表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/33

30 直毘と高斗

 それは、今から十年前のことであった。とある山道の脇にその神社は建っていた。神社というよりは、小屋といった方が正しいのかもしれない。それほど社の中は汚れていたのだ。直毘はその神社を見上げると、悲観を通り越して思わず苦笑が漏れてしまった。昔といえば鳥居の中は参拝客で溢れかえっていたものだが、今この惨状はどうだ。辺りはゴミが散らかり、草木は生い茂り、境内には埃やチリが山のように積もっている。これが、直毘の住まう神社の現状だった。


 そんな時だった。ある少年が現れたのは。八歳から十歳くらいの小さな男の子だ。手には買い物袋を下げている。滅多に人が訪れるような場所ではないので、直毘は思わず姿を消しながら、その少年を見据えた。


「なんじゃ、あのガキは。まさか賽銭泥棒か?」


 訝しげに直毘が見張っていると、少年は買い物袋からパックされた大福餅を取り出し、神棚の上に置いた。そして祠の前でパンパンと手を叩くと、胸の前で両手を合わせて目をつむり、何かを呟いた。


――あれは、参拝?


 気がつくと、思わず直毘は、高斗の前に姿を現していた。神が理由もなく人間に姿を見せることは禁じられているのだが、そんなことは思慮の外だった。


「――おぬし、そこで何をしておるのじゃ?」


 直毘が話しかけると、少年はビクッと驚きながら振り返って直毘を見つめた。

 間近で見てみると、少年は中々に可愛らしい顔つきをしていた。おどおどしていて、頼りない気弱な少年といった印象だ。しかし、臆病な瞳の奥には、重厚な意思も感じられた。


 目を白黒させる高斗に、直毘はもう一度話しかけた。


「わらわは怪しいものではない。ここの神社の縁のものじゃ。何もする気はないゆえ安心するがよい。ただ、おぬしに興味を持ったのじゃ。このような寂れた神社で、どのような願い事をしていたのかをな」


 直毘がそう説明すると、少年はパアッと顔を明るくして答えた。


「ここの神社が、もっとたくさんの人でにぎわうようにって、祈ってたんだ!」


「な……なんじゃと?」


 直毘は驚愕した。こんな答えが返ってくるとは思わなかった。神社に来る参拝客のほとんどは金儲けや恋愛成就、合格祈願といった願いをするのだ。彼らが神に何を求めているのか大体の想像はつくが、共通してるのは個人的な願いばかりということだ。だから、高斗の返事に直毘は驚いた。まさか自分のためではなく、神のために祈りを捧げる者が現代にいようとは。


「な、なぜじゃ。なぜ神のために祈る?」


「だってさ、ここの神さまってえらい神さまなんでしょ? なのに、誰もお参りにこないなんて寂しいじゃない。だから、もっとふえればいいのになーって。お小遣い少ないけどお供え物も買ってきたんだ」


 高斗は事も無げに言った。物心つく年頃だ。他に叶えたい願いなんて、いくらあってもおかしくはないというのに。


「いつもぼくたちを見守ってくれてるんでしょ? 神さまってえらいなーって思って。だから、神さまに感謝を言いにきたんだ」


「か、感謝……?」


「うん! 神さまいつもありがとうって!」


「う……あ……」


 直毘は肩を震わせた。瞼には涙がたまっている。一人など馴れていたはずだ。人間など汚れた生き物だと思っていたはずだ。なのに、この涙はなんだ。たった一人の参拝客が、そんなに嬉しかったというのか。


「う……う……うぁあああ……」


 気がつくと、目からは涙が溢れ出ていた。頬から水滴が伝うたびに全身が熱く感じる。この暖かさは、実に久しぶりの温もりだった。

 

 高斗は直毘が泣き出したのを見ると、

「だ、だいじょうぶ? あ、わかった! きっとおなかが空いてるんだね!」


「えっ。え……?」


 直毘が驚いて目をこする間に、高斗はお供え物の大福を一つ持ってきた。そして、それを直毘に差し出す。


「はい、これあげる! ほんとは神さまにあげるものなんだけど、こういう時は神さまだってゆるしてくれるよね?」


「えっ……これ、わらわに……?」


 思わず聞き返してしまった。人間から物を貰うなど、何百年ぶりのことだろう。


「本当に……本当に、もらってよいのか? おぬしが少ない小遣いで買ってきたものであろうに。見ず知らずのわらわに……なぜ……?」


「だって、きみがすごく淋しそうに見えたから。知ってる? 辛いことがあった時は、甘いものを食べると幸せな気持ちになれるんだよ!」


 輝くような笑顔の高斗から、直毘は大福を受け取った。

 そして、一口だけかじる。


「おぬし――名は何と言う……?」


「ぼく? 高斗!」


 笑って高斗は返事した。

 直毘は大福餅を飲み込みながら、その名を反復する。


「そうか……高斗というのか」


「うん。それで、きみの名前は?」


 直毘は一瞬躊躇った。それは――神は人間と深く関わることを禁じられているからだ。なので、しばらく熟考しながら答えた。


「……わらわのことは、ナオと呼ぶがよい」


 直毘がそう答えると、高斗は嬉しそうに声を上げた。


「ナオか! 自己紹介もおわったし、ぼくたちもう友達だね!」


 高斗は楽しげに言った。


「とも……だち?」


「うん、ぼくたちはもう友達だよ!」

 

 直毘は心底驚かされた。何千年と生きてきたが、友達など出来たのは初めてのことだった。

 しかし、掟は掟だ。


 直毘は、唇の端をぎゅっと噛んで、

「友達か……そう言ってもらえるのはありがたいが高斗よ。わらわはおぬしと友達にはなれぬのじゃ。そして、おぬしからわらわの記憶を封印せねばならぬ」


「きおく……? ふういん……?」


 その言葉に、高斗はぽかんとした。直毘はかまわず高斗の前まで歩み寄り、額に手をかざすと、

「そうじゃ。おぬしはわらわのことは一切忘れる。じゃがな。わらわはいつでもおぬしのことを見守っておるぞ。おぬしにもしものことがあったら、例えこの身を犠牲にしてでも助ける」


「え? なにを言ってるの? ナオ……! 友だちになったばかりなのに忘れるはずないじゃないか……」


「……今はな。しかし、じきにわらわの記憶は失われるのじゃ」


「そんなことない! そんなことないよ!」


 納得できないといった風に高斗は叫ぶ。直毘が手をかざしたその額は、まるで日輪のように光輝いていた。

 その光は、高斗の小さな体を、まるで太陽のように優しく包み込むのだった。


 明かりに照らされながら、高斗は言った。


「ナオ。何があっても、ぼくたちは友達だからね――」


「…………ありがとう、高斗」


 直毘の感謝の言葉は、高斗には聞こえていなかった。すでに気を失って倒れていたからだ。地面に崩れ落ちた高斗の姿を見て、直毘は激しい罪悪感にかられていた。

 神と違って人間の寿命は短い。高斗はこれから沢山の人と出会い、恋をして、子をもうけ、育てていくのだろう。しかしその道筋で、とてつもなく大きな災いが降りかかるかもしれない。もしかしたら、道半ばで死んでしまうかもしれない。


――――だから、わらわが守るのだ、おぬしを。


 少女は、少年を見つめながらそう呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ