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10 七海の告白

 高斗は七海を部屋に招き入れた。なぜか直毘は姿を消していた。

 直毘の言っていることが本当なら、今高斗は自分を殺した犯人と二人きりでいることになる。しかし、高斗は信じたくなかった。七海はそんなことをしないと、嘘でもいいから信じたかった。


 七海は高斗のベッドに腰掛けるやいなや、高斗を正座させた。

 そして不機嫌そうに、

「何ですぐに開けてくれなかったのよ、バカ高斗」


「……ごめん」


 高斗は膝に置いた手を握り締めた。自分が死ぬことになったのも、ゾンビになったのも、全ては彼女の仕業だという。打ち解けて話などできるわけがなかった。


「ま、いいわ。どうせ高斗のことだから、昼寝でもしてたんでしょ。あんた昔から一度寝ると起きないもんね」


「う……うん」


「まったく、あたしがいないと何にもできないんだから。高斗は」


 七海は高斗を見下ろしながら、やっと表情を和らげた。こうして見ると、いつもの彼女と何の変わりもない。高斗は彼女を見上げながら、

「七海、ぼくに何の用なの?」


「え?」


 何を言われたのか分からないといった風に七海は聞き返す。高斗はもう一度、

「何か、大事な用があったんじゃないの? あれだけドアを叩いたり大声で叫んだりしたんだから」


「ふん」


 彼女は鼻を鳴らした。そして蔑むような眼で、

「ほんと、高斗って鈍感よね」


「な、なんだよっ」


 思わぬ七海の返答に、高斗はずっこけそうになってしまった。そう言えば直毘にも「お主はにぶすぎる」と言われた。何だかよく分からないが、何もかも自分が悪いのだろうか。


 七海は高斗の苦悩を無視するように、ずいっと顔を突き出し、

「それよりも、聞きたいことがあるのはこっちの方よ。正直に答えてちょうだい。この家、あんたの他に誰かいるの?」


「い……いないよ、だ、誰も」


「本当? それにしちゃどもりすぎよ。慌ててる証拠ね」

 

 七海はジト目になりながら高斗を睨んだ。彼女は高斗の嘘を見抜いているのか、気づいていないのか。それともまだ疑心を持っているだけなのか。


(まさか、ナオのこと知られてないよね?)


 直毘の存在に気づかれてしまうのはまずい。

 何がきっかけで記憶の封印が解けてしまうかは分からないのだから。

 無闇に刺激を与えないようにと、さりげなく話題を変える。


「七海こそ、こんなところにいていいの? 今日も告白されたって噂だけど」


 美少女な上器量もよく、サッパリした性格もあって、とにかく七海は男子からモテているのだ。彼女は一瞬目を見開いたが、すぐに何でもないと言った風に、

「ふん、気にしてくれてるの? 流石の高斗でも、あたしがとられちゃわないか気になるわけ?」


「そ、そんなことないよ。七海が誰とくっつこうと七海の勝手さ。付き合いたければ付き合ったら?」


「な、なによ! そんなこと高斗に言われたくないわよ! あんたなんか生まれてこのかた、女の子から告白されたことなんて一度もないじゃない! 彼女どころか、男友達だってろくにいないくせに!」


「ぼ、ほくのことはこの際どうでもいいんだよ!」


 がなり立てる七海に、負けじと高斗も叫び返した。何だかんだ言っても幼なじみだ。生まれた時から知り合っている。少しでも変わったことがあれば、学校でも近所でも噂になる。よって、お互いの近況は全て筒抜けというわけだ。

 

 先に冷静になったのは七海のほうだった。


「あたしが今日あんたの家に来た理由は二つよ。一つめ。何だか分からないけど、あたし今高斗に謝りたい気分なの」


「そんな素振り全然なかったけど」


「うるっさいわね。二つめ。昔約束したでしょう? ほら、あれよあれ。忘れてないでしょうね?」


「やくそく?」


 七海にそう言われて、高斗は首を傾げた。彼女はそんな高斗の様子を見て、

「ああああ、もう、信じらんない! 昔、あたしのことお嫁にもらってくれるって約束したでしょうが! ありえないわ! その言葉を信じてきたあたしの人生はなんだったの!? ねえ!」


「そ……そんなこと言われても! それ幼稚園ぐらいの時の話でしょ!?」


 鬼気迫る勢いの七海に高斗は反論した。小さな子供の時の約束を今まで引きずるなんて、七海にそんな乙女チックな部分があったとは。


「七海が約束したのは、子供の頃のぼくでしょっ。今のぼくじゃないんだ。急にそんなこと言われても困るよ!」


 刺激を与えてはいけないということも忘れて、高斗は叫んだ。七海はぎくりとしたように驚愕の表情を見せた。その表情を見ると、何だ自分が悪いことをした気になってくる。彼女は悲しげに目を伏せた。しばらくすると顔を上げ、そして、

「そう……そうよね。子供の頃の約束だもんね。今更言われても困るよね」


「あっ……いや……」


「でもね、あたしにとっては生きがいだったの。ああ、高斗のお嫁さんにしてもらえるんだって。それだけを思って生きてきた。今となってはお笑いだけど」


 寂しげな笑みを浮かべながら七海は言う。高斗はうっ、とひるんだ。


「ちっちゃい頃の話なんて信じてたあたしがバカだったのよね。それに、高斗にだって選ぶ権利はあるもの。あたしみたいな女となんて、付き合いたくないんでしょ?」


「ちがうよ! そんなことないって!」


 高斗は立ち上がって叫んだ。


 七海は、自分を殺した犯人かもしれない。事実、自分はすでに死んでいるのだ。

 しかし今、普段の強気が嘘みたいに気落ちしている七海を見て、いたたまれない気持ちになった。急に大声を出した高斗は気まずそうに、

「こ、子供の頃のでも、約束は約束だよ」


「じゃあ、あたしのことお嫁さんにしてくれるの……?」


「いや、それはまだ分からないけど」


 高斗は七海の肩をがっしりとつかんだ。


「急に起こったことが多すぎて、まだ自分でも心の整理がつかないんだ。もちろん、いつかは答えを出さなきゃいけないけど、ぼくにはそんなに軽々しく選べないよ」


「高斗……」


「今は、とりあえず考えさせてほしい。七海がぼくのことをそんなに想ってくれたこと、凄く嬉しかった。だからこそ、簡単に答えなんて出すべきじゃないと思う。ごめん。優柔不断だけど、ぼくにも少し時間がほしいんだ! 許して、七海……」


 七海は、熱弁をふるう高斗を黙って見つめていた。しばらくして、

「……許すも許さないも、あたしはもう十年近く待ってるのよ? もうちょっとくらい待てるわよ。それに、高斗の優柔不断は今に始まったことじゃないしね」


 七海は肩をすくめ、やれやれといった風に答えた。その様子を見て、高斗は彼女の想いは本物だと悟った。彼女に殺されただなんて嘘だと疑いたくなるくらいに。


 高斗の返事は時間を置いてからということで、今日のところは一時解散となった。その内答えを出す、ということを条件に。しかし、高斗に残された寿命はあと僅かなので、タイムリミット=余命というのは、笑えない条件に思えた。

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