15 明日にむけて
次に高斗が目を覚ました時に映ったものは、見慣れた自分の部屋の天井だった。先ほどあんな騒ぎがあったとは思えないほど、室内は静まり返っていた。
ふと横を見ると、直毘が目の前に立っていた。水晶球のような彼女の瞳は、相変わらず何を考えているのか、全く分からなかった。
「まったく、だからあれほど言うたじゃろうが。いかんぞ。神の力も有限であるからしてな」
高斗の胸を指差しながら直毘は言った。そうか、と高斗は思った。自分の危機を、直毘が助けてくれたのだ。見ると、もうナイフは刺さっていない。万事休すかと思ったが、何とか生きながらえることが出来た。
「何度も言うようじゃが、おぬしの体は死ねない体じゃ。しかし、限度はある。バラバラにでもなれば、いくらわらわとはいえ再生できぬぞ」
「バ、バラバラ……」
直毘の言葉に、高斗は身震いした。まさかそんな話を聞かされるとは思わなかった。ちょっと前までは普通の高校生だったのに。四散し、バラバラになった自分の体を想像するだけで――いや、もう止めておこう。
「それと、おぬしの傷じゃが、ちゃんと縫い合わせておいたぞ」
「え?」
そう言うと、直毘は高斗の着ていたシャツをめくりあげ、胸部を露出させた。
「あっ……」
恥ずかしさに声を上げるより「それ」を先に見てしまい、高斗は顔を青ざめた。
痛みがないので、大したケガではないのではと思っていたが、それは大間違いだった。左胸には生々しいほど大きな縫合跡が残っている。間違いなく、普通の人間なら死んでいるような大怪我だ。高斗はこれ以上見ていられず、シャツを下ろした。
「まあ、一日も経てば傷は癒える。今日はもう安静にしておれ」
「うん……あの、真綾先輩と芹奈は?」
あまり聞きたくないことだが、聞かずにはいられなかった。真綾は平気でしびれ薬を盛るし、芹奈に至っては嬉々として自分を殺そうとしたのだ。
高斗の心境を察したように、直毘は頷いて、
「うむ。あの二人からは記憶を封印して、わらわの神力で自宅まで送り返した。今この家にはおぬしとわらわの二人だけじゃ」
「でも、あの三人の中から一人を選ばなきゃいけないんだよね? もう誰を選んでも死にそうな気がするんだけど。ていうか、誰も選びたくないよ……」
「おお、そうか。そういう選択肢もあるか。それなら、今すぐ身体機能を停止させて土に還すか?」
「い、いいよ! 生きたくないなんて誰も言ってないよ!」
直毘の言葉に、高斗は叫んだ。冗談じゃない、ここで殺されるくらいなら、何のためにあんな怖い思いをしたのか分からなくなる。
「そうであろう、そうであろう。そうやけになるな。おぬしには、わらわもついておるじゃろうが」
はっはっはと、肩をぽんぽんと叩きながら直毘が言う。高斗には「はあ……」と嘆息まじりに答えることしかできなかった。
「そうじゃ。おぬしは、必ず生き返らせてみせる。わらわの全てに変えても」
急に真剣な口調で直毘は言った。
「え? ナオ、それって――」
そう声をかけようとした瞬間、高斗の脳裏に、ある映像が蘇った。
それは、とある神社。
そして、泣いている女の子と幼い自分。
(泣いているのは――ナオ!?)
「――おい、何をぼけーっとしておる」
ハッと意識が引き戻されると、直毘が呆れたように自分の顔を覗きこんでいた。
「あ、あれ? ナオ?」
ポカンとしながら聞き返すと、直毘はため息をつきながら、
「まったく、まだ寝ぼけておるのか? そんなことでは、この先が思いやられるのう」
「うう……」
あけすけなく言う直毘の批判に、高斗は肩を落とした。
直毘はそんな高斗をしばらく見下ろしていたが、
「……でも、じゃ」
「え?」
その言葉に高斗が顔を上げると、一瞬だけ温かくて柔らかいものが頬に触れた。ちゅっという短い音が聞こえると同時に、直毘は首を振りながらそっぽを向いた。
しかし、高斗にはハッキリ見えた。
少女の顔が、赤く染まっていることに。
「ナ……ナオ……」
高斗が声をかけようとするより先に直毘が、
「さ、さあ! もう寝るのじゃ! 明日からは本格的に恋人探しじゃ!」
「で、でも、今ほっぺに……」
「ええい、うるさいうるさい! おぬしは明日も早いじゃろうが!」
なぜか彼女は相当おかんむりのようで、高斗は取り付く島もなかった。
どうやら、これ以上何を聞いても無駄らしい。
直毘の言うとおり、高斗は明日に備えて床につくことにした。
しかし、今の高斗には知る由もなかった。
明日には、さらに大きな動乱が自分を待ち構えていることを。




