転属
マディーナ王国の首都『レトナーク』。そこには大勢の人類が暮らしている。
そこにある立派な建物。玄関には『レトナーク中央病院』と書かれている。
そしてその中の一室では、ふたりの男性による話し合いが行われていた。
「いい加減諦めろ。すでに書類手続きは済んでいる」
「おかしいだろそれ!? なんで俺が気絶してる間に、そんな面白れぇことになってんだよ!!」
「貴様が1週間も寝ていたからだろう」
「好きで寝てたんじゃねーっての!」
なにやら言い争っている様子のふたり。
片方は硬質のプロテクターのような黒肌をした、アリのバグズ(昆虫人)。
中年といってよいだろう年齢にもかかわらず、非常に引き締まった肉体。身に着けている装備、肌と同じく黒色をした魔防眼鏡が、威圧感を倍増させている。
その口調からは、彼が物事に動じない性格ということがうかがい知れる。
そしてもう片方は、背は高いが体格は少し頼りないヒューマンの男性。年のころは20代中盤といったところ。戦闘中動けないということはないが、肉弾戦は得意ではなさそうだ。
入院患者用の服を着て、ベッドに横たわりながら悪態をついている。精神的には元気だが、肉体的には衰弱しているようだ。
「とにかく貴様が何を言おうと、転属が決定したのは事実だ。受け入れろ」
「なんで俺がそんなとんでもねぇ仕事しなきゃならねーんだよ!」
「どの口がそんなことを言えるというか。エミネンター(高位者)を実質ひとりで討伐してきた貴様が、とんでもないなどと」
「それはそれ、これはこれだろ!? 俺だってあんなバケモノと戦いてーわけじゃなかったんだよ!
それに、そのせいで死にかけたおかげで、こんな入院生活送ってんだぞ!? 元々モンスター退治なんて向いてねぇんだよ!」
「よく言う。『知恵の七柱(seven pillars of wisdom)』の一角を担う貴様が、向いてないなどと」
彼……患者服を着てわめいているヒューマンの男。名を『カスティロ』という。
国王軍第6部隊・治癒部隊『マーニ』の副隊長にして、国に7人しかいない『知恵の七柱(seven pillars of wisdom)』のひとりに数えられる傑物。
……それと同時に、実力に対してあまりにも品位や格が欠けているため、尊敬と親しみ、そしてちょっぴりの意地悪を込めて『不良賢者』などと呼ばれている。
ちなみに彼と相対しているアリのバグズの男の名は、『バスティン』という。
彼は国家開拓局の局長で、見た目の威圧感通りの地位についている。その冷静にして大胆な判断ができる性格は、局員から多大なる信頼を寄せられている。
なぜカスティロがこんなに怒り心頭になっているのか?
その理由は、彼が右手でグシャグシャになるほどの勢いで握りつぶしている書類に書かれていた。
「なんで俺が第6部隊から『開拓局・第10支部局長』に異動なんてことになってんだよ!!
しかも! 俺が意識トばしてぶっ倒れてる間に!!」
「私が国王陛下に直接訴えたら、それが通った形だ」
「あのクソジジイーーーッ!!」
「まぁ、そうわめくな。ここは病院だぞ?
私としては、貴様は国王軍で働くより、ウチで働いた方が良いと考えている」
「そういうのはなぁ! 当事者に話つけてから決めるもんだろーが!」
「貴様、そうするとゴネるだろう」
「そりゃそうだろうが!」
「静かにしろ。もう決まったことにゴチャゴチャ抜かすな。他の入院患者の迷惑だ」
「……チッ! へーへー、わかりましたよ、ったく……ハァ……兵隊は辛ーよ、マジで……」
病院でうるさくするのは確かにマナー違反だ。体の弱い者も、気持ちを落ち着かせていなければいけない者もいる。
態度はすこぶる悪いカスティロだが、そこに気が回らない愚か者ではない。
声のトーンを落としたことで、熱が少し冷めてきたようだ。カスティロは事の経緯を確認することにした。
なんだかんだ言ってカスティロは悪いやつではない……というかむしろ、お人好しなところさえある。
そもそも国王軍副隊長ともあろう者が悪人であるはずもなく、面倒見が悪くて副隊長が務まるはずもない。
「……で? なんで俺が『開拓局・支部局長』なんかに任命されたんだよ?
ワケがわかんねぇ。いつの間にやら支部局長なんて」
「貴様の性格と、実務の難易度を考慮してだ。
よく戦闘中に突出する貴様なれば、部隊の一員として活躍するよりも、トップとしての方が動きやすいだろうと思ってな」
「ああん? なんか俺が軍紀を乱してるような言い方だな。おかしな言い方して因縁つけんじゃねーよ。やることはやってんだからよ」
「それは知っている。致命傷を負いそうな隊員、もしくは放っておけば手遅れになりそうな隊員の命を救うためだろう? 貴様の従軍する部隊では死人が出たことがない。これは特出すべき事柄だ」
「……ふん。見知った顔が目の前で死ぬなんて、真っ平御免だぜ」
バスティンから目をそらし、ふっと切なげな表情をして窓の外を眺めるカスティロ。どうやら人の死に関係する何かが、過去にあったようだ。
「そう思ってもできる者は少ない。だから貴様のところの部隊長も、国王陛下も、貴様のことは大層重宝していたのだ。もちろん隊員からの信頼も非常に篤かったと聞く」
「だったらなんで異動なんだよ。それにさっき、あのジジイが異動を許可したって言ってたじゃねぇか。今の話と矛盾するだろ」
「それはな……今回の事件があったからだ」
・・・
カスティロはチンピラのような挙動のせいで軽視されることもしばしばだが、この国でも指折りの実力者である。
そんな彼が、1週間も気絶するほどの死闘を繰り広げた。今回行われた作戦がどれほど壮絶だったかわかるだろう。
その作戦とは……『常夜の街』の開拓作戦。
王都『レトナーク』をずっと東に行き、マディーナ王国の国境をさらに越えた先にある、謎に包まれた人類未開拓エリア。そこに広がる平原をさらにさらに越えた先に、それはあった。
ヴァンパイアの巨大な群れが住む区画。通称『常夜の街』。
ヴァンパイアというモンスターは人間を襲い、攫い、自らの血肉とする。ありていに言えば人類の天敵とも言える、そんな危険極まるモンスターだ。
実際奴らによって、国境に近い村が3つ廃墟に変えられてしまったことから、今回の掃討作戦が行われた。
そこでの戦闘は熾烈極まりないものだった。
まず水氷魔法を操るソーサラー達が協力し、常夜の街全体に流水のドームを形成。これによりヴァンパイアの逃走を防止。奴らは流水に触れることができないのだ。
そして火力部隊が火炎魔法による焼却、生命魔法による肉体強化、神聖魔法による浄化で、ヴァンパイアを掃討。瞬く間に8割以上の数を減らすことに成功。
下級ヴァンパイアの『レッサーヴァンパイア』だけではなく、中級ヴァンパイアの『ハイヴァンパイア』、そして上級ヴァンパイアの『ロイヤルヴァンパイア』が数多くいたが、見事にこれを殲滅して見せた。
並みの戦力では太刀打ちできない軍勢だったが、問題なく対処。それほどの大戦力で行った作戦だったのだ。
……しかし、敵のボスは、強力なヴァンパイア種の中でも抜きんでた存在だった。
そのヴァンパイア……いや、その存在は『ストリゴイ』と名乗った。
エミネンター(高位者)と呼ばれる、モンスターから次元がひとつ上の存在。
エミネンター……神魔と呼ばれることもある個体は、数は少ないがとんでもない実力を持つ。
エミネンターと戦うには、上級モンスターを軽くあしらえるレベルの者が、少なくとも100名は必要になると言われている。それだけ冗談じみたチカラを持っているのだ。
実際に『ストリゴイ』もモンスターとは格が違う能力を有しており、常夜の街が常に夜になっているのは、奴の能力だったようだ。
ソーサリーとはまるで違う、理解不能、原理不明な、苛烈にして広範囲な攻撃。
その『ストリゴイ』たった一体によって、対峙していた討伐メンバーの過半数が、一瞬で戦闘不能に陥った。このままではあわや全滅といった状況に追い込まれた。
しかし、そこに駆け付けたのがカスティロ。
彼は回復魔法も使うが、専門は空間魔法。すさまじい激闘の末、見事に彼はたったひとりで、しかも周りの重傷人をかばいながら、『ストリゴイ』を撃滅することに成功したのだ。
とはいえカスティロも当然無事だったわけではなく、生死の境目を何日もさまようほどの深手を受けた。
その結果彼は入院することになり、目が覚めてようやく回復し始めたところ、いきなり異動命令を下されることになり、冒頭の場面へとつながる。
・・・
「今回貴様は動けない仲間をかばいながら、単独でエミネンターを見事討伐してみせた。信じられない、とんでもない話だ」
「俺は必死だっただけだ。あと運が良かっただけだな。あんなバケモン、もう二度と相手したくねぇ」
「謙遜するな……と言いたいが、実際そういうことでもあるのだろう。貴様を現状のまま運用すれば、いつか必ず命を落とす。私や国王陛下はそう考えた。もちろん第6部隊長もな」
「バカなこと言ってんじゃねぇよ。命を落とすかもしれない、なんて、前線に出てりゃ、当たり前じゃねぇか」
「それはそうだが、貴様の命の価値と、通常の兵士の命の価値は大きく違う。……ああ、これは国として見て、の話だ。そう目くじらを立てるな」
「……チッ」
軽く舌打ちをし、不快感を露にするカスティロ。
「命の価値に貴賤はない。が、兵力として考えると、そうはいかない。それはわかっているな」
「胸くそ悪ぃな」
「気分を害したことは済まないと思う。だがそこは割り切れ。そういうことで、貴様には『組織の頭』『後任育成』『国益の拡大』。この要素が揃った場所への異動が検討されることになったのだ」
「……で、『開拓局・第10支部局長』ってワケか」
この世界において、マディーナ王国は、最も人類が繁栄している場所である。
しかし世界とはそう狭いものではない。占星学者や地理学者が言うには、数々の山脈、森林、平原、砂漠、河川、湖、氷原を抱えるマディーナ王国でさえも、世界全体から見れば、ちっぽけな土地だということだ。
そしてマディーナ王国から外に出れば、そこには数えきれないほどの未知が広がっている。怪異と呼んでも差し支えない。
その怪異を地道にひとつひとつ解決し、人類の掌握範囲を広げようとする試みを『開拓』と言い、それを行うのが『開拓者』。
そして、開拓者を統括し、効率的、比較的安全に開拓を進めるための機関は『開拓局』と呼ばれている。
カスティロが任命されたのは、その開拓局の支部局長である。
開拓者の発掘、育成、開拓成功による国土の拡大。中央から離れているおかげで裁量も多く与えられている。
確かに先ほどバスティンが言った要素はすべて揃っている。
「ったく……わーった。わーったよ。受けてやる。その異動指令」
「よし」
「しかしアレだぜ? 俺はそういう経験とか全然ないぜ? いきなりほっぽり出されたって、何も仕事できねぇからな」
「正直だな」
「見え張って丸投げなんてされたら、たまったもんじゃねぇからな。ただでさえ納得いってねぇ辞令だってーのに」
「その考えは間違いではない。安心しろ。こちらから送る人員はもう確保してある」
「手回し早すぎだろ……」
「早いに越したことはないだろう。ということで、今から貴様の同僚となる者を呼びだす。顔合わせしておけ」
「ハ!? ここに呼び出す!? マジで言ってんの?」
「……もしもし、俺だが」
「もう電話してやがる……」
もう好きにしてくれと言わんばかりに、不貞腐れて窓の外を無言で眺めるカスティロ。
バスティンが見舞い品として持ってきた果物の皮を剥いてやっていると、病室のドアからノックの音がした。
「ム。来たか」
「……」
「不貞腐れてないで、しっかり挨拶しておけ。……入っていいぞ」
ガチャリとドアが開き、入ってきた人物を見て、カスティロは目を見開く。
「……失礼します。お久しぶりですね。副隊長」
「!? お、おい……なんでお前が……!!」
用語補足
カスティロ(ヒューマン♂)
……このお話の主人公。国王軍第6部隊・治癒部隊『マーニ』の副隊長だった。回復魔法もできる空間魔法のエキスパート。この度晴れて『開拓局・第10支部局長』へと昇進することになった。
『知恵の七柱』のひとり。あだ名は『不良賢者』。
バスティン(アリのバグズ♂)
……開拓局局長。凄く偉い。肌も服も眼鏡も真っ黒。威圧感がすごい。
得意なのは生命魔法と空間魔法。近接戦闘技術も確かなもの。冷静沈着。
マディーナ王国
……この世界の最も人類が繁栄している巨大国家。
国土はとんでもなく広く、地球で言えば中国とアメリカを足したくらいでかい。自然環境も様々で、暑いところから寒いところ、山から谷まで、想像できる環境はすべてある。数百の市町村からなる国家でもある。
王都『レトナーク』
……マディーナ王国の首都。最も栄えている都市。国の中央にある。
マディーナ王国・国王軍
……第1部隊から第7部隊まである。各部隊で得意な役割が違う。
カスティロが所属していた第6部隊は、他の部隊に同行して回復魔法をかけるヒーラーポジション。
ソーサリー(魔導)
……この世界の共通技術。得意不得意はあれど、技術なので万人に使用可能。
火炎魔法、水氷魔法、植物魔法、空間魔法、生命魔法、回復魔法、神聖魔法の7種類に大別される。
国家開拓局・支部局
……開拓者の仕事割り振りや、近隣住民からの依頼をこなす国営機関。冒険者ギルド+市役所のようなもの。