11.村を守る者たち
レイトと魔獣が戦闘を繰り広げている一方で、ベスティアとメイルは櫓の上から村に近づく魔獣がいないか監視を続けていた。
「す、凄いわねアイツ……! ほんとに一人で魔獣の群れと戦ってるわ……」
「レイトはこの村で一番強いですからねー。大人もみんな、レイトに頼ってますもん」
そう話すメイルの瞳が、少しだけ曇っていることにベスティアは気付いた。
そもそもベスティアとメイルは互いのことを殆ど知らないまま、間にレイトを挟んで成り行きでこの状況になってしまっている。
そう、シンフォニックワーズをプレイ済みのベスティアでも、メイルのことは何も知らないのだ。
メイル・モカモットという少女は、シンフォニックワーズ本編には登場しない――狂奔の犠牲となってしまうために。
「レイトがたった一人でも戦おうとしてるのは、メイルがいるからなのかもしれないわね」
ベスティアは思ったことを素直に口に出した。
この村で初めて出会ったレイトは、ベスティアが知る『レイト』とは大きく違っていた。魔獣によって生まれ故郷を滅ぼされた『レイト・スウォンド』は誰にも心を開かず、ただひたすらに強さを追い求め、魔獣への憎しみを募らせていた。だが『レイト』も、故郷にいたころはレイトのような少年だったのかもしれない。それがあれほどの変貌をしてしまうということは、それほどこの村が――家族が、メイルのことが、『レイト』にとっては重要だったのだ。
だが、ベスティアの言葉を聞いたメイルの表情は暗い。
「……レイトは、あたしにも、それどころか家族にもずっと何かを隠してたんです。でもレイトは嘘が下手だから、みんな何かがあるってことだけは気付いてて……それが何なのか、いつか話してくれると思って待ってた。でもベスティア様には、あたしたちに黙ってたことをいきなり話したみたいで……なんだかあたし、いきなりベスティア様に負けちゃった気分なんです。レイトが今頑張ってるのも、あたしたち村のみんなのためじゃなくて、ベスティア様のためじゃないかって……そんなこと考えちゃって」
(……そりゃそうよね。私も前世の話なんて喋ったのはレイトが初めてだし。私もレイトも、初めて同じ境遇の人間に会えてはしゃぎすぎちゃったみたいね……)
レイトとベスティアの二人だけの秘密があるという事実が、メイルの心にショックを与えていた。このとき、メイルの聡明な頭脳はそれまで様々な書物を読んで得た知識とレイトとベスティアの会話の端々から情報を繋ぎ合わせ、ある推論を立てていたのだ。
「レイトとベスティア様は初対面のはずなのに、ずっと昔から二人だけが知ってる秘密がある……もしかして二人は……前世で結ばれていた、『運命』の恋人なんですか……!?」
「恋人……!? いやいや、それはないから! メイル、あなたちょっと勘違いしてない!?」
「だってだって、二人でこそこそとナイショの話をして、あたしが首突っ込まなきゃ二人だけで魔獣と戦うつもりで、そんなの絶対怪しいじゃないですかー! うぅ……」
はぁ、とため息をこぼしたベスティアだった。メイルがレイトに好意を寄せていることくらいは会ったばかりのベスティアにも伝わってきた。だがメイルの態度がやけに直接的でベタベタしているように見えたのは、ベスティアとレイトがただならぬ関係になってしまうのではないかという可愛い嫉妬心故のものだったか。
「ええとね、メイル……私とレイトの関係については話せば長くなりそうだからまた今度にさせてちょうだい。でもこれだけは信じて。私はレイトのこと、なーんも思っちゃいないわ。というか、メイルがアイツのこと狙ってるっていうなら応援するわよ」
「えっ……ほんとですか、ベスティア様!」
「マジよマジ、大マジ。だってアイツ、『攻略対象』じゃないし――」
と、そのタイミングで。ベスティアとメイルの二人は、同時に数体の影が村へ向かってきているのを確認した。レイトが討ち漏らした魔獣だ。このまま放置すれば村の被害はどんどん大きくなるに違いない。
「メイル! 来るわよ!」
「――任せてください、ベスティア様! さっきまで何も喉を通らないんじゃないかって心配してたけど……今ならなんでも美味しく食べれちゃいます!」
「――? え、今、食べるって言った……?」
きょとんとした反応のベスティアの横で、メイルは持参していた包みを開けた。その中に入っていたのは、レイトに持たせたのとはまた違う料理の数々。
メイルはその中の一品をつまみ、口に運んだ。もぐもぐと咀嚼し、味を噛みしめる。
メイルが選んだのは、刻んだ香草を果汁に漬け込んで作る香り豊かなドレッシングソースがたっぷりとかかったサラダだ。一口頬張るたびに香草の刺激的な香り、すっきりとした果汁の甘み、新鮮な野菜の瑞々しさが口の中に広がっていく。
「くぅ〜っ! 『高原に吹く風のような、爽やかな香り』……いくらでも食べれちゃいそう♡」
その瞬間、メイルの周辺に巻き起こったのは渦を巻く風。
「せーのっ……えいっ」
やや気の抜けた声とともに、魔獣たちを指差すメイル。すると、メイルの周囲で渦巻いていた風が突風となり魔獣めがけて吹いていく。
突如巻き起こった風に魔獣たちは不意をつかれ、吹き飛ばされる。指向性を持った風が、魔獣たちを一箇所にまとめあげた。
「さてさて、続きましては……うぅっ、辛い〜!! 『とにかく辛い! 熱い!』」
「あっ、メイルがさっきから食べては撃ってるの……『味覚魔法』なのね!?」
メイルの味覚に連動した魔法が、今度は火球の形となった。メイルが辛さを知覚するために食べた【鳥肉のマグマ焼き】の個数と同じ五つの火球が、突風によって集められた魔獣の一群へと襲いかかる。一つ一つの火球に込められた魔力熱が、魔獣の肉体を焼いていく。
「凄いわメイル! これなら魔獣がいくら来たって……」
「……けぷ」
「倒せ……る…………?」
「すみませんベスティア様、あたしもうお腹いっぱいかもですー。辛いの苦手なのに、無理して食べちゃったし……」
歓喜の色に染まっていたベスティアの表情が、一瞬で凍りついた。そう、『味覚魔法』は食事によって呼び起こされるイメージを媒介に発動する魔法だ。故に、術者が満腹になってしまえばそれ以上の発動は難しい。メイル、ここで無念の満腹宣言である。
「ど……どどどどうすんのよっ! 今来てたのは倒せたみたいだけど、これ以上来ちゃったら……って、そう話してる間にまた次のがっ!」
「うーん、やっぱりあたしたちだけじゃ無理だったみたいですねー。仕方ないなー、ここからは『みんな』にも手伝ってもらいますね」
言ってメイルは、懐から一つの包みを大事そうに取り出した。そっと包みを開くと、中から出てきたのは美しい球状の物体。メイルはそれを手に取り、まじまじと眺める。
「あ……! もしかしてそれって、王都で一番人気のお店の飴菓子……!?」
「おお、さすがベスティア様、お詳しいですね! そうです、あたしがこの世で一番好きな食べ物です。……滅多に手に入らないので、大事に取ってたんですけど……食べちゃいます。あ、そうだ。耳、塞いでおいたほうがいいですよ!」
「……耳?」
メイルの言葉の真意がわからないまま、とりあえず言われた通りに両耳を両手で塞ぐベスティア。
その姿を確認したメイルは、大きく深呼吸して、一息に飴菓子を頬張った。
言葉にならないほどの幸せが、メイルの口の中で踊る。舌でころんと転がすたびに、メイルはこの世界に生まれ、この菓子に出会えたことに感謝する。
神様、どうもありがとうございます――その感謝を、言葉ではなく行動で表す。この思いが、祈りが、神様にも届きますようにと、両手を広げ、高らかに打ち鳴らす。
メイルの柏手が、ぱぁんと村中に響いた。
◇ ◇ ◇
モカレット家では、今もなおベスティアの父とメイルの父の酒宴が続いていた。
話題は尽きず、話のギアが更に上がろうかという頃合いに――二人の耳に、ぱぁんという音が届いた。
「……? モカレット殿、今の音はいったい?」
「――申し訳ありません、ジェルワース様。宴はここでお開きにさせていただきます。寝床は妻に準備させますので、ごゆっくりとお休みくださいませ」
音を聞いたメイルの父の表情が一変し、酒宴は途中で打ち切られることとなった。
急な態度の変化を不審に思ったベスティアの父ダンザスはその理由を尋ねる。
モカレット家の家長にしてアワキラの村の顔役である男は、こう答えた。
「今の音は合図なんです。そして、号令でもある。村と家族のために、武器を取れ――というね」
◇ ◇ ◇
森を抜けた魔獣たちは、しかし村内に侵入することは出来なかった。メイルの合図を聞いた村中の男たちが即座に準備を整え、防衛線を作ったのである。
レイトによって頭数を減らされていた魔獣たちは、個としての暴力を発揮する前に人間の知恵と数によって次々と討伐されていく。個体性能では敵わない魔獣に対して必ず多対一の状況を作り、魔獣に行動させることなく瞬時に倒していく村人たちの手際の良さは、一朝一夕で身に付くようなものではない。
「……ねぇ、メイル。この村の人たち、お父様が雇ったプロの護衛たちよりも強いように見えるんだけど……!?」
「これもレイトのおかげですよー。レイトが『もっと強くなるんだ』ってそこら中の大人たちに勝負を仕掛けるようになっちゃって……大人も面白がって相手をしてたら、いつの間にかみんなどんどん強くなっちゃって、今じゃみんなで訓練するのが日課になっちゃってますからね」
訓練のたびにメイルが特製料理を差し入れしていたことも、村の面々の成長率アップに多大な影響を与えていた。斯くしてアワキラの人々は、多少の防衛ならば自前でまかなえる自衛団を結成していたのである。ちなみに団員にはレイトがレシピを考案した糧食を配布済みで、戦闘前に一口食べるだけで戦闘に関わるステータスが二割増しになっている。
「……もしかして、私がいなくてもどうにかなっちゃってたりした? コレ……」
「いえいえ、さすがにそれはないと思いますよ。村でも前兆を感じて色々準備はしてましたけど、これだけの対応が出来ているのはベスティア様の予言のおかげでレイトがすぐに動けて前線で数を減らせてるからです。もしも初手の対応が遅れて魔獣全てが一気に押し寄せてきていれば、あの防衛線もあっという間に突破されてたでしょうね」
そして、狂奔の終了条件の一つである『時間経過』もクリア出来なかっただろう。見れば魔獣の攻撃に傷つき後衛に回る者、バフが切れて苦戦する者など、長時間の防衛は難しそうだった。となれば、もう一つの終了条件である『ボスの討伐』を成功させるしかない。
「頼むわよ、レイト……! アンタに私たちの命が懸かってるんだから!」