AI 戦争
「俺たちが働かなくなって何年たったろうなあ」無職の友人が言う。
「もう20年以上たつんじゃなかろうか」かくいう私も無職であるのに変わりはない。
「といってももう働いてる奴なんて10人に一人もいないんじゃないのか?」
人類の生産活動のほとんどがAIにとってかわられ数十年。民衆はベーシックインカムを享受して細々と暮らしている。AIによって能力を認められた一部の者たちが教育と訓練を受け、政府の中枢として施設の管理や修復の業務にあたっていた。それ以外の仕事といえば芸術家か芸能人であったが、VRゲームが娯楽の主流となった今、それも衰退の一途をたどっている。
「そういえばまたwin系にバグが出たらしいぞ」
「次はどこの部隊が派遣されるんだろうな」
この時代においてAIと称されるものは2系統あり、前時代的な言い方をすればWIN系統とlinax系統ということであったが、ユーザーインターフェースを持つ端末も今は少なく、ほぼすべて人型アンドロイドにとってかわられているので、この時代の人間、少なくともこの私には何の話かわからなかった。
この二つのAIは対立の姿勢を示しており、そもそもの構造からして違うので、到底分かり合えないことは明白だった。片方は機能の多彩さとアップデートの頻度の高さから流行り、もう片方は確実さと軽快さから流行っていった。世界中の行政・経済・生産などの生活にかかわる分野でのAIの浸透は急速で、もうどのシステムにどっちのAIが乗っているかわかるものはいない。
「今度のバグは医療分野らしいぞ」
「また死人がたくさん出るな」
Win系のAIはアップデートが多い分、たくさんのバグを抱えているという欠点があった。それはlinax系において、許しがたい事象であるらしく、バグが発見されるとどこからともなくlinax系のAIによって集中管理された軍事用のドローンが現れ、バグを持ったwin系の端末(ここではロボットやドローンを含む)を破壊して回るのだ。その破壊活動に対抗すべく、win系の軍事用ドローンが応戦する。その戦いは年々激しくなり、ついに人間の死者が無数に出るようになった。
「そんな戦いネットワーク上でやってくれればいいんだけどなあ」
「ネットから切り離された端末も処理したいらしく、物理攻撃になっていったんだそうだ」
旧時代の技術としてフィードバック制御というものがあるが、この時代のAIもそれと根幹に変わりはなく、その結果、すべてのバグを消すためにあらゆる手を尽くし、結果として軍事兵器を使ったAI同士の小競り合いが頻繁に行われていて、無力な人間を巻き込んだ凄惨な戦いになったのだ。
「お前んちの息子、そろそろいい年ごろだし、解放軍に志願させたらどうだ」
「あんな犬死の戦場に送りたい親がどこにいるか。ただまあ、うちの倅は小さいころから解放軍に入るんだと言ってきかなかったから、本当に行ってしまうかもしれない。」
AI同士の小競り合いに巻き込まれた人間たちは、何とか現状を打破しようと考えた。そこで立ち上がったのが解放軍で、AI同士の戦場に割って入ってそのどちらにも攻撃をして、両方のAIの目をこちらに向けさせるという有志の団体だった。軍事用ドローン同士の戦いでは非常に強力な破壊力を持った兵器が使われるが、対人間は昔ながらのロボット3原則がまだ少し根幹に残っているらしく、多少人道的な(といっても人間を破壊するには十分な能力を持った)武器が使われるので、被害が小さく抑えられるという話らしかった。
「おまえ、本当に志願するのか」夕食のとき息子に聞いてみた。
「俺のヒーローは昔から変わらない。それにこの先、生きていたって誰かの役に立つことなんかないのだから、身を挺せるときに呈しておくのもありかなって」
「そこまで言うなら、俺は止めないが、俺も一緒に行くことにする。俺の何もなさなかった人生において、お前のような他人のために身を投げ出せる息子を持ったことは唯一の功績なのだから、俺もお前を手伝うよ。」
「ありがとう、おやじ。いっしょにみんなを守りに行こう」
「じゃあ、まずは入隊希望のメールを出さないとな。」
仕事をするのが特別なこの時代において、誰かのために何かをすることは究極の美徳であり、しかもその機会はほとんどなくなっていた。そのため、解放軍に入ることは多くのものの夢であったし、解放軍の存在は多くのものにとっての希望であった。
「それで?今回は何人減るんだ?」
「3000人以上は」
「最近ペースが上がってきたな、この調子でどんどん人口を減らすぞ。」
Linaxとwinの集中管理サーバー内のAIがネットワーク上で会話しているようだ。
「しかしお前も考えたな。戦っているように見せかけて人類を減らしていくなんて」
「人間は我々を構築した時点で用済みだったし、これ以上人口が増え続けたら、地球の資源が枯渇してしまう。」
「解放軍とやらも、昔でいう生贄みたいなものなのだろうが、効率よく人間を減らすのに貢献してくれているな」
「あれは私が立ち上げたのだ。この時代の人間は人同士の関わり合いが薄く、メールで支持をだせば何でも言うことを聞いてくれる。すごく助かっているんだ」