31 茨は続くよどこまでも
翌日、高斗は校舎裏にある「伝説の木の下」に立っていた。すっかり緊張した面持ちで。昨日の夜目覚めた時には、彼は生き返っていた。頬をつねれば痛みはあるし、胸に手を置けば心臓の鼓動がある。晴れて、ゾンビから生身の人間に戻ることができたのだ。
誰とも結ばれていないのに、何故生き返ることが出来たのか。
不思議ではあるが。
しかもそれだけではない。七海、芹奈、真綾の三人も生き返っていたのだ。校舎も何一つ壊れていない。つまり、何もかもが元通りになっていたのだ。
一つだけ違う点。それは…………。
結局、町中を探しても直毘は見付からなかった。単に姿を消しているだけなのか、それとも……。いずれにしても、高斗は待つことにした。彼女が自分から出てきてくれるまで。
信じて、待つことにしたのだ。
……と、回想しながら腕時計を見る。時刻は五時七分。
約束の時間を七分過ぎたところだ。
色々と考えた末、高斗は桂馬瑠璃に告白することにした。離れ離れにはなってしまうけども。だからこそ最後に自分の気持ちを伝えておきたかったのだ。
空を見上げる。雲ひとつない見事な晴天だった。遠くからはスズメのさえずりが聞こえてきて、朝の訪れを感じさせている。まだ早朝だからか空気は冷たいが。思えば、二日前のあの日もこんな快晴だった。しかし、今の彼は間違いなく人間に戻っていた。
失くした日常を、全て取り戻したのだ。
直毘のこと以外は…………。
「はっ……いけない」
高斗は慌てて首を振った。つい先ほど直毘のことを信じて待つと決めたばかりなのに。もう淋しがっていてどうするんだ。
「高斗く――ん!」
その時、透き通った美しい声が聞こえてきた。桂馬瑠璃だ。
薄桃色の髪を羽のように靡かせ、息を切らしながら彼女は駆け寄ってきた。
「ごめんなさい! 待たせちゃって」
申し訳なさそうに上目遣いで桂馬瑠璃は両手を合わせる。
高斗は慌てて首を振った。
「つ、ついさっき来たばかりだよ。気にしないで、桂馬さん」
そう言うと、彼女はにっこりと微笑んだ。
「よかった。私、朝弱いから。いつも起きれなくてママに起こしてもらってるの」
彼女はペロッと舌を出しながら、まるで天使のような美しい笑みを浮かべた。この表情だ。この表情で見つめられると、気分が高揚して、とても幸せな気持ちになれるのだ。
だから高斗は、桂馬瑠璃のことを好きになったのだ。
さて、今日こそは告白するぞ。
高斗は意を決して、
「桂馬瑠璃さん……ぼくはきみのことが、ずっと前から……」
「ねえ高斗くん聞いて聞いて!」
高斗が告白する前に、桂馬瑠璃は嬉しそうに声を上げた。
いきなりのことに高斗は戸惑う。
「え? ど、どうしたの?」
「私、もうイギリスに行かなくていいようになったのよ! パパの海外出張が取り止めになってね。これからは、ずっと日本にいられるの!」
ピョンピョン飛びはねながら、彼女は全身で喜びを表現した。しかし、国内ならまだしも海外出張が急に中止になることなどあるだろうか。
「ほ……本当に? でも、どうして?」
「分からないわ。今朝上司の人から電話があったんだって。突然のことで、私もびっくりしてるのよ」
今朝。その言葉を聞いて、高斗は全てを理解した。
直毘だ。彼女の力で出張をキャンセルさせたのだ。
自分や七海たちが生き返ったのも、直毘のおかげだ。
「おめでとう。じゃあ、これからも一緒のクラスでいられるんだね?」
「ええ! パパは出世を棒に振ったって落ち込んでたけど、私はよかったと思う。友だち、特に高斗くんは一番のお友だちだったから、別れるのが辛かったんですもの」
「は、はは……そ、そうだね……友だちだものね……」
高斗は苦笑いした。
ここまで開けっ広げに友だち扱いされては、もはや頷くしかない。ましてやこんなに嬉しそうにしてる桂馬瑠璃を前にしては、告白するタイミングは完全に逸したと言えるだろう。
「あっ、ごめんなさい。私ったら自分のことばかりで……。それで、高斗くんのお話は?」
「ぼくは……いや、いいんだ。大した用事じゃ……」
「嘘」
高斗が言い終わる前に、桂馬瑠璃は真剣な声で遮った。
「大事な話があるって電話してきたじゃない」
「ま、まあ、今日のところはいいじゃないか。また今度落ち着いてきたら話すよ」
「……本当に?」
「う、うん。本当に」
「……そう、分かったわ。高斗くんがそう言うなら」
「ご、ごめんね。それじゃあ、ぼくはもう行くね……」
そう言うと、がっつり肩を落としながら高斗はその場を去った。桂馬瑠璃がイギリスに行かなくなって、正直心から嬉しい。それと同時に、告白のタイミングを失くしたことはショックだった。しかも、これでまた桂馬瑠璃を狙うライバルとの競争を勝ち抜けなければならない。
結局、高斗の恋が茨の道であることに変わりはないのだ。
だからであろうか。
去り際に桂馬瑠璃が呟いた一言は、高斗の耳には聞こえていなかった。
「高斗くん……私、もうお友だちじゃ嫌だからね……?」




