8 淡~い初恋
『ひとりになっちゃったね、高斗』
去年の秋ごろ。
高斗は、それまで自分を育ててくれた両親を、交通事故で一度に亡くした。
しかし七海には、悲しいという感情は起こらなかった。
ただ淡々と通夜が始まり、葬儀が行われ、告別式が終わった。それだけだった。
高斗は幼馴染だった。家が隣同士で、生まれた時から一緒にいた。
まだ幼稚園児だった頃、七海は高斗と結婚の約束をしたことがある。
幼き子供の、淡い初恋。
普段は彼のことを馬鹿馬鹿言ってはいるが、それは愛情の裏返しというもので、本当は高斗のことが好きで好きでたまらなかった。
高斗の両親には申し訳ないが、高斗さえ無事なら、誰が死のうが七海は一向に構わなかったのだ。
葬儀が終わった後の夕暮れ、近くの公園のベンチに腰掛けながら、七海は高斗に声をかけた。
『こんなこと言っても無理だろうけど……元気だしなさいよね』
『大丈夫だよ、七海。ぼくは平気だから』
しかし、高斗はケロッとしていた。両親を亡くすという、悲劇を前にして。
七海は、その様子を見て安堵した。高斗の性格から、立ち直れないほどのショックを受けているかと思ったのだ。しかし、意外なほど高斗は落ち着いていたのだから。
その時はそのまま別れを告げて自宅に戻った。
その日の深夜。
七海は近所のコンビニで買い物をしようと家を出た。
近くの公園を通り過ぎようとした時、
『あれ、高斗……?』
七海は思わず目を見張った。
夕方に別れたはずの高斗が、まだベンチに座ったまま涙を流していたのだ。
『あっ……七海……』
七海に気づいた高斗が、涙を指で拭いながらふらふらと駆け寄ってきた。
先ほど別れた時に感じた平静さが、まるで嘘みたいだった。
(どうして……? さっきはあんなに平気そうだったのに……。もしかして、あれは空元気だったの? だったら、あたしの前でだって泣いていいのに……どうして?)
困惑する七海の前まで歩き、高斗は言った。
『……ごめん。七海に迷惑がかかるから。だから、七海の前では泣かないようにって、ずっと我慢してた。だって……だって……』
高斗は、無理やりに笑顔を作った。
『――高斗?』
―――七海に心配かけたくなかったから。
そのまま高斗は七海に前で膝をつき、大粒の涙を流し慟哭した。
やはり、高斗は両親の死を深く悲しんでいたのだ。
それなのに、七海を心配させまいと、冷静を装っていたのだ。
あんなに軟弱だった高斗が、こんな強さを秘めていたとは。
泣き崩れる高斗を見下ろしながら、七海は思った。
これからは、あたしが守るんだ。高斗のことを――――!
例え世界中の人間が敵になったって、自分だけは高斗の味方でいる。
そして、彼と二人で生きていく。死が二人を別つ時まで。
高斗のことが好きだから。
優しさ、気弱さ、頑固さ、打たれ強さ。何もかもひっくるめて、高斗という存在を愛してる。
その時からだった。
高斗を守るためなら、例え人を殺すことでもいとわなくなったのは。