scene1
オレの館での生活が始まった。
オレに当てられた部屋は1階の客間だった。
最上階はヴァンパイアのシーラが使っているのだから、一番離れた部屋ということだろう。
とはいえ広々とした部屋できちんとしたベッドやクローゼットなどが置いてあり、ホテルとまではいかないがそこそこ眠れそうな部屋だった。ホコリがすごいけど。
寝る場所を確保できたオレが最初に始めたのは、この館の徹底的な掃除だった、
潔癖症というわけではないが、両親が死んでからというものオレはとにかく掃除が大好きだった。
ことあるごとに家中をピカピカにしていた。
そんなオレの掃除好き精神がうずくほどの汚さだ。
シーラはよくこんな場所で400年も住んでいたな。
いや、400年間住んでいたからこうなったのか。
オレは裏庭にある物置の中からホウキとチリトリを取り出すと、片っ端から掃きはじめた。
モワン、と大量のホコリが舞う。
ヤバい、これは想像以上の汚さだ。
肺をやられまいと、ハンカチで手を覆いながら片手でホウキを動かす。
しかし、あっという間に粉塵が視界を遮るほど舞っていた。
こりゃ、たまらん。
オレはありとあらゆる部屋の扉を開け、暗幕を取り外し、窓を開け放った。
シーラは最上階で寝ているわけだから大丈夫だろう。
モワン、と舞っていたホコリが風にのって遠くへ飛んで行った。
さらば、ホコリよ。願わくば二度と帰ってくるな。
「よし」
オレは気を取り直して掃除を続けた。
館中に張り巡らされたクモの巣を振り払い(益虫だというが、オレは大嫌いだ)館の隅っこのほうまでこまめに掃除をする。オレはやると決めたら徹底的にやる男だ。
……それにしても、広い。
いったい、何坪あるんだ? 部屋の数だって相当あるぞ。
ひとつひとつ、掃除をしてまわったらいったいいつ終わるのやら。
そう思っていた矢先、館の外から声が聞こえてきた。
「おーい、救世主様ぁー」
ひょい、と開け放った1階の窓から顔をのぞかせると、館の庭に村のおっさんたちがいた。
「あれ? どうしたんですか?」
見ると、各々手にはモップとバケツを持っている。
「いやぁ、なんかこの館から変な煙がモクモク出てんなぁって思って見てたら、救世主様がこの館を掃除してるのが見えてな。ワシらも、悪ぃことしたなぁ思って、手伝いに来たんだべ」
「んだんだ。前来た時はクモの巣がわしゃーってなっててキモかったけど、救世主様が一人で掃除してるのを見ると、心が痛んでな」
「腹減っとるべ? メシさ持ってきたから、食べてけろ」
ううう、人の優しさが目に染みる。
結局、いい人たちなんじゃん。
オレは彼らの持ってきたおにぎり(異世界におにぎりがあることにビックリ!)を食べて一休みした。
その間に彼らは手分けをしてホウキをはいたりモップをかけたり、窓を掃除したりしている。
広い館だけど人手があるとやっぱ早いわ。
夕暮れ時にはほぼすべての場所がきれいになっていた。
「じゃ、救世主様。ワシらはこれで」
「せっかく掃除してくれたんですから、シーラが起きるまで待てばいいのに。きっと感謝されますよ?」
「いやいやいや、ワシらはけっこうです」
「やっぱ、ヴァンパイアを見ると身構えちまうもんだで。今まで通り、不干渉でおりやす」
そういって彼らは帰って行った。
帰り際の「腹が減ったら、村に寄ってくんさい。食べ物くらい出せますんで」と言った言葉がありがたかった。
※
「おおお、なんじゃこれは」
夜。
目が覚めたシーラが階下に降りて来るなり、声を上げた。
「あ、おはようシーラ」
夜に「おはよう」というのも変な話だ。
「ユータローがやったのか?」
「いや、オレだけじゃなくて村の人たちも手伝ってくれて」
「こんなにきれいな我が家は初めてじゃ。まるでリフォームした気分じゃな」
リフォームって言葉、知ってるんだ……。
「お礼に何かしなければな」
「うん、そうだね」
「コウモリの姿焼きでも置いてまわろうかの」
うん、やめてあげて。
それ、たぶん嫌がらせにとられちゃうから。
「単純に、感謝の気持ちを込めた手紙でも書けばいいんじゃない?」
「手紙? 手紙とはなんぞや」
リフォームは知っててなんで手紙は知らないんだよ。
「自分の言葉を、文字にして相手に伝える文書だよ」
「わらわは字が書けぬ」
あ、そう……。
「じゃあ、怖がられるかもだけど、一軒一軒あいさつにまわるとか」
「それは、どうかの。今までが今までだけに、会った瞬間に攻撃されそうじゃ」
それだけを聞くと、なんだか人間のほうがかなり危険な存在のように感じる。
「おお、そうじゃ。思いついたぞ」
「何かいい案でもあるの?」
「星をふらせよう」
「ほ、星……?」
星って、惑星のこと? ディープインパクト?
「わらわの魔力を持ってすれば、可能じゃ」
だ、大丈夫? この世界、消滅しない?
オレが不安がっていると、シーラはブツブツと呪文のようなものを唱え始めた。
ほ、本当に大丈夫……?
「はあっ!」
シーラが叫ぶと同時に開け放たれた窓から空に向かって魔法のような光を放った。
「ひっ!」
オレは思わず腰が抜ける。
人の手から光が放たれるなんて、まるでマンガの世界だ。
光の球は天高く昇り、パン、と弾けた。
「おおう!」
ビクッと肩を震わす。
さっきからオレ、びびりまくりだ。
弾けた光の球がキラキラと輝く星となり、それは村中に降りそそいでいった。
………。
星って、そういうこと?
「どうじゃ、きれいじゃろう」
ほんとに。
まるでクリスマスのイルミネーションのように、大量の豆電球がキラキラと発光しているような、幻想的な光景だった。
村人たちがそれに驚いて家から飛び出している。
しかし、あまりの美しさに棒立ちになっていた。
「おーい!」
オレの呼び声に村人たちが気づく。
そんな彼らに手を振ると、彼らも手を振ってくれた。
よかった、喜んでくれているみたいだ。
「よかったな、シーラ」
「う、うむ。わらわの魔力も人の役には立つ、ということがわかった」
偉そうな物言いだが、顔を赤く染める彼女をオレはかわいいと思った。
「シーラはいいヴァンパイアなんだから、もっと村人たちと交流したほうがいいのに」
「い、いいヴァンパイア?」
「シーラみたいのだったら、きっと受け入れてもらえるだろうし。そうすれば、こうやって昼間に掃除にもきてくれるだろうし」
「わらわを愚弄するでない。受け入れるのはわらわのほうじゃ! 人間のほうから来ねば話にならんわ」
まあ、400年も一人で生きてきたんだから、そうなるか。村のおっさんたちのほうがはるかに年下だもんな。見た目はまるっきり逆だけど。
………。
ところで、この振り続ける星は、いつまで続くんだ?
「あの……、シーラ。この星はいつまで振ってるの?」
「一晩中」
「ひ、一晩中!?」
マジか。
キラキラキラキラとキレイだけど、一晩中続いてたらまぶしくてうっとうしくない?
ちゃんと眠れるかな?
農家って朝早いっていうし、大丈夫だろうか。
「さ、お礼もしたことだし、ユータロー、館の中を案内してやる」
さっさと歩くシーラの後姿を見ながら、オレは漠然とした不安を感じていた。
これは嫌がらせと思われないだろうか、と。