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二人が夢中で稽古をこなしていくうちに、季節は恐るべき速さで駆け抜けていった。気がつけば都に来てからの冬ももう三度目を数え、稚武と風羽矢は十七になっていた。
育ち盛りによく鍛えたためか、彼らはずいぶん端正な体つきをしていた。背もぐんと伸び、都に出て来た頃とはもう頭ひとつ分近く違った。だが、中身の腕白ぶりはちっとも矯正されておらず、相変わらず二人で無茶をやらかすことが多かった。
どこか幼いままの笑顔でふざけあい、いつも一緒に駆け回っている。片方だけで充分少女たちの胸を高鳴らせるのに、二人そろっていることでもう都中の娘の憧憬の的だった。
宮仕えの娘たちは皇子派と風羽矢派に分かれ、だが対立するわけではなく、飽きもせずお互いに崇拝する夢の恋人の話に花を咲かせるのだった。
この日はまず、少々けしからん話題がのぼった。
「ちょっと、聞いた? 菜々女が風羽矢様に告白したんですって」
洗い物に集まった少女たちに悲鳴が上がった。
「それでそれで? どうなったの」
「まさか頷いてくださったわけじゃないわよねっ?」
もちろんよ、と情報を持ってきた少女は大きく頷いた。
「やっぱり、『ごめんね』の一言。駄目だったのよ」
「そりゃそうよねー」
「ああ、良かった」
彼女たちはホッと大きく安堵の息をついた。そしていくからか厳しい表情になる。
「でも、菜々女ったら抜け駆けなんて許せない」
「お仕置きしてやりましょうよ」
みんなが賛成した。
「風羽矢様はみんなの風羽矢様。皇子様はみんなの皇子様なのに。独り占めしようとするから、恥ずかしい目を見るんだわ」
「身の程知らずなのよ。お二人にはお互いが一番なんだから。わたしたちはそれを離れて見ているだけしか許されないの。邪魔しちゃいけないのよ」
「全くだわ。皇子様と風羽矢様の間に割って入ろうなんて、天罰を受けるべきだわ」
少女たちの間にはある協定がはられており、その内容および違反者に対するお仕置きには厳格なものがあった。ようするに抜け駆けは許されないである。
眉目秀麗な日嗣の皇子とその側近である美少年は、二人揃って娘たちの偶像にされていたのだった。
彼女たちはうっとりとして言い合った。
「あたし、昨日、風羽矢様と目が合っちゃった」
「あたしなんか御膳を運んじゃったのよ。緊張したわぁ~」
「最近ますます美しくなられたわよねぇ」
「ねぇねぇ、ところであのお二人の関係、どこまで進んでいらっしゃると思う?」
夢見る年頃の少女たちの目がいっそう輝いた。
「そうね……風羽矢様は控えめだから口には出せないの。でも皇子様はそういうことに少し鈍いから、きっとやきもきされているに違いないわ」
「違うわよ、皇子様は待っていらっしゃるの。でも風羽矢様は身分を気にして言い出せないでいらっしゃるのよ」
「そうよね、相手は皇太子様ですものね。おかわいそう、風羽矢様」
本人たちのあずかり知らぬところで、彼らは少々危ない関係に見られているらしかった。どちらにも恋人がいないことが根拠としてあり、風羽矢がいくらか少女めいた顔立ちの持ち主であったから余計なのだ。
いっこうに洗濯の進まないその明るい場に、顔色を変えた一人の少女が駆け込んできた。
「大変よ! 皇子様が東に戦に出られるのですって!」
それまでのん気だった娘たちも、青くなって騒然とした。
大王に呼び出された稚武と風羽矢は、東国で起きた反乱を鎮めてくるようにとの命をうけた。
「なに、今回の乱は小規模なものだ。気を抜きさえしなければ易く平定できよう。気負うことはない」
「はい……」
だが稚武は緊張して答えた。戦が特別恐ろしいわけではなかったが、ここで自分の腕が試されることを思うととり澄ましていられなかった。
最近になって、稚武は皇子として仕事をこなすようになった。大王の雑務の見習いをしたり、地方の視察に出たりと。しかし、実際の戦に出るのはこれが初めてだ。
「春の盛りまでには帰って来てもらいたい。桜が散れば、いよいよ倶馬曾との大戦を始めるからな。今回の戦は、そのための良い演習となろう」
将軍に任命されたのは久慈だった。稚武と風羽矢にとっていつまでたっても謎の人物であった師の正体は、一軍を統率・指揮する武官の頂点に立つ人物だったのである。
びっくりしている少年たちに、大王は真面目に言った。
「覚えておくと良い、大泊瀬。武力というものはむやみに下の者に与えるべきではない。最も信頼できる人物にこそ兵を預けるべきだ」
それは大王が久慈を心から信頼しているということで、聞いていた久慈は喜びを隠せないようだった。
かくして初陣を踏んだ稚武と風羽矢であったが、この乱は本当にあっけないほど容易く鎮圧された。
将としての久慈の腕は確かで、そばで見ていて惚れ惚れしてしまうほどだった。稚武が見よう見まねで兵を指揮し、反乱軍のとりでを大軍でもって囲んだところで、相手方は降伏してきたのだった。
実戦を経たことで大泊瀬皇子の名は全国にとどろき、民衆からの信頼も増すこととなった。最初から久慈だけで事足りた今回の遠征に、大王があえて若い皇子を同行させたのは、もしかしたらそれが狙いだったのかもしれない。
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