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終 高斗の答え

「ナ、ナオ……?」


 高斗は呟いた。まさか家に戻ってきてるとは思わなかったので、一瞬わが目を疑ってしまったが。直毘は高斗と顔を合わせたまましばらく無言でいたが、やがて頬に入った大福を飲み込むと口を開いた。


「なんじゃ高斗。帰る時はただいまぐらい言ったらどうじゃ」


 小さな胸を張りながら両手を腰に置き、子供を叱る母親のような口調で直毘は言った。


「え? あっいや、ナオ! なんでここにいるんだよ! というか、どこに行ってたのさ!」


 狼狽しながらも、高斗は大きな声で直毘を問い詰めた。


「町中探し回ったんだよ……ぼくがどれだけ心配したか分かってるの!?」


「そんなこと知るか。三十点の返しじゃぞ。わらわにも大事な用があったのじゃ」


「まったく、いつも出たり消えたりするんだから……え? 大事な用って?」


 ようやく落ち着きを取り戻したように高斗が聞いた。


「神界に戻っておったのじゃ」


「し……神界って?」


「神の住まう世界のことじゃ」


「そ……そんなところに何しに行ってたの?」


「十点の返しじゃな。忘れたのか。わらわがおぬしを生き返らせてやったのじゃぞ。あの三人娘もな。その時に、力をほとんど使い果たしてしまったのじゃ」


 このうつけめ、と直毘は呆れたように言った。やはりそうか。薄々感づいてはいたが、直毘が助けてくれたのだ。何だかんだ言って、やはり直毘は頼れる神様だ。


「ご、ごめん……ぼくのせいで」


 高斗は悲しげに目を伏せた。そして、

「でも、ありがとう。おかげで助かったよ」


 悲しげな表情から一変して笑顔で礼を言う高斗。その顔を見て、ナオの頬はボンッと赤くなった。


「ナオ? 大丈夫?」


「だ、大丈夫じゃっ。しかし、おぬしは礼儀作法というものをわきまえておらぬようじゃのう。もっと、他に言うことはないのか?」


「え? ありがとうの他に? 感謝しますとか? 恩に着ます? かたじけない?」


「そういうことではない。礼などいらん」


「ええと、何だろう。何かな?」


 顎に指を当て、首を傾げながら考える高斗。

 そのあまりの鈍感さに直毘は呆れて、

「もうよいわ。おぬしにムードなど期待したわらわが馬鹿だったのじゃ」


「え? ナオ?」


 プイッと首を横に向け、頬をふくらませる直毘。

 その表情を見て、高斗は直毘の言わんとしていることを理解した。


(ムード……か。よしっ)


 高斗は直毘の手をがしっと握った。


「な、何を……!」

 

 直毘が驚いて手を引っ込める前に引き寄せて、彼女の小さな体を抱きしめる。


「た、高斗…………?」


「ただいま。ナオ……」


 熱く抱擁を交わし、彼女の耳に口を近づけて高斗は囁いた。

 直毘はしばらく目を白黒させていたが、やがて瞳を閉じると、高斗の体を強く抱きしめ返した。


 そして、言った。


「百点満点の……答えじゃ……!!」


 やはり、これが正解だったのだろう。

 高斗はゆっくりと直毘の体から手を離した。

 そして、

「本当にありがとうね。ナオのおかげで、ぼくは普通の人間に戻れた」


「普通の人間? なっておらぬぞ?」


 見ると、直毘がきょとんとした表情でそう言った。

 高斗は妙な胸騒ぎを覚えながら、

「何それ、どういうこと!? ぼくは生き返ってるじゃないか! 心臓の鼓動もあるし、痛みだってちゃんと感じるし……」


「生を取り戻したのは確かじゃ。しかしのう……。ええい、説明するのは面倒じゃっ。おぬしの体で確かめるがよい!」


 直毘はそう言うと、キッチンの棚に置いてあった果物ナイフを持ってきた。

 そして、

「え? 何してるの……痛!」


 高斗は悲鳴を上げた。腕に鋭い痛みが走り、切られた箇所からはたらたらと血が流れ出ている。一体直毘は何のつもりでこんなことをしたのか。


「な、何するんだよ! ナオ!」


「そんなことより、おぬしの腕をよく見てみよ。余所見していると見逃すぞ」


 そう言われ、高斗は渋々切られた腕を見た。すると、驚いたことに切られた皮膚の表面がみるみる内にふさがっていった。血も瞬く間に止まり、一瞬にして切られる前の状態に戻っていたのだった。


 高斗は驚愕しながら治癒された腕を見つめながら、

「な、な、な、これは一体……」


「見てのとおり。不老不死じゃ。よかったのう。わらわと同じじゃぞ」


「ちっともよくない! ぼくは人間だ! というか、何でこんなことになっちゃったの!?」


 たまらず高斗は叫んだ。直毘は憮然と答える。


「あの時じゃ。わらわはおぬしを生き返らせるために神力のほとんどを注ぎこんだ。神界に帰って教えてもらったのじゃが、神の力が人間に流れると、生体バランスが崩れるらしい。その弊害が死ねない体じゃ。いわゆる『不老不死』じゃな」


「そ……そんな。やっと、普通の人間に戻れたと思ってたのに……』


 高斗は肩を落とし落胆した。そんな高斗の肩に直毘はポンと手を置いて、

「まあ、なんじゃ。普通の人間に戻れる方法もあるぞ。高斗、おぬしなら分かっておるな?」


「こ、恋人を作れって言うのか!」


 高斗は不運な境遇にわめいた。やっぱり家に帰る時の嫌な予感は当たっていたのだ。しかし、ゾンビと不老不死の一体どっちがマシなのだろう。


「うむ。よかったのう。それだけで普通の人間に戻れるのじゃぞ?」


「……ああ、そうだね……」


「しかもゾンビだった頃と違い、時間は無限にある。まあ、急がなければ桂馬瑠璃も老婆になってしまうがな。はっはっは」


「…………」


 高斗はしばらく俯いていたが、やがてキッと直毘を見つめると、

「何とかならないの!? ナオの力で!」


「何ともならんな。おぬしのせいで神力をほとんど使ったと言っただろうが。そうじゃ。もうひとつ言っておくが、わらわはここに居候するぞよ」


「ええ! な、何で!? どうして!?」


「うるさいのう。わらわは成り行きを見守る義務があるし、他に行くところがないのじゃ。そもそも、死にかけてたおぬしを助けてやった恩を忘れたのか。この大うつけが」


「うう……」


「まあ、そういうことじゃから、よろしくな」


 そう言うと、直毘は椅子に座り直して大福餅を美味しそうに食べた。高斗はその暢気な姿を見て地団駄を踏んだ。


「もーっ! せっかく普通の人間に戻れたと思ってたのに! 何でこうなるんだよー!」


「ふふふ。しばらく厄介になるぞ、高斗」


 ナオは意地の悪い笑顔を浮かべてそう言った。

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