1 難儀な恋
「魚座の本日の恋愛運は、華やかにいろどられます。楽観的になれて、いろいろな出会いに恵まれるでしょう。その中から、本当に幸運になれる特別な恋を見つけられるはず。感覚をとぎ澄ませ、人の様子に注意深くなるといいでしょう」
今日の星占いをそこまで見ると、高斗は携帯を閉じた。
空を見上げる。視界の先には、燃え上がるような夕焼け空。頬を撫でる風が気持ちいい。今朝見た天気予報では、通り雨の心配もなかった。
(――今日ならいける。いや、今日しかないんだ!)
目線をふと下げた。彼が立つ屋上からは、町並みの景色が広がっていた。学園帰りの生徒達は思い思いにお喋りを楽しんでいる。
今日こそ高斗は、一年暖めた計画を実行しようとしていた。
風で乱れたヘアースタイルを整えると、ハートのシールがついたラブレターをポケットから取り出す。時刻は放課後。人の気配がない屋上で、彼はある人を待っていた。
(ああ、早く来ないかな。それとも、僕の呼び出しなんか無視されたりして……いや、そんなこと考えててどうするんだ!)
高斗は首をぶんぶん振った。
告白するんだ今日こそは。
彼女は高斗の通う高校では、もっとも人気のある女生徒だ。毎日のように男子生徒から告白を受けている。その中には、野球部のエースやサッカー部のキャプテンも含まれていた。本来ならば、万が一にも高斗の告白が成功するとは思えない。
しかし、そんなことは関係ない。彼女が好きなのだから。
高斗の見た目を一言で形容するなら、いわゆる「フツメン」だった。並以上でも以下でもない。しかし根っからの真面目で、困った人には手を差し伸べずにはいられない優しい性格をしている。いや、優しいと言うより頼られたら嫌と言えない、ただの優柔不断かもしれないが。
それは長所であり短所でもあった。本来なら告白など出来る人間ではないが、好きになってしまったものは仕方がない。
ふうっと息をつく。緊張で汗をだらだらと流しながら、彼女を待つ。
時間が過ぎること十分……二十分……。三十分ほどしたところで携帯に着信が入り、高斗はわっと声を上げた。画面の表示を見てみる。今、高斗が待ちわびている桂馬瑠璃からだ。
慌てて通話ボタンを押す。深呼吸をしてから二、三秒ほどで通話口に唇を当てた。
「も、もしもし! 桂馬さん?」
胸がドキドキして上手く喋れなかった。しかし、今更連絡をくれるとはどういうことだろうか。
「放課後屋上で話したいことがある」と言って呼び出したはずだが。
「ど、どうかしたのかい」
「高斗くん? あなたもしかしてまだ屋上にいるの?」
高斗の耳に聞こえてきたのは、美しく、それでいて少し興奮気味な桂馬瑠璃の声だった。
「え? えっと、さっきからずっといるけど」
「そんな。私、待ち合わせ、場所が、変わったって――」
桂馬瑠璃の声は途切れ途切れになり、ついに通話は切れてしまった。
「もしもし? 桂馬さん? もしもし」
高斗は携帯電話に向かって声をかけ続けた。
そのとき。
ぎいいいいと、古びたドアを開ける音がして、後ろを向いた。
高斗の眼に映ったのは、襲いくる銀色のナイフだった。
ぐさっ。
高斗。高校二年生。享年十七歳。生まれてこのかた彼女は出来ず。
あんまりと言えばあんまりな幕切れだった。