、アリエンティーだろ? そんなの。漫画にかぶれすぎだ。

 さっきも話した通り、特別な経験なぞ、経てないぞ俺ら? 吊り橋効果のひとつもなく、ホレるなんざ考え難い……」


「おめーもおめーで、ずいぶんとかぶれた考えだな、おい……。

 とにかく、俺たちヤローと女子連中は、いろいろ違うんだ。基準もスイッチも。

 疑うなら、おめーからアクション起こしてみろ。話しかけるとかでかまわん。しっぽを掴みたかったらな」



 それから兄ちゃんは、普段の時間からも彼女に声をかけるも、そのたび彼女は一瞬きょどるや、頬のあたりを赤らめてから話し出すんだそうだ。

 友達の線も、まんざら的外れというわけでもないらしいが、兄ちゃんは慎重だ。

 絶対に、何かしら策略があると踏んでいたらしい。兄ちゃんは、彼女が自分にホレたのであれば、その原因がはっきりわからないと納得できない。

 かといって「なあ、お前は俺のどこにホレたん?」みたいなセリフは、つきあってない奴がほざくと、調子こいてる青天井な気もして、バカの極み。


 ――勇み足はあぶねえな。じっくりじっくり。



 今しばらくの観察に徹する兄ちゃんが、やがて気づいたこと。

 それは彼女がここのところ、毎日給食合戦に参加してくることだ。そしてめちゃくちゃじゃんけんが強い。

 勝率は9割をくだらず、人気のないおかずすら総なめにする、見事な食いっぷりだったという。一学期では見たことない食い意地の張り方に、兄ちゃんは舌を巻いたらしい。

 そして彼女は、おそらく太った。この一カ月で。

「ととと」と聞こえていた足音は、明らかに「だだだ」と形容した方がいい。見た目に分かるほどじゃないが、どうして俺にこうも寄ってくる……?



 とうとう兄ちゃんは、思い切った策に出た。

 自分が帰るまで、彼女は帰らないことを、ここしばらくの観察ですでに悟っている。ゆえに教室へわざと残り、みんながいなくなるのを待ったんだ。

 そして例の窓際へ。外を眺めていると、やがて「だだだ」と彼女が迫ってきた。

 隣あう瞬間はわずか。そこまでひきつけて、うまく話を切り出せるだろうか。よそ見しながら集中していた兄ちゃんだけど、意外な行動に不意をつかれてしまった。



 彼女がいきなり、ぎゅっと自分の腕に絡んできたんだ。

 強く身体に押し付けられ、不意打ちにどぎまぎする兄ちゃんだけど、次の瞬間にはふっと腕が軽くなったらしい。

 そのときの彼女の様子を、兄貴はいまも忘れられずにいる。

 彼女の背中越しにある、ロッカー横の掃除用具入れ。きちんとしまっていたはずのそれの口が開き、彼女の全身を締め付けるように、モップの先を思わせる長い触手が伸びていたのさ。

 これまでの彼女がそうだったように、あっという間に引っ込んだ触手と、それを呑み込んで口を閉じる掃除用具入れ。


「よかった、間に合った」


 そうため息をつく彼女が兄ちゃんに話したところ、あの掃除用具入れが数年に一度お腹を減らす時期が来ていたということ。

 ほうっておくとひどい被害が出るから、自分がものをたくさん食べて、あれに捧げるようにしていたこと。そして兄ちゃんのまとうものが、「味付け」に最適なものらしく、ここまでよく近づいていたことを話してくれたそうなのさ。


 彼女とはそれから数年間、兄ちゃんとは縁があったらしい。

 どこまで本気で、どこまで打算か、いまでも判断しかねるってね。


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