第38話:ムスターハ英雄学園剣術科
「何故なら、俺は自らの意思で魔王ルグルガーラに力を貸しているのだからな」
昨日の放課後、勇者から放たれた一言が、何度も頭の中で反響する。
勇者ブランドが去った直後、ムスターハに尋ねてみたが、やはり、ブランドを操るような魔法・魔導具・遺物、そう言わせるように刻まれたルーンなどの気配は感じ取れなかったという。正真正銘、ブランドが自らの意思で殺戮と強奪を繰り返しているという証拠である。
(何故、父さんは、そこまでしてルグルガーラの側に付きたがるんだ……?)
何か弱みを握られてていて、無理矢理やらされている?
それとも、魔王軍に味方だと思わせておいて、後から裏切る作戦?
本当に自らの意思で、心の底からルグルガーラの野望の成就を願っている?
いずれにせよ、分からないことだらけだ。
顰めた顔をしながらパンを齧っていると、
「どうしたんだいアレク君?何かあったのかい?」
がたり、と椅子を鳴らしながら、スィムが正面に座る。
「どうしてそう思った?」
「アレク君、気取ったような仕草をしているけど、結構顔に出るタイプだからね。私じゃなくても分かるよ」
少しだけ早い時間に起きたため、エントランスには二人を除いて誰もいない。
磁器のカップに注がれた紅茶を一口嗜みながら、トレンチコートの女性は口を開く。
「私には、寮母として学生たちがちゃんと生活できるように、状態を整える役割だってあるんだからね。悩み事があるんだったら、遠慮なく相談してくれてもいいんだよ?」
言えるわけがない。
言い出せるような情報ではない。
口を閉ざすことしかできないアレクは、パンを静かに咀嚼する。
「……なるほど。私たちに相談して解決するような問題でもない、ってことかな?」
「何でも分かるんだな」
「私が質問したところで黙っちゃったら、肯定しているようなもんでしょ。私、これでも探偵なんだからさ、こういうことには人一倍敏感なんだよ」
右手で鍔を持つと、探偵帽の位置を正す。
「誰かに話しちゃった方が楽になるかとも思ったけど、ま、話せるような事柄じゃないなら仕方がないね」
アレクだって、本当は吐き出してしまいたいのだが、世界中で知らないモノがいないほどの英雄・勇者ブランドが、世界の裏側ではその肩書を利用して、悪逆非道の限りを尽くしていると知ったら、学園中が混乱に陥ることが予想できないほど、アレクも間抜けではない。
それに、
「やぁ、アレク君。君はいつも、寮の中では早起きだね」
「よぉアレク。まさか、オレと同じで早く目が覚めちまったのか?」
寮にいるモノたちを危険に晒すわけにはいかない。同じ階であるために鉢合わせたのか、肩を並べて降りてきたロレンとアルガシアに会釈をする。
「……って、アルガシアさんは、オレに合わせて起きる必要はなかったんじゃないんですか?!崖登りに慣れている分、こんなに早い時間に起きることもないでしょう?!」
「僕は、女神様に祈禱するのを日課にしているからね。少し、近くの教会まで行ってくるよ」
「朝飯も食べずにですか?!信心深いですねアルガシアさん!!」
「いやいや。僕と同じように女神崇拝をしている人々は、みんな毎日こんな感じだよ?」
井戸で顔を洗うために外に出るロレンと、教会まで行くアルガシアが並んで外に出るのを静かに眺めている間、自然と会話が止まる。
やがて、ぱたん、と扉が閉まる音が聴こえた頃合い、
「私の超常的な勘では、さすがにアレクくんの悩んでいることまでは分からない。でも、これだけは忘れないで」
がたり、と音を立てると、ゆっくりと腰を浮かせると、
「困った時に悩みを聞いてくれる人は、この寮――いいや、この学園にはいくらでもいる。担任の教師でもいいし、学園長でもいい。一人で抱え込み過ぎちゃうようなら、遠慮なく誰かに頼ってね」
トレンチコートの裾を揺らしながら、角を曲がって自室へと消えた。
「……だから、それができないから苦労しているんだよ」
誰にも話すことができないというのは、こんなにももどかしいものなのか。
嚙み千切ったパンの欠片を嚥下した後、アレクは独り言ちる。
☆★☆★☆
「――剣術科を選んでくれた諸君。――ありがとう。――まずは、礼を言わせてもらおう」
全身をハードレザー並の重装備で覆い、男か女か、人間か獣人かも分からない教師・バルニが折り目正しく頭を下げる。
「――早速、模造剣を握っての打ち付け訓練をしたいところだが、剣を握るには、まずは剣に関する知識から。――最初の数日間は座学によるものになるが、これは、どの学科でも同じことだ。――諸君には少し辛抱してもらおう」
「ちぇっ。だってよアレク。どうりで剣術の選択学科なのに、集合場所が空き教室なわけだぜ」
隣の席で唇を尖らせながら、ロレンが不貞腐れる。
「――そして、剣術科では、ただ剣に関する知識を学ぶだけではなく、剣を始めとした、戦斧や鞭の手入れの仕方などについても私が教える。――他の学科の仲間が持つ武器が破損した時に、手入れをする技術も学んでもらう」
金属と金属が擦れ合う音を鳴らしながら背中を向け、黒板にチョークを走らせる。
「――さてまずは、最も汎用性の高い剣・ショートソードの各部位の名称についてだ。――布類などを斬る時や護身用に、一人一本は持っているだろう?――まずは、自分が持っているショードソードを出してもらおうか」
鞘に収まったままのショートソードを机の上に置くと、アレクは窓の外を一瞥する。
空は魔法によって天候や明度がコントロールされているため、いつも昼間のように明るいのに、表面を焦がすような暑さはない。
(強くなるんだ!!)
繋がった同じ空の下、今現在でもブランドは殺戮を繰り返し、ルグルガーラは侵略行為を進めている。
そうはさせない。
そうするためには――。
(もっと剣術の腕を磨いて、もっと強くなるんだ!!)
膝の上で静かに拳を握り締めながら、アレクは心の中で誓う。
この、ムスターハ英雄学園剣術科で――。




