scene4
「で、どうするのじゃ?」
「どうするって?」
「おぬしは畑を荒らしておるのがわらわだと思って呼び寄せられたのじゃろう? このまま戻っても、元の世界へ帰してもらえるのか?」
「う……」
そりゃそうだけど。
山賊相手に戦えるわけないし。
オレが困っている顔をしていると、ヴァンパイアの少女は笑いながら言った。
「しょうがない、わらわが手伝ってやろう」
「て、手伝う……?」
「殺さずに見逃してくれた礼じゃ。人間に借りは作らぬ」
「それは嬉しいけど……、山賊ですよ?」
「外道ごときが何人束になろうと、わらわにかなうはずもない」
それは、さっきの凄さを見ればわかるけど、やっぱり山賊相手に無謀ではなかろうか。
「さあ、さっさと出発するぞ……、と、その前に、このニンニク臭と十字架をなんとかせい」
オレは飛び散った十字架を服の下に隠し、彼女から教えてもらった井戸水でニンニクを洗い流した。
本当に大丈夫か?
なんだかんだでオレたちはすぐに出発した。
すでに辺りは真っ暗で何も見えない。
「あだ!!」
石につまずいて転びながら、スタスタと先を歩く彼女に必死についていく。
ヴァンパイアの少女は、寝ていた時の白いネグリジェ姿から、純白のローブを身にまとっている。
暗くてよくわからないが、外に出る時はいつもこの格好なんだと。
「人間は面倒くさい生き物よな。暗闇になると何も見えんとは」
「ヴァンパイアのあなたなら見えるんでしょうけど、人間には無理です」
「しょうがない、しばし目を閉じよ」
「め、目を……?」
ゾクゾク、と背筋が寒くなるのを感じる。
まさか、殺されないよな?
「勘違いするな。わらわは約束は守る。殺しはせぬから、目をつむれ」
「は、はい……」
言われるがまま目をつむる。
真っ暗だった景色が、より一層真っ暗になる。
と、ほっぺたに何やら柔らかいものが触れた。
なんだ……?
「もうよいぞ」
「はい」
ふ、と目を開けると、まぶしいくらいの光が目に飛び込んできた。
なんていうか、暗視カメラで見ているかのような光景だ。
オレのすぐ横には、ヴァンパイアの少女が立っている。
意外と近いな。
「な、何をしたんですか?」
「わらわの力をほんの少し授けた。暗闇の中でもよく見えるじゃろう?」
「力を授けたって……。オレ、ヴァンパイアになっちゃったんですか!?」
「安心せい、ほんの少しの間だけじゃ。しばらくすれば人間に戻る」
戻るって言われても……。
ていうか、さっきオレに何をしたんだ?
「もしかしてオレ、血を吸われちゃったんですか?」
「は?」
「だってヴァンパイアって血を吸うって……」
「それは攻撃の一種じゃ。にしても、おぬしはほんとに詳しいの」
逆にこの世界のヴァンパイアの特性がオレの世界に伝わっていることのほうが驚きだ。
もしかして、この世界から誰かが向こうにいったんじゃなかろうか? なんて思えてくる。
「わらわは頬に接吻しただけじゃ。一時的な力なら、それで授けられる」
「ええええぇっ!?」
「何を驚いておる」
せ、せっぷんですか……?
要するに、口づけですか?
なんか柔らかいのがあたったなあ、とは思ったけど。
「何かまずいことでもあったのか」
「い、いいえ、とんでも!!」
むしろ、なんで暗闇の中でそんなことをしたのかと。
何も見えてなくて後悔の念が強い。
「人間に力を授ける時って、毎回こうなんですか?」
「もっと強い力を授けたい場合は口と口の接触だがな」
「ぐぼお!!」
「お、おい、鼻血を流しながら倒れるな。どうしたというのじゃ」
お、落ち着け。
ヴァンパイアの世界では、おそらく当たり前の行為なのだろう。
彼女いない歴26年のオレにとっては、憧れの行為ではあるが。
「もしかして、そっちのほうがよかったのか?」
「い、いいえ! とんでもありません!」
むしろそんなことされたら、たぶんオレは昇天する。
「とりあえず、おぬしは今やわらわと同じ力を持っている。さっさと山賊のところへいってちゃっちゃと終わらすぞ」
「はい!」
なぜか、オレは敬礼をしていた。